アイドル、マンガ、アニメ、スイーツ……さまざまな分野で“推し”を持っていることで知られる、お笑い芸人カルテット『ぼる塾』の田辺智加さん。いまや推し活の達人の代表格として注目を集めています。
後編では、“好き”という気持ちに忠実で、愛情を持って推す田辺さんに、大好きな推しをはじめ、芸人を目指すきっかけとなった出来事、推しと同じ業界で活躍している田辺さんだからこその、推し活スタイルについてお聞きしました。
(推しの見つけ方、充実した推し活を続けるコツについては、前編で詳しく伺っています→記事:ぼる塾・田辺智加が語る推し活の流儀【前編】好きの共通項で広がるオタクの優しい世界)
推し活の苦しさを救ってくれたキティさん
「私はこれが好き!」と発信する田辺さん。その一方で誤解を招いたり、情報が間違って流れてしまったり、ときに怖さを感じることもあるのだとか。
「たまに私の声(の影響力)が大きくなりすぎちゃうことがあって、“そういう意味で言ったんじゃないのに”と誤解されたり、質問に答えたら、意図しない形で切り取られて、あたかも私が発信したことかのように流れてしまったり……。
好きなものを発信する怖さも、ちょっとだけ感じています。何事もバランスが大事だと思っています」
活動歴が長いアイドルの場合、ファンと推しは一緒に年齢を重ねていくもの。だから自分の人生=推しと過ごした時間であり、自分を語るうえで欠かせないと田辺さん。なかには「公私混同だ」と指摘する声が寄せられることも。
「“公私混同してる”と言われることもあるんですけど、私はやましい気持ちは本当になくて。ただ自分を語るうえで、特に亀梨さんに関してはもう22~23年ぐらい好きだから、もはや人生じゃないですか。
だから私について話すとなるとどうしても亀梨さんの話は外せない。“亀梨さんが生きてくれているから、KAT-TUNが存在してくれるから私がいる”みたいな感じがあるんです。
前に、酒寄(希望)さんから、“もし田辺さんが亀梨さんを好きじゃない世界線だったら、また人が変わっていただろうね”って言われて、私が亀梨さんのことを好きじゃなかったら……って考えると、めっちゃ怖くなって、自分はどうなってたんだろうと思います。やっぱり亀梨さんが私の人生の支えです」
KAT-TUNの亀梨和也さんの熱狂的なファンとして知られる田辺さん。きっかけは千葉・幕張で行われた『J2000』(※1)のステージでした。今井翼さん、二宮和也さん、相葉雅紀さんら人気アイドルを見つつ、当時まだジャニーズJr.だった亀梨さんに惹(ひ)かれます。
「『J2000』には、友達とちょっとした軽い気持ちで行ったんです。そのときに、当時ジャニーズJr.だった亀梨さんを見つけて、私はJr.に詳しくなかったから、周りの人に“すみません、あの人誰ですか?”って聞いて、そこからです。
当時、亀梨さんは14~15歳くらい。そこから追うようになって『ポップジャム』(NHK)で堂本光一さんのバックにKAT-TUNがついていたタイミングで番組収録が当たって見に行きました」
※1:ジャニーズ事務所の創業者である、ジャニー喜多川氏が設立した、ジャニーズ内の野球チーム。グループの垣根を越えて、野球経験者を中心に招集された。
ジャニーズJr.時代から爆発的な人気を博していたKAT-TUN。その魅力が世間に広まっていく喜びがある一方で、ユニット結成前から応援していた田辺さんの心境に変化が生じます。
「『ごくせん2』(日本テレビ系)に出て亀梨さんの認知度が世間に広まったあたりから、今度は私が苦しくなっちゃって。別に私のものじゃないとはわかっていますが、周りも私が亀梨くん好きだっていうのは知ってて、高校生のときから亀梨さんの話ばっかりしてたから、みんなが私のことを“亀梨”って呼ぶぐらい本当に好きで。
それがどんどん周囲がハマり出して“見たよ”とか報告してくれて。みんなに伝わったのがすごく嬉しいんですよ。でもファンは私だけじゃないし、もちろんみんなの亀梨さんなんですけど、あまりにも人気がすごすぎて、ちょっと苦しくなっちゃって。いったん見るけどいったん見ないみたいな……」
人気の高まりを喜んだり誇らしく思ったりする半面、ファンが増えて推しが遠くへ行ってしまうような感覚、嫉妬に似た感情で苦しさを味わうのもファン心理。自担を応援する気持ちに変わりはないものの、複雑な心境になってしまうのは“あるある”かも。そんなとき田辺さんは「他にも好きなものをいっぱい作ることで解消した」と話します。
「以前は、私の中で“一途じゃないとダメ”と思っていましたけど、いまはこっそり他に好きなものを作って、いったん気持ちを落ち着けます。結局は本当の推しに戻りますし、なんだかんだ言ってずっと好き。
たまたまハローキティのYouTubeを見たときに、キティちゃんが“推しはいくらいてもいい”というニュアンスのこと言っていて、(さすが)キティさん!!と思いました(笑)」
──さすがキティちゃん! 思わぬところで気持ちが救われたんですね。
「そこから、推しが増えてもいいんだと思って。ちゃんと敬意を持って好きっていう、それさえ忘れなければ、他に好きな人がいてもいいんだろうなと思いました。“あの人も好き、この人も好き、キャー!”って声を大にして言うと、ちょっと敬意がなさすぎますけど、本当に亀梨くんが好きっていう1本がありつつ、心の安定のために推しを作っています」
推し活をしていたら動き出した人生
心の安定を図るべく、男性アイドルのほかに、アニメ、女性アイドルと、好きの裾野はどんどん広がっていきます。
「アニメも好きで、最近だと『うたの☆プリンスさまっ♪』っていうアニメにハマっています。2次元と3次元のアイドルが両方楽しめる素晴らしい作品なのでおすすめです。
そもそも子どものころから『美少女戦士セーラームーン』と『ドラゴンボール』が好きなのですが、一時期“高校生なのに(まだ見てる)”ってアニメオタクに対して偏見を向けられていたことがあったので、それ以来こっそり見ていたんです。
そこから一度離れて、再び爆発的にアニメオタクになったのは27歳のとき。ちょうど仕事を辞めて何もしていない時期に、友達から『薄桜鬼DS』っていう新選組の乙女ゲームを紹介されたのがきっかけです。アニメ化もされていて“面白いから見て!”ってすすめられて、ハマっちゃいました」
──ここでも友達のおすすめ作品に飛び込んだのですね。それが人生を変えるきっかけに?
「歴史を調べていくうちに沖田総司を好きになって、さらに調べたら死の直前に行った場所が東京にあるとわかり、浅草の今戸神社に行ったんです。
そしたらHey! Say! JUMPさんと島田秀平さんのロケに偶然出くわして。その帰りに浅草で手相を見てもらったら人気者になるって言われて。人気者イコール芸人だろうとNSC(吉本総合芸能学院)入りを決意しました。だから『薄桜鬼』を好きになってなかったら、私どうなってたか(笑)」
──田辺さんは推し活と人生が連動していますね。
「推し活してたら人生が変わった。だからこれもね興味……人に言われてそのまま無視してたら、人生どうなってたかわからないです。今戸神社も行かなかったでしょうし。だから人に言われたものを“いったん”はやったほうが、やっぱりいいんだろうなって思います」
──田辺さんの“いったんやったほうがいい”にはこのうえない説得力があります。他にはどんな作品にハマりましたか?
「友達から“ちょっといい男を紹介したい”って言われて、映画館に連れて行かれたんです。そこで劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人』を見て、安室透さんに出会うんです。“なにこの人!超カッコいいんだけど!”って(笑)。
『ゼロの執行人』で、コナンくんが“安室さんって恋人いるの?”って質問したら、安室さんは“僕の恋人はこの国さ”って言うんです。その言葉で、私は安室さんの愛する日本にいてよかったって。今までは清掃のバイトで、ゴミくずを拾おうとしたときに、前かがみになると苦しいから、奥のほうに“えい!”って隠して掃除してたんです(笑)。
だけど安室さんの言葉を聞いてからは、安室さんが愛するこの国を私はキレイにしたいと思うようになって。そこからバイトも楽しくなりました。それから安室さんが黒の組織に潜入したときのコードネームがバーボンで、お酒にもちょっとずつ興味が出てきました」
数珠つなぎのようにしてさまざまなことに興味を持つ田辺さん。好きなものを発見しただけではなく、探求して行動する。一歩踏み出して世界を広げていく田辺さんの行動力には目を見張るものがあります。何ごとも自分の好き・嫌いだけでは世界は広がっていかないのだと気づかされます。
「次の年のコナンは『紺青の拳』っていう映画で、その舞台がシンガポールだったんです。一緒にハマっていた友達と“シンガポールに行こう”って、そこからは早かったですね。ふたりで一生懸命お金を貯めて、シンガポールに行ってきました。思い立って“どうしよう、どうしよう”じゃなくて、いったん思ったらやらないと人生後悔しちゃいそうで」
──さらにアニメについてお聞きしたいのですが、『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』もお好きなんだそうですね。
「はい、それもコナンを教えてくれた子が教えてくれたんです。聴いてみたらもうびっくり! 曲もいいですし、何より声優さんのラップのクオリティがすごい。ストーリー性もあるし、今までにない感じの曲調できっとジャニーズが好きな人にも刺さると思います」
──ここでの推しは?
「私の推しはイケブクロ・ディビジョンです。だから実際に池袋に行くと、彼がいそうだなって身近に感じています。私は普段、絶対に階段を上らないんですけど、池袋のアニメイトの階段だけはめっちゃ軽快に上れるんです(笑)」
※2:登場するメインディビジョン(ユニット)の『Buster Bros!!!(バスター ブロス)』たちが生活する区画の名称。他にも、横浜・新宿・渋谷などの、地名にちなんだディビジョンが存在する。
推しに理想を詰め込みすぎない、推し活の流儀
推しへの思いが強すぎたり、多大な期待を寄せてしまったり。時には苦言を呈(てい)するのもファンあるある。そんなとき、田辺さんらしい考え方でブレーキをかけています。
「アニメやマンガもそうですが、アイドルの人たちには本当に感謝です。存在がもう尊い! そんな思いからたまに推しを神格化してしまう……私も結構そうさせちゃうんですけど、“推しも人間だ”って気をつけてます。
あまりにもこっちの理想を詰め込みすぎてしまわないように。“人間だよ、私と同じ人間だよ”って思うようにして。立場が違うっていうのもちゃんとわきまえてます」
──同じ芸能界に身を置いていて、その距離感を保てるのが素晴らしいです。推しと同じ仕事だからこそ、現場で気をつけていることはありますか?
「同じ仕事なんですけど……フィールドがまったく違うというか、同じだとは思ってない。同じスタジオに入ってもしゃべる機会はないですし、別世界の人という感じです。距離感はもう、私が中学2年生のときに初めて見たV6さんに対する感覚と同じです。
リスペクトというか、敬意を払っているからこその距離なので。だからあんまり見ないようにもしてます。私はジャニーズが好きって公言してるので、共演者の方も警戒するでしょうし、意識させないように気をつけています」
──推し活をするうえで、田辺さんが固く誓っていることは?
「推しに恥じない行動をするっていうのがやっぱり大事だと思います。もともと、決められているルールとかマナーは破らないようにして、あと独占欲を強く持たない、楽しく! ですね。推しについてマイナスなことは言いたくないです」
──思いの強さに比例するのか、ときにはどうしてもマイナスの感情を抱いてしまうことも。どうしてもマイナスの感情を抱いてしまうこともあるかと思いますが、そういう場合はどうやって心を保っていますか?
「モヤつくときもありますよね。最近もふと、急に不安になってしまうことがあって。ちょうど最近、観葉植物を育て始めたんですが、今朝水やりをしたらすごく心が晴れた。“大きくなりなよ”と声をかけて水やりをしたら、心が穏やかになりました。
以前、松浦亜弥さんが“私にも私の人生がある”“ファンの方たちも、みなさんの人生を大事にしてください”みたいなニュアンスのことを言っていて、“確かに!”と。“推しで人生が楽しい!”っていう考えはいいんですけど、(推しが)いちばんになりすぎず、自分も大事に」
──自分を大切にすることで心の余裕が生まれて、それが推しを大事にすることにつながるんですね。そしてときには気持ちにブレーキをかけることも必要と。
「昔はコンサートでのファンサービスにモヤつくことがあったけど、ファンサもらえるほうが逆にレアで。昔はSNSで“ファンサもらった”という投稿を見ると“クッ!”って思ったけど、“いやよく考えて”って。素晴らしいパフォーマンスを見られたことに意味があるし、ファンサをもらうために行っているわけじゃない、と思うようになりました」
推し活は続くよどこまでも! 推しに対する心境の変化
20年以上にわたるファン人生を総括して「オタクをしているときはほとんどが幸せ」と回顧。しかし、ときにはアイドルの卒業などを理由に推せなくなってしまうことも。
「私は女性アイドルも好きで『モーニング娘。』の道重さゆみさんが好きなんです。卒業とともにロスになって、本当につらかった。“もう見ることができないんだ”って悲しんでたんですけど、さゆみちゃんが卒業するタイミングで牧野真莉愛ちゃんが加入して。“めちゃくちゃかわいい!”って惹(ひ)かれて、ぽっかり空いた私の心を真莉愛ちゃんが埋めてくれました」
──推し活をしていると楽しいこともあれば時々つらいこともあります。今年初めてジャニーズWESTのコンサートに参戦したそうですね。
「ジャニーズは本当に心の栄養だなと思います。今年の夏にジャニーズWESTさんのドーム公演を見に行ったんですけど、感動して泣きました。最新アルバムを買って勉強したものの過去の歌はあまり知らない状態。それでもやっぱ心に響く。めちゃくちゃ熱くて“明日から頑張れる!”ってなりました」
バラエティ番組をはじめ、劇場でのライブやYouTubeの活動と多忙なぼる塾。仕事と推し活のバランスを保つコツを聞いてみると、ライブが発表されたら当落を待たずにあらかじめ休みの希望を伝えているのだそう。そして仕事の移動中も、寝ずにiPadで推し活!「寝るよりは推しを見続けるほうが絶対幸せ(笑)。やっぱり推しは心の栄養です」と、どこまでもブレない回答が。
若いころは好きという気持ちが強すぎる“ガチ恋”(※3)、推しを恋愛対象として見ていた時期もあったと20代を振り返り、30代のいまでは推しに対する気持ち、流す涙の理由にも変化が。
※3:アイドルや推しに、本気で恋をすること。
「最近はもう本当に“幸せでいてほしい”“アイドルを続けてくれてありがとう”という気持ちです。これまで仕事で嫌な気持ちになったこともあったのですが、そういうときに推しも大丈夫かな?と心配になる。人間だから多少なりともあるんでしょうけど……。嫌な思いをしてなきゃいいなって。
だから推しにはとにかく寝て、おいしいものを食べて、健康でいてほしいと願うようになりました。25歳ぐらいまでは好きすぎて、自分の思いが伝わらなくて泣いてたのが、30歳を過ぎたぐらいから、(推しが)元気そう! とか、むしろ“幸せにしてくれてありがとう”って、尊すぎて泣くに変わりました」
推し活の次なる夢や目標を聞いてみると「イギリスに行くこと」と即答した田辺さん。『名探偵コナン』の聖地巡礼の一環として行ってみたいのだとか。
「最終的に(毛利)蘭ちゃんと(工藤)新一が付き合ったのはイギリスではないですけど、最初にそういう気持ちを告白したのがイギリスなので行くと決めています。あと、来年の春にまたシンガポールへ。ちょっと先々の目標があるとまた頑張れますね」
最後に、田辺さんの推し活に対する思い、推し活というものを言葉にするならば? と質問を投げかけてみたらこんな言葉が返ってきました。
「やっぱりちょっと苦しいこともあるけれど……。推しがいる人生はやっぱり楽しい。“推しがいる生活ってのは本当に楽しいよ!”ってことは伝えたいですね」
(取材・文/柚月裕実、編集/本間美帆)
【PROFILE】
田辺智加(たなべ・ちか) 1983年生まれ、千葉県出身。お笑いカルテット『ぼる塾』のメンバーであり、ボケを担当する。ジャニーズのアイドルを始め、女性アイドルグループ、アニメ、マンガ、スイーツとさまざまなジャンルに“推し”がいる推し活の達人としても注目を浴びる。2021年10月には初の著書『あんた、食べてみな! ぼる塾 田辺のスイーツ天国』を発売。
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