新しいものに挑戦する流れが来ている中で

──いやいや、本当におきれいです。今回の『オンディーヌ』出演は、大きな挑戦だと思いますが、挑んだ理由を教えてください。

「このお話をいただいたのが、2022年6月の終わりごろで、ちょうど『風の谷のナウシカ』のナウシカのお役のお稽古の最中だったんですけれど。正直、すごく悩みました。歌舞伎界でも年末にかけては大きな公演がありますし、1月は歌舞伎の公演が1年のうちで最も多い月なんですね。それに2023年はこれまで多くの経験を積ませていただいた浅草歌舞伎が、3年ぶりに復活します。非常に迷いましたけども、このタイミングでこのお話が来たのは何か運命的なものなんじゃないかなと

 それで一度預からせていただいて、家族に話したときに、父親(五代目中村歌六)がものすごい勢いで笑いだしまして。“お前がオンディーヌ、面白いね”と。その言葉に背中を押されるような形で決心しました。父は若いころに劇団四季で研究生みたいなことをしていたので、(主宰の)浅利慶太先生が最も愛した作品であることをよく知っていて、その話は私も折に触れ聞いておりましたので、ご縁も感じましたね

──それは『オンディーヌ』を演じる運命だったような……。

『オンディーヌ』が終わりますと、3月と4月に『ファイナルファンタジーX』というとんでもない歌舞伎が上演されますので、僕は11月から4月まで約半年間、初めて古典から離れることになります。古典がどれだけ大事かということをこの10年間、亡くなられた(中村)吉右衛門のおじさまをはじめ先輩方から教わってきまして、歌舞伎の古典に挑戦し続けること、守り続けていくことが大事だということを、骨の髄まで叩き込まれてきましたので、ナウシカというお役を歌舞伎座でやるとは想像もしていなかったんですね。

 そういった新しいものに挑戦するという流れが来ている中での『オンディーヌ』のお話で、その後に『ファイナルファンタジーX』が控えている。それなら思いきって長期間、古典から離れて新しいことを勉強してみよう、という決断につながりました。『オンディーヌ』をやって、すぐに古典歌舞伎に戻るのではなくて、新しい歌舞伎に飛び込んでいける。そのときには『オンディーヌ』での自分なりの新しい経験が、きっとそこにも生きてくると感じて今回は挑戦させていただくことにしました」

舞台『オンディーヌ』

 永遠の愛を信じ人間界にやってきた水の精オンディーヌと遍歴の騎士ハンスの悲恋を描いた、フランスを代表する劇作家ジャン・ジロドゥの最高傑作。1939年のパリ・アテネ座の初演では、洗練されたセリフ運び、独創的なヒロイン像などが絶賛を浴びた。1954年にはニューヨークでも、オードリー・ヘップバーンのオンディーヌで上演され、外国演劇部門のニューヨーク劇評家賞を受賞。日本では1958年に劇団四季が初演し、その後も上演を重ねられている20世紀屈指の古典劇。今回は「水の精」たちがこの物語を演じるという劇中劇仕立てで、ビジュアル・言葉・音楽が融合した究極のエンタテインメント作品として上演。

【STORY】
 湖の畔で暮らす漁師夫婦に育てられた美しい娘、オンディーヌ(中村米吉)は、実は水の精だった。ある日、一夜の宿を求めて遍歴の騎士ハンス(小澤亮太/宇野結也 ※Wキャスト)が、その家を訪れる。ハンスには婚約者があったがオンディーヌと出会い、たちまちふたりは恋に落ちて結婚を誓い合う。しかしオンディーヌは水の精の王(市瀬秀和)から「われわれを裏切って人間界に行き、その男に捨てられたら、それは湖の恥となり、それによって男は死ぬことになる」と警告されるが、それでもハンスのもとに行く。

 ハンスはオンディーヌを伴って王宮へ戻るが、人間界になじめないオンディーヌのふるまいを恥じていた。そこに元の婚約者ベルタが現れ、ハンスの心はベルタに戻ってしまう。王宮でオンディーヌの様子を見ていた王妃イゾルデ(紫吹淳)は、オンディーヌが水の精であることを知り、ハンスを助けるように諭すのであった。

 ハンスの心変わりにより、ハンスに迫る危機を察知したオンディーヌは、自分が先にハンスを裏切ったと見せかけるため、ベルトラン(佐藤和哉)に恋をしたと偽って身を隠す。ハンスとベルタの婚礼の日、見つかったオンディーヌを裁く裁判が始まる。そこで、オンディーヌと再会したハンスは、オンディーヌに対する自分の本当の愛にようやく気づいたのだったが……。