「分断」が招いた、木元さんと坂下さんの不和

 3年生のクラスを担任していたとき、木元さんという子がいました。勉強はとてもできるけれど、きまじめなところがあり、少し神経質な性格が気になっていました。そのため、その子には友達とのかかわりが上手になるように配慮していました。

 3年後のことでした。私は別の小学校に異動していたのですが、6年生になった木元さんの当時の担任から連絡があり、「不登校になった」と聞きました。私は心の中で「えっ」と思いました。性格的にはそういう心配がある子でしたが、学力が高かったし、芸術的な部分で自信が持てるものを持っていたから安心していたのです。

 不登校になった原因は、同じクラスの坂下さんでした。この子は3年生まで特別支援学級にいて、4年から通常学級に入りました。急に大きな声を発したり、なめた手で他の子を触ったり、そういうことをしてしまう子でした。木元さんは6年になるときのクラス替えで初めて坂下さんと同じクラスになりました。坂下さんの大声や汚い手に耐えられず、学校に来られなくなってしまったそうです。

 私は当時の同級生のうち信頼の置ける子に電話をかけて様子を聞きました。その子は、木元さんに非があると言いました。木元さんの坂下さんに対する言動がひどい。坂下さんが木元さんに近づくだけで毛嫌いをしていると言うのでした。

 普段は特別支援学級に通う子も、授業内容や行事によっては「交流クラス」ということで通常学級に加わります。私は木元さんのお母さんからも相談を受けました。「娘はなぜあのような子が通常学級にいるのかと不満ばかり言っています。私が、世の中にはいろいろな子がいて、それぞれみんなが尊敬し合って生きているのが人間社会なんだよ、と言い聞かせても納得しません」とお母さんは話していました。私も本人に会いましたが、彼女が一度受けたトラウマを簡単には解消できませんでした。

 他の子どもたちは、下級生のころの交流クラスでの経験から、坂下さんの特徴を受け入れている子がほとんどでした。しかし、木元さんはたまたま6年生になるまで坂下さんと出会いませんでした。初めて坂下さんと出会い、席も隣になるという偶然が重なったのです。

 坂下さんが悪いのではありません。意地悪をしていたわけではなく、それが坂下さんの特性だからです。あえて言わせてもらうならば、なぜ坂下さんを1年生のときから通常学級に受け入れなかったのか、ということです。低学年のころから知っていれば、木元さんも慣れていたはずです。6年生になり、本人も大人びてきたときに突然坂下さんが登場したものだから、困惑が深まったのではないでしょうか。

 木元さんのことを考えるとき、不幸なのは「分断」だと感じます。障害のある人に対する差別をなくしたいのなら、まずはインクルーシブ教育を進めて、障害がある子と一緒に過ごす時間を小さいころから作るべきです。もちろん重度障害の子が安全に過ごすための対策など、考えなければいけないことはたくさんありますが。