進学校に通うISSAから笑顔が消えた

 子育て中は大きな決断を下さなければいけないときが多くあるもの。求さんはISSAが中学のとき、彼の運命を決める決断を迫られた。

ISSAは子どものころからスポーツも勉強も万能だったので那覇市にある興南中学を受験させたんです。そうしたら見事に合格して。バス通学で1時間以上かかる道のりをよく見送ったものです

 当時ISSAが通っていた興南中学は沖縄県内屈指の進学校。有名スポーツ選手や著名人も多数輩出している中高一貫の私立校だ。ところが入学してしばらくするとISSAのトレードマークだった笑顔が消えていることに気づく。

小学校のときは笑顔いっぱいだった彼が、日に日に寂しそうな顔をして元気がなくなっていく。バス通学の疲れが出ているのだろうとしばらく見守りましたが、2年生になるころになってもまだふさぎ込んでいる。理由を聞くと“友達とダンスがしたい。(地元の)コザ中学に行きたいんだ”と言うんです。コザはアメリカ文化を象徴する“沖縄のニューヨーク”と呼ばれる場所です。ISSAや地元の友人は小学生のころからこの外人通りと呼ばれる場所で踊っていました。ダンスの才能があるなら伸ばしてやりたいと思う一方で、私が高校中退しているものですからいい高校を出てほしいという親の思いもありました

 当時のISSAといえば、まだ友達と遊びの一環としてダンスをしていた時期。将来を考えたとき、ダンスなら卒業してからやればいい。多くの親は思うだろう。だが求さんは違った。

「中学受験をして入った中学ですし、大学進学率も高い。そこで学ぶほうがいいと最初は反対する気持ちはありました。でも彼は夢を、ドリームを持っていた。それを潰していいのか、と考えました。ダンスなら学校が違ってもできますが1時間以上の通学で、帰ってきたときには踊っている友達も家に帰っている時間。彼の孤独感は理解できました。ISSAも納得して受験した進学校ですが、人間の気持ちは変わって当然です。高校は必ず卒業するという条件をつけて転校を許すことにしました。そのときISSAが中学生になって初めて屈託のない笑顔を見せてくれたんです

 結果としてはその判断が正しかったことになる。もしISSAが地元の中学に転校し、仲間たちとダンスを続けていなければ、DA PUMPはこの世に存在しなかったのだから。しかし、うまくいくことばかりではない。

「三男の茶三海は高校時代までモータースポーツをしていました。しかし、大学受験の時期に差しかかり、将来のことを考えたときに夢を変えたのです」

 多額の費用がかかるモータースポーツの世界。とても家族の収入だけではやっていくことができない。だが、スポンサーを得ることも容易ではない。

「彼は高校3年生まではやってきましたが、それ以上のことは求めなかった。自分で夢を閉じたのです。しかし、だからと言って夢がなくなったわけではありません。今度は大学に行ってやりたいことができたそうです。改めて応援していきますよ」

邊土名求さん 撮影/小島愛一郎