世界でも非常に少ない疾患といわれる肥厚性皮膚骨膜症(ひこうせいひふこつまくしょう)。すべての指先がふくらみ、太鼓のバチのような形状のため通称「バチ指」と呼ばれている。
名古屋市で美容師をしている吉田彰吾さんは、「バチ指」に関する知識や、自身の体験談をSNSで発信し、注目を集めている。TikTokのフォロワー数は13万人超え。
バチ指に葛藤した思春期を乗り越え、美容専門学校へ行くも、苦戦の日々を過ごす吉田さん。SNSで受けた誹謗中傷の数々、これからの活動について聞いてみた。
(吉田さんの自身がバチ指だと気づいたきっかけや、同級生の女子が発した何気ない言葉に傷ついた経験については、前編で詳しく紹介しています→記事:TikTokで100万回再生、指先がふくらむ疾患“バチ指”を持つ美容師が、「手がキレイな男の子はカッコいい」の評価基準に苦しんだ思春期)
美容師になるために専門学校へ! そこに待ち受けていたのは苦難の日々……
思春期を経て美容師になるため、美容専門学校へ。美容師になろうと思ったきっかけを、改めて聞いてみた。
「中学1年生のときです。小学生のころから通っていた床屋さんから、母と同じ美容院へ行くようになって。担当してもらった人が、店で人気ナンバーワンの美容師さんだったんです。
その人を見て“カッコいいな”と思ったのが、美容師を目指すきっかけでした。そのときは自分の指のことを、それほど考えていなかったんですよね。でも実際に美容専門学校へ進学してからは、思っていた以上に苦労しました」
ひとつ目の難関は国家試験だった。美容専門学校は、美容師になるための国家試験でふたつの課題練習があるのだとか。
「国家試験の課題としてワインディングという、パーマをつくるために毛髪にロッド(※)を巻く作業があります。もうひとつはオールウェーブといって、髪の毛にウェーブをつくりながら、課題のデザインを作り上げる実技があり、ちょっと細かい作業なんです。
どちらが国家試験で出るかはわからないんですけど、専門学校時代のほとんどがそれの練習でした。両方とも指先を使う技術なので、全然できない。時間が決まっているし、キレイに仕上げなきゃいけないわけで。そのときはすごく苦労しましたね」
(※)巻き髪をつくるときに使う棒のこと。
美容専門学校では定期的にテストが行われる。国家試験に合格する見込みを知るためのテストだ。しかし吉田さんの評価はいつも悪かった。
「評価も悪かったので、やり方を試行錯誤しながら、時間をかけて練習の日々です。そしたら国家試験には合格しました。でも、美容師になってからも大変だったんです。
まずハサミのサイズが合わなくて、特注で作ってもらわなければならなかったこと。次に、お客様の髪の毛を触るようになって初めてわかったのは、触っている指の圧力が、知らず知らずのうちに結構強かったみたいで。
自分は優しく触っていると思っても、お客様からしたら、指の当たりが強かったんです。ほかの美容師の先輩とかと比べると、だいぶ感覚が違ったようで……触れる際に、自分なりの感覚とか、やり方をつかんでいく作業が、最初は大変でしたね」
アシスタントという立ち位置から、自分でお客さんを担当するスタイリストになるまでもテストの数々、実技練習の毎日。人よりも時間をかけるなど、工夫が必要だったという。
「不便だったこともあるけど、よかったこともあります。美容師になってからのほうが、指に対する反応を示されることが多くて。美容師1年目のときから、“指の人”と言って、お客様に覚えてもらえることが多かった。
あとは、アシスタントのときって、シャンプーとかマッサージをすることが非常に多いんですけど、“指が大きいほうが気持ちいい”って言われました。自分の想像以上に褒めていただけることが多かったので、嬉しかったですね。
最初は指先を使った技術がすごく苦手だったけど、自分なりに工夫するようになったら、すごく上達しました。そこで思ったのが、最初に教えられたやり方って、誰かが勝手に決めただけなので、自分に合うやり方を見い出せばなんの問題もない。
ただ、教えられてる立場のときは、やっぱり同じやり方をしないといけないし、それ以外の方法は教えてもらえない。逆に今、自分が店長になって自立したポジションになったから、より可能性が広がってるのかなって思います」
「閲覧注意と表記してください」動画に寄せられた恐ろしい誹謗中傷の数々
お客さんにコンプレックスだった指を褒めてもらい、人生で初めて“指が武器になること”に気づいたそうだ。しかし、SNSでの発信活動を始めるようになってからは、心ない言葉を浴びせられることも増えたのだとか。
「いろいろコメントがあるんですけど、その中でもあまり共感できないと思ったのは、指の動画を載せるときに“閲覧注意っていう表記をつけたうえで、見る側が再生するとき、判断できるようにしてください”という趣旨のコメントでした。
ある動画をYouTubeで上げたときに、“ショッキングなものを載せるときは、投稿する側が配慮してほしい”という声が、かなり多かったんです。
ショートムービーって、おすすめされたものがパッと画面に出てくるので、回避するタイミングがないからということなんですけど……身体に特徴がある人が、これからいろいろ発信をしていく中で、そういう反応が当たり前になると、すごく息苦しいなって思います」
YouTubeで1万を超えるコメントが殺到し、誹謗中傷や批判的な意見が圧倒的だった。バチ指に関して、批判的なことを言われるのは小学生以来だという。
「確かに僕自身、手を強調した動画をわざわざ上げてるので、“わざわざ”っていう部分に関して、批判が出てくる理由はわかるんです。ただ、そこには目的や意図がしっかりあるので、それに対して “閲覧注意っていうワンクッションをつけて!”と言われるのは悲しい。
それに、直接会った人から指を批判されることって、人生の中でもほとんどないんです。だからそれって、顔が見えないからこそできることなのかなって。匿名機能の、悪い使い方のように思いました」
“世界の人たちとつながり、多くの人に寄り添う”人と違うからこそ生まれる発想
最近はTikTokの動画に英語の字幕を載せているそうだ。日本人だけでなく海外の人たちからもたくさんの反応が寄せられた。
「世界で同じ指の人や、同じ病気の人がいるんだとしたら、その人たちと出会いたいです。TikTokはやっぱり世界で流行(はや)ってるから、本当にいろんな国籍の方から反応が来るんですよね。ブラジル、ロシア、ウクライナとか。
日本だと“同じ指だよ”って、写真送ってきてくれた人は2人だったんですけど、海外の人だとこれまで5人くらいいて。顔と一緒に、指を写した自撮りを送ってきてくれるんです。“Hey! buddy”って、“俺も仲間だよ”みたいなことを言ってくれる人がいました」
人と違う特徴を持っているからこそ、新たな発想が生まれたという。
「僕、指輪ができないんですよ。普通の指輪だと指先に合わせて作られてるから、自分がはめると関節のところで緩くなっちゃう。
でも、“なんとかハマる指輪はないかな”って考えたんです。そうしたら、先端でサイズを決めるんじゃなくて、はめた後にサイズをカチッと締められる指輪があったら……って、思いついて。指輪を作ることができる知り合いに頼んで、作ってもらいました。
みんなと当たり前に同じように過ごしている感覚では、新たな発想は生まれにくいと思う。自分にしかない特徴を通じて生まれる、独自の視点や発想を大事にしていきたいです」
これからも発信活動に力を入れていきたい。彼の口から出る言葉には、まっすぐな思いが込められていた。
「障害を持った人が、前向きになれるようなことを伝えていけたらいいなって。自分が影響力を持っていれば、 発言にも力が加わってくると思うので。コンプレックスを強みにしている姿を伝えて、より多くの人と出会っていきたいですね」
(取材・文/桃沢もちこ、編集/本間美帆)