2022年、『NHK上方漫才コンテスト』で女性お笑いコンビとして36年ぶりに優勝し、同年の女芸人No.1決定戦 THE W』でも念願の優勝。また、'23年には第8回『上方漫才協会大賞』を受賞した天才ピアニストは、今や若手女性芸人を代表する存在です。しかし、彼女たちを最初に有名にしたのは漫才でなくモノマネであり、ふたりが当初かかげていた、“若手芸人の劇場に所属する”という目標を達成するまでには3年近くかかるなど、知られざる苦労がありました。ツッコミ・ネタ作り担当の竹内知咲さんとボケ担当のますみさんに、じっくり話を伺ってみると──。

2つの賞レースでの優勝が自信に。「ベストを出せても勝てるものじゃない」

──『女芸人No.1決定戦 THE W2022』(以下、THE W)の優勝が記憶に新しいですが、その前の『NHK上方漫才コンテスト』での優勝は、女性コンビとしては36年ぶりだったとか。

ますみさん(以下、ますみ)カベポスターさんや滝音さんといった強い先輩たちと戦う、男女関係なく出られる賞レースだったので、めっちゃ自信になりました。1本目は漫才、2本目はコントで勝負して、「天才ピアニストは両方できるんだ」って知ってもらえたと思うし、ええ勝ち方したな。

竹内知咲さん(以下、竹内):前年(2021年)のTHE Wは準優勝だったので、年始にふたりで「今年は優勝しよう」と動いてたんですけど、NHK上方漫才コンテストで優勝できたのは予想外でした

竹内知咲さん。ライバルは自分自身だが、賞レースでどんどん優勝する先輩のカベポスターを見ると「同じ場で戦うの怖いな」と感じるという 撮影/門川裕子

──THE Wでの優勝は絶対に達成したいものだったのですね。

竹内:'21年に決勝進出を初めて経験して、2本ネタを披露して、結果は準優勝。悔しかったですけど「賞レースってこういうものか。やりきったから嫌な負け方ではないな」と思ったんです。

 賞レースは他の出場者の芸風やコンディションにも結果が左右されるから、私たちのウケやその日のパフォーマンスとかが悪くなくても、確実に優勝できるわけじゃない。それまでは、自分たちがベストを出せれば優勝できると思ってたけど、そういうものじゃないねんなと学びました。

ますみ:きっと、何かが足りなくて負けたわけじゃないんです。'21年王者のオダウエダさんのネタは自分たちができるジャンルのネタじゃなくて、同じ芸人としての目線だと「わあ! そこ行かれたか!」と審査員の方々が票を入れたくなる気持ちもすごくわかりました。オダウエダさんのほうが、最大瞬間風速が大きかったですね。

 でも、私たちも爪痕を残しての準優勝だったと思っています。それと私たちは、今まで上沼恵美子さんのモノマネでよくテレビ番組に出ていたんですけど、モノマネじゃない、芸人としてのネタをゴールデンタイムの全国ネットで披露できたのは初めてでした。

芸歴2年目、上沼恵美子さんのモノマネで会場が沸いたことが追い風に

──恥ずかしながら、私も天才ピアニストを初めて知ったのは、ますみさんによる上沼恵美子さんのモノマネでした。モノマネをするようになったきっかけは?

ますみ芸歴2年目の最初くらいに、コントで大御所女優の役をしていたら、周囲から「上沼さんに似てるね」と言われて、一度寄せてネタをやってみたんです。

竹内:NSC吉本総合芸能学院(以下、NSC)大阪校を卒業後、モノマネを披露できる場所がなかったんで、「おるはずのないところに上沼さんがいる」という内容のコントをしました。

ますみ上沼さんがスーパーのレジ店員やお天気お姉さんになっているネタとか。

竹内:そうそう。そしたら「うわー!」って客席が沸いて、袖で見てくれていたニッポンの社長の辻さんが「テレビに出られるんちゃう?」とおっしゃったんです。「これは武器になるかも」と思って、芸歴3年目は、どんな形でますみを上沼さんのように見せたら面白く感じてもらえるのかに力を注ぎました。

ますみ1日に4ステージ、上沼恵美子さんのモノマネをする日もありましたね。ずっとメイクしては落として、の繰り返しで。

「若手のバトルライブで思うように結果を出せず苦しいとき、武器となり自分たちを支えてくれたのが上沼恵美子さんのモノマネだった」とますみさん 撮影/門川裕子

竹内:だんだん上沼さんのモノマネをしながらのロケとか、やらせてもらえるようになりましたね。

ますみ超若手って、普通はネタでよほど人気が出ていなければロケなんてさせてもらえないので、すごくありがたかったです。

竹内しゃべり方はますみが研究して、ふたりとも上沼さんが出てはる動画をいっぱい見て「ああ、こういうことおっしゃるんだ」と吸収して。私もセリフを書けるようになりました。

ますみ:ネタ作り担当は竹内さんなので、上沼さんありきのネタを作ってくれました。

上沼さん本人への挨拶は緊張MAX。「大げさにやってなんぼ」とアドバイスも

──上沼さんに了承をもらってネタをしたと思うのですが、最初に挨拶をしたのは?

竹内:モノマネを始めてすぐ、ハイヒールのリンゴ姉さん主催のライブ『女芸人大祭り』に出たのがきっかけです。

ますみ定期的に大阪で開かれるイベントなのですが、ときどき東京でも開催されて、その出演者に選んでいただいたんです。せっかくやから「こんな武器ありますよ」と東京の方にアピールしたくて、リンゴ姉さんに「モノマネのネタさせてもらってもいいですか」と聞いたら、「自信あるんやったら、やってみたら?」と言ってくださいました。

竹内東京のテレビ局の方もいらっしゃって、そこでネタを披露したら、モノマネ番組と『ウチのガヤがすみません!』(日本テレビ系)にバババッと出演が決まったんです。

──早い……!

竹内ますみほど上沼さんに似てる人は、なかなかいなかったんやと思います。

ますみ:そこで全国区の番組の収録前に、上沼さんにご挨拶に行きました。

竹内めちゃくちゃ緊張しましたね……私らとしては「上沼さんがNG出すってありうるよな。そしたら武器がひとつ消える」と不安で、だからといって無断でやるわけにもいかない。

──上沼さんは関西のカリスマですもんね。

竹内:でもお会いしたらすごく優しくて、ほがらかな方でした。

ますみ「私、特徴あるかあ? 頑張ってね」と受け入れてくださって、「モノマネってデフォルメやから。大げさにやってなんぼです」といったアドバイスもくださいました。

竹内:上沼さんは歌手活動もされているので、歌を何曲も歌われるショーを開かれたとき、出演させていただいたこともあります

ますみ:よくテレビで偽物が歌っていたら本人登場、ってあるじゃないですか。あの逆バージョンで、上沼さんが歌っているときに偽物登場、というかたちで出させていただいて。

──面白い(笑)。上沼さん、想像以上に優しい方だったんですね。

バトルライブで最下位を何度も経験し、「首の皮一枚で立っている気分」

最近は NSCの学生に「おふたりを目指して入学しました」と言われることもあるそうだが、今の活躍にたどり着くまでの道のりは決して華やかなものではなかった 撮影/門川裕子

──当時、モノマネ以外のネタも?

竹内:もちろんベースとして、モノマネのないネタもずっとしていました。

 最初の目標は、ほどんどの大阪の若手芸人が目指すものと同じで、舞台に立つために「よしもと漫才劇場に所属すること」でした。芸歴3年目以下の芸人が舞台でネタをしてランキングを決めるバトルライブがあるんですが、なかなか上位になれなかった。

ますみ当時は上位どころか、最下位になることが多かったですね。

 めっちゃネタに自信があるし、お客さんの前でもウケたし、「ベスト10にはいってるんちゃうか」と手ごたえがあっても、1票しか入らないときもありました。上位は300票くらい入っているときがあるし、自分たちよりウケてないはずのコンビも上位にいるんです。それなのに票が入らんのは、私たちには応援してあげようと思われない何かがあるんやろうなって思っていて。

竹内:最終的に芸歴3年目の終わりに劇場に入ったのですが、それまで苦しかったですね。

──お笑いファンは女性が多いこともあって、女性芸人はより厳しい目で見られていたのではないでしょうか?

竹内確かに、女性芸人やから票が入らへん部分はあると思いますが、それだけじゃないし、言い訳にはできないです。いつも首の皮一枚でそこに立っている気分でした。

ますみでもね、今思うとずっと危機感があって、落ちたらすぐ次のライブに向けて準備しないといけないって気持ちがあったからこそ鍛えられました。

竹内:後々振り返ると、やっぱり当時のネタ、弱いんですよ。そのときは自分たちのネタがベストやと思ってたけど、票が入らへんのは単純に、まだ力が高まっていない状態やったからだと思います。

──竹内さん、今はどのようなペースでネタを作っていますか?

竹内:新ネタをお客さんにお見せする単独ライブに向けて文字に起こして、ふたりで読み合わせをしています。最初はライブの1週間くらい前に合わせていたんですけど、今はライブの2、3日前までにネタを完成させていますね

ますみ:ありがたいことに忙しくなってきたので、今は丸1日、ネタのために費やすことはできないんです。

竹内いい意味で慣れてきてネタ作りのスピードが上がったとは思います。1回台本を読んだあと実際にふたりで漫才やコントをして、わかりにくかったら変えます。

ますみ私からは読み合わせのときに「ここはちょっとわかりにくいんちゃうかな」と思ったら言っています。

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 聞けば聞くほど伝わってくる、天才ピアニストの笑いにかけるストイックな姿勢。苦難を乗り越えて劇場所属になり、賞レースに勝ち続けている今も毎月単独ライブを開催、新ネタ6本を披露しているそうです。インタビュー第2弾では、ふたりが芸人になるまでの道のりやこれからの展望について詳しく聞きました。

女性芸人は数が少ない。そのぶん「ほかの女性芸人がまだしていない分野での笑いの取り方ができる」と天才ピアニストは前向きに語る 撮影/門川裕子

(取材・文/若林理央)


【INFORMATION】

天才ピアニストなんばグランド花月初単独ライブ「華やぎ御前」

2023.5.28.Sun@なんばグランド花月
開演19:30 配信2000円
※販売は5/30 12:00まで、見逃し視聴は5/30 19:30まで

公演詳細やチケット情報→https://profile.yoshimoto.co.jp/talent/detail?id=6698

【PROFILE】
天才ピアニスト ◎竹内知咲とますみによる女性お笑いコンビ。2016年にコンビを結成し、漫才のほかコントやモノマネも得意とする。2022年、『NHK上方漫才コンテスト』で優勝、デビュー6年にして賞レースで初タイトルを獲得した。同年、『女芸人No.1決定戦 THE W』でも優勝を果たし、その名を全国にとどろかせた。2023年には第8回『上方漫才協会大賞』を受賞し、今なお快進撃を続けている。

◎竹内知咲さんTwitter→@tensai_pianist 
◎ますみさんTwitter→@smzmsm
◎公式YouTubeチャンネル『メゾン・ド・ラブ』→https://www.youtube.com/channel/UCS9TpP7vSsk3ka0muNgl05w