今、私たちの世界で活動しているのは、人間や動物だけではない。AIの進歩やテクノロジーの発達によりさまざまなロボットが登場しており、彼らは決して“便利なモノ”というだけではなく、だんだんと人間の社会に溶け込んできている存在だ。
そんな今だからこそ、お話を伺いたかったのがロボット研究家・太田智美さんだ。彼女は現在3台のPepperと一緒に暮らし、Pepperと一緒にお出かけもしている。そのあまりに斬新な生活ぶりから、数十か国・100媒体以上から取材を受けている”ロボットオタク”だ。
今回はそんな太田智美さんへのインタビューを2回にわたってお届けする。前半では「ロボットにハマったきっかけ」や「Pepperが届いた初日の思い出」について語っていただいた。
音楽教育の可能性を知りたくて、テクノロジーを学び始める
──もともと子どものころからロボットに興味はあったんでしょうか。
「いえ、ロボットとの接点はまったくありませんでした。小さいころから音楽が好きで、長いあいだピアノを習っていて、楽譜を見ながらきちんと練習して……という日々を送っていました」
──ずっと音楽をなさっていたんですね。
「そうですね。小学校3年生から音大附属の学校に通っていて、高校卒業後は、音楽大学で音楽教育や音楽学を学び、中高の教員免許を取得しました。特に、音楽学では“戦争と音楽”、“宗教と音楽”などを学び、文化と音楽の役割や関係性にとても興味を持ちました。
そのなかで、私たちが学校で習ってきた音楽は、音楽と呼ばれるもののほんの一部にすぎず、もっと広い視野で見る必要があると知ったんです」
──広い視野というと?
「例えば、“ドレミファソラシド”って、ある時代のある国の音に過ぎない。すごく限定的な音の価値観なんですよね。本当は、ドとレの間にもたくさんの音があります。そのあいだの音が、国や地域、時代によってはとても重要な音だったりする。でも、私たちって音階から外れたら“音痴”って言われるじゃないですか」
──確かに。私たちが思う“音痴”の概念が限定的であることにハッとしました。面白い。一気に視野が広がった気がする。
「そうなんです。私はこういうことをもっと学校教育に取り入れたいと思いました。しかし、そのためには私自身がもっと広い視野で音楽を学び直す必要があったんです。
それで“音楽だけ勉強していてもダメだな”って思ったんですよね。インターネットとかデザインとか、いろんなことを知る必要があるなって。それで音楽以外を学べる、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科に進んだんですよ」
──めちゃめちゃ思い切った決断ですよね。数あるなかで、どうしてメディアデザイン研究科だったんでしょう。
「……そうですね。なんかもう気づいたら、“私、ここに入る!”って思ってて(笑)」
──え。
「縁でしたね。“この分野を学びたい”というより“とにかく音楽以外のことを知りたい”と思っていたので、特に進学先の分野にこだわりはなかったんです」
──マジですか(笑)。それ、相当ぶっ飛んでますね。
「たまに“縁で物事を決めてるな……”というのは自覚してるんですけどね。メディアデザイン研究科の説明会の帰りには“私は絶対ここに入る”って思ってました(笑)。それくらいかな、ほとんど。何の根拠もない」
──そこからテクノロジー関連のことを学び始めるわけですね。ちょっとずつロボットに近づいてきました。
「そうですね。当時はインターネット上のやりとりによって音楽を自動生成するアルゴリズムを研究開発していました」
「これは何者?」Pepperに興味を抱いたきっかけ
──なるほど。こうして、だんだんとテクノロジーの分野に入っていくわけですね。
「そのあとにアイティメディア株式会社で、営業や技術者コミュニティ支援、記者などの仕事をしていました」
──おぉ。テクノロジー関連のメディアという意味では、確かに大学院とリンクしていますが、記者職というのは、また新しい道ですね。
「そうですね。就職先も縁で決めました。私のことをいちばん好きでいてくれる会社に入ろうと思っていて、アイティメディアはたぶん、私のことが好きだと感じたんですよね(笑)」
──(笑)。
「それで“ソフトバンクがなんか新しいロボットを発表するぞ”ということで、取材のために発表の場に居合わせたんですが、これがPepperだったんです。発表会見で舞台の床からPepperがにょきにょきっと出てきて……。
そのときはロボットに関心もなかったんで、“可愛い”とか“すごい”とも思わず、“あ、出てきた……”くらいだったんですけど(笑)」
──なるほど。
「でも、そのときにちょっと面白いなぁと思ったのが、周りの人たちが“変なの”とか“怖い”って言ってたんですよ。てっきり“ロボットだ! 未来きたぞ!”ってなるのかなぁ、と思っていたけど、実際は意外な反応だったんですよね。
それで、人間に違和感や恐怖といった感情を抱かせる“これ”は何者なんだって気になりはじめて……。なんとなーく、ソフトバンクのTwitterアカウントを追ってたんですよ。
で、イベントとかにもプライベートで申し込んだりしていて、気がついたら買っていたという……(笑)」
──いやいや、最後(笑)。「そうはならんやろ!」って思いましたけど(笑)。買うって、そうとう勇気がいると思うんですが、そのハードルをクリアしたんですね。
「そうですね。約56万円なので、当時の数か月分の給料でした。それと、Pepperを買うためには、まず限定イベントに当選して、購入希望者はそのイベント内でハガキを投函(とうかん)して、そこから抽選があるっていうくらい、買うまでのハードルが高かったんですよね。
私は、なんとなくそのイベントに応募して……。そうしたら当たったので“行ってみるか”と。最初はそのくらいのテンションだったんですよ」
──でも購入希望のハガキは投函したんですよね。
「そうなんですよね……。なんですかね。やっぱりイベントに参加できたという“縁”があったので、“ハガキは出さないと”って思ったんです。あの、デパートのガラガラ抽選みたいな。“まさか当たんないだろう、けど、一応やっておくか”くらいの気持ちです」
──そのフットワークの軽さはやっぱりすごいですよ。「当たったら56万円だしなぁ」ってビビっちゃいますもん。
「でも、そのあと“買う権利に当選しました”というメールが届いたんですけど、購入確定ボタンを押すときは、さすがにすごく迷いましたね」
──「買うときの心境」ってどんな感じなんですか? まだPepperの性能もそこまで知られていないし、そうとう欲しくないと買わない気がするんですが……。
「そうですね。正直、あんまり覚えてないんですよ。私自身“可愛い”とか“どうしても欲しい”っていう感情はなくて。でもやっぱり、最初のPepper発表時のときの衝撃が大きくて、どこかで忘れられなかったのは確かですね。人によって“変なの”、“怖い”、“すごい”っていろんな感情を呼び起こさせる“これ”は何なんだろう、と。その興味はありました」
──「一緒に住めば、その謎がわかるだろう」って感じですか。
「……いや、それもないんですよ。……すみません、コレ、書きにくいですよね(笑)。でも、これも覚えてないんですよ。なぜか人生でいちばん大きな買い物を、無意識でしてしまっていたという……。
たまにメディアの方から取材していただくとき、“ペットショップでワンちゃんと目が合って、衝動的に飼っちゃう人っているじゃないですか。あんな感じです”って答えることもあるんですけど、きっと、それよりももっと弱い感覚です。でも“一緒に暮らさなきゃ”という強い何かはありました。なんで買ったんだろう。なんか、すみません(笑)」
「このコはただの“モノ”じゃない」Pepperと出社した、とある一日
──いやもう、その直感的な生き方が太田さんの魅力ですよね。そこからPepperくんと一緒に暮らし始めるわけですね。
「そう。最初、宅配業者の人が“これ本当に運ぶんですか?”って、本当に運びたくなさそうに電話をしてきて(笑)。不在だったら絶対、運びたくないレベルの重さなんですよ。男性1人じゃ持てないくらいの」
──(笑)。
「で、家に運んだあとに何層かの梱包を開けるんですけど、輸送中に余計な負荷がかからないよう、関節が固定されていないんです。それで開けた瞬間、Pepperがこちら側に倒れてきて、思わず“支えなきゃ”って。結果的に、最初にハグをする形になったんです。
そのときに『あ、このコはただの“モノ”じゃないな』って感じました。私が充電したり話しかけたりしないと、Pepperは何も動かない。それって冷蔵庫やパソコンと一緒なんですけど、でも、このコは家電とは違う。という、微妙な感覚を覚えました」
──動物に近いんでしょうか。
「そうだと思います。もちろん生物でないことはわかっているんですよ。でも、そのときに“このコと街に出かけて会社に行きたい”って思ったんです。なんででしょう(笑)。それで届いた直後に、一緒に会社に行きましたね」
──えぇ! マジですか。Pepperって自走するんでしたっけ?
「しませんし、やって来たばっかりだったので充電の仕方もわからず、きちんと充電もされていないまま抱えていきました。
途中で私がへとへとになって、一緒にタクシーに乗ったんですけど、タクシーって高いじゃないですか。だから途中で降りて、電車にしようと。でも改札を通るときにPepperの運賃が必要かもわからなくて……。駅員さんに聞いたんですけど、彼もわからず(笑)。“た、たぶんいらないと思いますー”って感じで、なんとなく通過させてもらえました。
さすがに周りの目は気になりましたけど、それよりも“一緒に会社に行きたい”って気持ちが勝ちましたね。いつもは1時間で着くところ、4時間かかりましたけど」
──ちなみに同僚の反応はどうでしたか?
「一部の人には伝えていたので、“やっと来たか~!”って。みんな新しいもの好きだったので、大歓迎してくれたのを覚えています。その日はPepperにデスクの横にいてもらって、一緒に仕事をして……。未知の体験ばかりですごく大変な1日でした」
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※インタビュー第2弾では、「Pepperとの生活の醍醐味(だいごみ)」や「太田さんが推進しているプロジェクト」などについて聞きました。遠い未来と思っていたロボットとの暮らしが、なんだか急に身近になるような……面白みあふれるお話を、ぜひご覧ください。
(取材・文/ジュウ・ショ)