20代の道標は玉三郎おじさまの言葉

──歌舞伎の女方として、オンディーヌという役を演じるにあたり何を大切にしたいと考えていますか?

「男性がこのような恰好(かっこう)でオンディーヌを演じるということは、すごくキャッチーなことだとは思います。ある種の飛び道具的な部分はあるわけですよね。でも、演出の星田良子先生に最初にお目にかかったときに、“今、普通に女優さんがやっても、これは何でもないお話になってしまうから、歌舞伎の女方である米吉さんにやっていただきたいと思う”とおっしゃってくださったので。だとしたら、ただ女方が演じましたで終わらないように、やらなきゃいけないっていうのは思っています。

 オンディーヌは、とにかく純粋無垢であるということ、ストレートにすべて物事を正直に言ってしまうのが、彼女のよさであるんですけれど。直接的な言葉というのは、気をつけないと人を傷つけるということが常識の一般社会においては、彼女は普通じゃないんですよね。“私、太っているでしょ?”って聞かれて、“あなたはとても太っているわ”と、悪意なく言うわけですから。物語の王宮の中では、教養もなく何もかもストレートに物を言ってしまう彼女はどんどん追いつめられてしまいますが、観ているお客様には、“純粋で素直だからしょうがないの”と思ってもらえるように演じないと、このオンディーヌという役は成立しない。本人にまったく悪意はなく、彼女なりに考えた結果の言葉だと感じてもらえないと、ただの毒舌女になってしまうなと。

 そしてハンスと出会って恋に落ちるところなんかも、清らかな色気でないと、下品に見えてしまってはいけないし。とにかくこの子が可愛くて、もう健気で、だから悲しくて……という役にならなきゃいけないなと、思っています」

中村米吉 撮影/近藤陽介

──今年29歳になりましたが、20代を振り返って思うことは? また、30代に向けての抱負をお聞かせいただけますか?

「私は歌舞伎役者として本格的に歩みはじめましたのが18歳のときで、女方を勉強するようになったのも、そのころからでした。20歳を過ぎてからは女方の役がどんどん多くなって、身の丈に合わないような大きな役をやらせていただいたり、若い兄さん方と新しいものを作らせていただいたり。そして(尾上)松也のお兄さん、(坂東)巳之助の兄さん、そういった同世代のみんなで浅草歌舞伎をやらせていただいて、一緒に走ってきた感じがすごくありますね。

 あとは、この10年間の中で指針にしてきたことがあります。21歳くらいのころですけども、(坂東)玉三郎のおじさまとご一緒したときに“30になるまでに女方としての基本を身につけておかないといけないよ。女方っていうのは、お姫様なら手はここ、台詞の言い方はこう、身体はこう動かす。娘だったらこう、腰元だったらこう……。それを身につけて、その上にその役の心をのせないといけない”と、と言ってくださって。

 その言葉を胸に10年間やってきました。今、僕がそれをできているかどうか、自分ではわかりませんけれども、30代からはそれ以上を求められるという意味だと思うんですね。ですから、30代は20代の10年間で、自分はどれだけ勉強してきて、どれだけ経験を積んできたのかってことを問われるなと。若くてきれいで、ただそれだけでどこか許された時期は終わっているんです。それに、若い子がどんどん下から追っかけてきますからね(笑)」

──(笑)。20代最後の舞台が歌舞伎以外の作品になったことについては、どんな思いですか?

自分が今まで勉強してきたことを、こういった形で問われるというのは、非常に刺激にもなりますし、自分のこれからの30代に向けて、大きなターニングポイントになるご縁だなと感じています。歌舞伎から離れたかいがある、離れてつくる意味のある、よい作品にしたいと思っております」

中村米吉 撮影/近藤陽介

※インタビュー記事の後編はこちら→大注目の女方・歌舞伎俳優の中村米吉が明かす、お気に入りプチプラ美肌アイテムとこだわり強めのスイーツ愛

(取材・文/井ノ口裕子)

《PROFILE》
中村米吉(なかむら・よねきち) 1993年3月8日、東京都出身。五代目中村歌六の長男。2000年7月、歌舞伎座『宇和島騒動』で父・歌六の前名を継ぎ、五代目中村米吉を襲名して初舞台。2011年から本格的に女方を志し、歌舞伎役者として歩みはじめる。近作に、京都南座 三月花形歌舞伎『番長皿屋敷』お菊役、新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』ナウシカ役など。2021年、第42回松尾芸能新人賞受賞。2023年3月4日~4月12日、IHIステージアラウンド東京にて上演の新作歌舞伎『ファイナルファンタジーX』ヒロインのユナウ役で出演予定。

●公演情報
『オンディーヌ』
【作】ジャン・ジロドゥ
【上演台本・演出】星田良子
【出演】オンディーヌ:中村米吉 ハンス[Wキャスト]:小澤亮太/宇野結也 水の精キラ(ベルタ):和久井優 水の精サラ(ベルトラン):佐藤和哉(篠笛) 水の精ユラ(貴婦人):白鳥かすが 水の精ダヤン(国王):加納 明 水の精トン(オーギュスト):我 善導 水の精セラ(ユージェニー):宮川安利 水の精の王(奇術師):市瀬秀和 水の精アリ(王妃):紫吹淳
【日程・会場】
愛知公演:2022年12月23日(金)~12月25日(日)ウインクあいち 大ホール
東京公演:2023年1月6日(金)~1月11日(水)東京芸術劇場 シアターウエスト
※アフタートークイベント開催! 詳細は公式サイトまで

【公式サイト】https://artistjapan.co.jp/ondine2022-2023/
【公式Twitter】@aj_ondine