文部科学省の調査によると、不登校の小中学生の数は24万人を超えるといいます(2021年度)。最近は学校に通わずに教育を受ける「アンスクーリング」という言葉も徐々に広まってきています。田中まさおさんは不登校についてどのように考え、クラスでどんな対策をとっているのでしょうか。(聞き書き/牧内昇平)
※本文中に登場する子どもの名前はすべて仮名です。
遅刻が直らないかりんさんをクラスみんなで応援
教室に通えない子への接し方には、とても気を遣っています。もちろん、学校がすべてではありません。けれども、その子の心に「本当は学校に行きたい。みんなと一緒に勉強したい」という気持ちがあるなら、その気持ちを実現させてあげるのが教員の役目です。子どもが学校に通えなくなるには、それなりの理由があります。その理由を見つけ、取り除く必要があります。これはしかし、口で言うのは簡単ですが、実際にはとても難しい。子どもをじっくり観察し、その子に合った手立てを常に考えなければいけません。
1年生のときに担任したかりんさんは、お母さんが子育てに悩みを抱えていて、娘の世話に時間をかける余裕があまりないようでした。4月の初めから2学期までは順調に通っていたのですが、3学期は
遅刻ばかりになってしまったかりんさんですが、比較的明るい性格で、友達関係は良好でした。私はそこに目をつけて、クラスみんなでかりんさんを応援することにしました。使った小道具は、私の家にあった“ドラえもんの目覚まし時計”。ボタンを押すとドラえもんがしゃべったり、ジャンケンなどの簡単なゲームをしたりする時計です。私はこれをかりんさんに渡し、「毎朝セットして遅刻せずに来ようね」と言いました。そのやりとりをクラスのみんなが見ていたので、翌日からは「かりんさんが遅刻せずに来るか」がクラスの関心事になりました。
翌日以降もかりんさんは遅刻しました。すると、「今日も来られなかったねー」「明日は来るかなー」とまわりの子が言います。私も、「ちゃんとドラえもんを使ったの?」などと声をかけます。もともとみんな仲がいいので、言われたかりんさんも嫌な気持ちはしません。「セットしたけど起きられなかったよ」などと返事をしていました。こうして、子どもたちだけでなく教員の私も、ドラえもんの目覚まし時計をきっかけにして、かりんさんと話す機会が増えていきました。
そんなこんなで、みんながかりんさんの登校時間に注目していきました。本人もみんなに期待されることが嫌ではなかったのでしょう。ある朝、ついに時間どおりに教室に来たのです。みんなは「ワーッ」と盛り上がり、私も大きな拍手で迎え入れました。大歓迎を受けたかりんさんも満面の笑みを見せてくれました。この日以来、かりんさんは1週間連続で遅刻することなく学校に来るようになりました。そして、いつの間にか当たり前のように学校に来るようになったのです。
遅刻が多い子に対し、先生たちはどのように接しているのでしょうか。家庭に事情があるのはわかっていますので、子どもを叱って遅刻を直そうとする先生はあまりいないと思います。しかし、代わりの対策としては、「過度に気にさせない」というものが多いのではないでしょうか。遅刻したらそっと教室に迎え入れ、何事もなかったように授業を続けるのです。かりんさんの場合、私はあの子の明るい性格に期待して、あえて積極的に話題にするという方法を選びました。
教室に入れない白鳥兄妹を、1年生のクラスに誘ってみたら
私が担任する1年生のクラスが学級閉鎖になったときのことでした。昼間、誰もいない教室で仕事をしていると、子ども2人とお母さんが廊下をスーッと通っていきました。給食のトレイを持っていました。「どうした?」と思って後ろ姿を追ったら、3人は少し先の空き教室に入っていきました。私は部屋まで行って事情を聞いたんです。廊下を通ったのは白鳥さん一家でした。2年生の祥子さんと、3歳年上の凛太朗さん、あとはお母さんでした。凛太朗さんはほとんど無口でしたが、祥子さんとお母さんとは話すことができました。
事情を聞いたところ、祥子さんと凛太朗さんは2人とも自分の教室に通えなくなっていました。お母さんと一緒に給食だけ別室で食べて、家に帰る。それで一応「出席」したこととする。学校とはそういう約束になっていたそうです。私は「そんなのはおかしい」と思いました。せっかく学校にいるのに親子3人だけで給食を食べるなんて不自然です。
凛太朗さんは、起立性調節障害で3年生の途中から不登校に悩んでいる子です。私は一生懸命に子どもたちを学校に来させているお母さんを見て、心を打たれました。せっかく学校に来ているのだから、本人たちが望むなら、教室に通えるようにしてあげたい。職員室で「何かできることはないのか」と話題にしました。しかし、職員室も人手不足で対応できる人がいませんでした。
それから2か月がたちました。私は白鳥さん兄妹に聞きました。
「教室に入れないの?」
「入れないです」
2人とも繊細なところがあるのでしょう。クラスにうるさい子がいて、それが気になってしまい、教室に入れなくなったそうです。私は「何かいい方法はないかな?」と聞きました。具体的な案が出てくるわけがありません。私は、続いてこう提案してみました。
「じゃあ、うちのクラスに来てみないか? 1年生は楽しいぞ」
自分のクラスがだめなら、せめて1年生たちと一緒に給食を食べないかという提案でした。ダメでもともと、と思っていましたが、お母さんと本人たちは意外にも私の提案を受け入れてくれそうでした。
それから数日後、気がつくと廊下から私のクラスの様子をうかがっている親子3人を発見しました。祥子さんも凛太朗さんもにこにこしてくれて、お母さんが「このクラスなら入れるかもしれない」と言ってくれました。
学校を誰にとっても安心な場所に
私のクラスに兄妹を呼ぼうと思ったのはなぜか。第一は、1年生のクラスなら2人が溶け込めると思ったのです。高学年となると難しいですが、1年生は教室に別の学年の人がいても違和感を持ちません。誰が来ても友達になることができます。特に、私と自由な1年間を過ごした子どもたちは、誰に対しても声をかけられます。それぞれのやり方で、甘えたり、はっきりものを言ったりすることができます。そして、人としていちばん大切な、相手に対する思いやりの心があります。
もうひとつの理由は、私自身が一緒に給食を食べながら、2人の課題を見つけたいと思ったのです。自分たちの教室に行けないのには、やっぱりそれなりの理由があるはずです。一緒に過ごせばその課題が見えてくると思いますし、課題が見つかれば今後の援助の方法も考えられると思っています。
小学校の教員の仕事は、教科書の内容を教えることだけでしょうか。クラスの子一人ひとりの課題を見つけ、どうやって対処するかをその子や保護者と一緒に考えることも、大事な仕事のひとつです。不登校は大きな悩みですが、小さな悩みはみんな抱えています。完璧な子は、ひとりもいません。計算が苦手な子もいるし、運動が嫌いな子、食べ物の好き嫌いが多い子、いろいろな子がいます。教員はそうした個々の悩みと付き合っていく必要があります。だから教科担任制ではだめです。学級担任だからできるのです。
不登校の子どもたちにとっては「安心」がとても大切です。
白鳥兄妹に訪れた変化。とうとう記念すべき日が──
先ほど紹介した白鳥兄妹ですが、私のクラスで給食を食べることができるようになりました。そして数日後には、授業にも参加できるようになりました。「4時間目に体育で縄跳びと跳び箱をやるから参加してみないか」と誘ったら、4時間目から登校してくれたのです! 体育に参加した日のことです。何か思うところがあったんでしょうね。妹の祥子さんが言ったんです。
「自分のクラスにも行けるような気がしてきた」
その日の5時間目、祥子さんは2年生の自分のクラスに顔を出しました。子どもはちょっとしたアクションで驚くほど変わります。私はその可能性を信じています。
祥子さんよりも難しいだろうと思っていたのが、5年生の凛太朗さんでした。3年生の2学期から登校できなくなっていましたから、時間がかかるだろうと思ったのです。しかしその凛太朗さんも、1年生と一緒に給食を食べ、一緒に掃除をするうちに、変わっていきました。4時間目の体育や音楽に参加し、いつの間にか3時間目から登校するようになりました。1年生の子どもたちと過ごすことが心地よくなっていったのです。いや、1年生ではなく、仲間と過ごすことが心地よくなっていったのでした。
どうにか朝から登校できるようにしたいというのが私の願いになっていきました。私は意図的に学区巡りというイベントを企画し、1、2時間目に設定して、凛太朗さんに声をかけました。当日の朝、どうなるものかと待っていると、ついに(!)凛太朗さんが登校してきたのです。
クラッカーを鳴らしてみんなでお祝いをしました。彼は同じ日の午後、5年生の自分の教室にも顔を出し、とうとう丸1日、学校にいることができました。3年生の2学期以来の記念すべき日になったのです。忘れもしない、ある年の3月9日のことでした。田中まさおと白鳥親子の特別な出会いでした。
(取材・文/牧内昇平)
田中まさおさんの裁判を支える「田中まさお支援事務局」は’23年4月23日、第2次訴訟の原告の詳しい募集内容を公開しました。主なポイントは以下の4点です。
《原告の応募条件》
1. 個人的な利益ではなく、本訴訟の趣旨に賛同してくれる人
2. 給特法が適用される、公立学校の現役教員もしくは元教員の人
3. 長時間労働を理由とする国家賠償請求を行いたい人
4. 正式に原告となる場合、訴訟費用として20万円を負担できる人
田中まさお支援事務局によると、すでに教員を退職した人でも、時効(原則3年)が過ぎていなければ裁判を起こせます。また、裁判の費用については、クラウドファンディングなどで寄付を募るため、個人の負担は20万円に抑える、としています。7~8月の夏休み期間に説明会を開き、そこで弁護士や支援事務局のメンバーたちが面談を実施します。詳細は田中まさお支援事務局のTwitterアカウントなどへ。
◎田中まさお支援事務局公式Twitter→https://twitter.com/1214cfs
◎著者・牧内昇平Twitter→https://twitter.com/makiuchi_shohei