前回の【Part1】(『老犬ホーム』って何? 愛するわんちゃんのために知っておきたい基礎知識「罪悪感や後ろめたさは持たないで」)では、老犬ホーム・介護情報提供サイト『老犬ケア』を運営している「リブモ株式会社」代表取締役・森野竜馬さんにお話を伺いました。
それまでは老犬ホームというところは、朝から晩まで日の当たらない犬舎の中で老犬たちが横になっているというイメージがあったけど、森野さんの話から、自分の勝手な思い過ごしだったんだと痛感していたところに、fumufumu news編集担当の“わんちゃん大好きKさん”が「実際に老犬ホームへ取材に行ってみませんか?」と声をかけてくれた。
私は9歳と8歳のポメラニアンを飼っている。最近、9歳のほうがごはんを食べてる最中に咳こんだり、散歩中も休みたがるようになり、老いを意識し始めたというタイミングもあって「行きたい! ぜひ連れて行ってください!!」と鼻息荒く即答。
Kさんが連絡を取ってくれたのは、東京都大田区にある老犬・老猫ホームと介護対応ペットホテルを兼ねる『東京ペットホーム』。ドッグホームとキャットホームで建物が分かれており、ドッグホームには取材時点で、15頭の老犬たちが暮らしているそうだ。
老犬たちはどんな生活を送っているのだろう? 今回の【Part2】では老犬ホームに潜入取材。ドキドキしながら東京ペットホームの扉を開けたのだった──。
壁一面の窓ガラスから光が差し込む自由な癒やし空間
東京ペットホームに到着したのは朝の10時半過ぎ。私たちが玄関口に立つと、スタッフさんよりも早くわんちゃんたちが総出でお出迎えしてくれた。
「クンクン、知らないニオイだけど誰なのさ!?」と、初めて見る私たち取材班に興味津々。駆け寄って来る子もいれば、車いすを上手に操作しながら近寄って来る子も。みんなノーリードで自由だ。
なんて人懐っこいんだ!? わんちゃんってこんなんだっけ? うちの子たちは警戒心が強く、来客や宅配便のおじさんに歯をむき出しにして吠え続けるというのに……。
「こちらのホームに入所するまでは吠えて大変だった子も、ほかの子たちと生活をともにするうちに穏やかになっていくんです」
そう笑顔で答えてくれたのはドッグホーム店長の永松礼子さん。店長さんの言う通り、みんなどこかおっとりしていてやさしい顔、なんと言っても表情が豊か。
玄関を入ってすぐの広場は壁一面の大きなガラス窓で、あいにく雨の日だったけど明るい光がいっぱいに差し込んでいて気持ちのいい空間になっている。たまたま通りがかった人がのぞき込んで、わんちゃんたちに手を振ったりする姿も見られて実にオープンだ。
思い思いにわんちゃんたちが過ごしている広場の奥は、スタッフさんの作業スペースになっていて、ここで1匹ずつごはんの用意をする。肝臓が悪かったり、糖尿病を患っていたり、歯がなかったり、アレルギーがあったり……。ごはんもそれぞれその子に合わせて準備するんだそう。
私たちが着いたときも朝ごはん真っただ中で、スタッフさんたちがごはんの準備であわただしく動いていた。
「カリカリだけじゃなくて、柔らかなフードを混ぜて食べやすくしたり、中にはカリカリを粉末にしたものを水と混ぜて与えています」(永松さん)。
ひとりで食べられない子は、介助しながらゆっくりと食べさせる。スタッフさんが食べさせているときも、ほかのわんちゃんたちが寄ってくるけど、横取りはせず仲間が完食するのをじーっと見守っている。なんとのどかな光景。
そして、スタッフさんの足元を見ると大きなベッドが置いてあって、そこにダックスフントのハナちゃん(14歳)とミニチュアシュナウザーのコパンくん(14歳)が仲良く横になっていた。
副店長の手柴友里さんに聞くと、「コパンくんは自力で歩けないんですけど、ふたりは大の仲良しでハナちゃんがいつもいっしょにいてくれるんです」。
このように広場に出て動き回れない子たちは、スタッフさんの目が届くところで安心安全に過ごしている。
老犬たちはホームで“ワンダフルライフ”を送っていた
最高齢はサムくん19歳、最年少は10歳のこじろうくん。基本的にスタッフ2人が常駐して、朝は4時から深夜2時まで朝、昼、夜の三交代制でお世話をしている。“それじゃ、電車が動いてないんじゃ?”と思ったら、歩いて通える距離に店長と副店長は住んでいるんだそう。
「思い切って引っ越してきちゃいました(笑)。自分が休みの日でも、みんなに会いたくて顔を出しちゃうんですよね」と永松さん。
食事の後はスタッフさんが自力で排便できない子に排便介助をしたり、皮下点滴を行っていた。そんななかでも、歩き回ってる子たちに話しかけたりスキンシップは忘れない。スタッフ同士が笑顔なのも印象的だった。
「うちの施設はスタッフ仲がいいのが自慢です。そういう雰囲気ってわんちゃんたちも感じてしまうんですよ。私たちのモットーは“わんちゃんファースト”。居心地のいい空間を作ってあげたい。スタッフ全員が同じ方向を向いてお世話をさせていただいてます」と、東京ペットホーム代表の渡部帝(わたなべ・あきら)さんが説明してくれた。
そんな穏やかであたたかな空間のなかで足元にジャレてくるわんちゃんたちをなでながら、もはや取材に来たのを忘れかけていたころ、ひとりの紳士が登場。
往診専門の『モバイル・アニマル・クリニック』獣医師・小関隆先生という方で、週1でわんちゃんたちの往診にいらっしゃってるとのこと(ちなみに往診はオプションプラン)。小関先生も柔和な方で、わんちゃんたちも先生を見つけて、待ってました! とばかりに大フィーバー。
普段はスタッフさんがマッサージをしたり、爪や毛のお手入れをするそうだが、ヘルニアの持病がある子は飼い主さんと相談して、小関先生が患部に近赤外線を照射して痛みを和らげる治療を行ってくれる。
今日は柴犬のヒロくん(16歳)とチワワのきいちごちゃん(13歳)の施術日。小関先生が器具を体にあてるとポカポカしてきたのか、ヒロくんは眠り始め、きいちごちゃんは目がトロンとなって至福の顔に。その様子を見ていたスタッフ、取材陣みんなが笑顔に。何て幸せな空間なんだ……。
ふと見ると、2階へ上がる階段の壁にはわんちゃんたちの写真が飾られていた。こちらを利用していたけど、亡くなってしまったわんちゃんたちだそう。「みんな私たちの家族ですからね」(渡部さん)。
愛犬が亡くなった後も、東京ペットホームに遊びに来てくれるご利用者さんは後を絶たないのだとか。ご家族とともにスタッフも一緒にわんちゃんを送り出すことで、より一層の絆が深まっている。わんちゃんにとって“第2のわが家”であると同時に、飼い主さんにとっても“第2のわが家”になっているのだ。
現在、「東京ペットホーム」で暮らしているわんちゃんたちは全員が一生預かり。でも預けたから「後はよろしく~!」ではなく、ほとんどの飼い主さんが、夕方や休日になると愛するペットたちに会いに来る。老犬ホームに預けることが悲しい結末だと思っていた自分が無性に恥ずかしくなった。
最期の虹の橋を渡るその日まで、家族と一緒に暮らすことを誰もが望むだろうけど、東京ペットホームのような“第2の家族”が愛情を注いでくれる場所も選択肢のひとつと考えていいのかもしれない。
謎の多かった老犬ホームだったけど、わんこたちは老犬ホームで“ワンダフルライフ”を送っていたのだった。
利用者さんインタビュー 「愛犬がおしっこまみれでうずくまっていて……」
老犬ホームを見学して、スタッフさんたちから愛情をたっぷり注がれて生活しているわんちゃんたちの姿を見ることができたけど、では実際、老犬ホームを利用している人たちはどんな方たちなのか? どんな経緯で預けることになったのか? 預けてみてどうだったのか? 疑問がモフモフと……じゃなくてムクムクと湧き上がってきた。
そこで、東京ペットホームの潜入ルポのときに登場してくれたコパンくん(14歳)の飼い主さんである美穂さん(仮名)にお話を聞かせていただくことに。
美穂さんは現在、都内で暮らす40代の会社員。もともとコパンくんの飼い主さんは美穂さんのお母様で、コパンくんをわが子のように可愛がられていたんだそう。
「コパンが3歳のときに、私と弟が家を出てしまってから母親とコパンのふたりだけで暮らしていました。が、4年前に母親が病気で急逝してしまって……。それで私がコパンを引き取ることにしたんです。当時、コパンは10歳になったばかりで元気だったし、私が仕事で出かけている間もひとりでちゃんとお留守番できていました」
そんなコパンくんが2021年4月、13歳のときに体調を崩してしまう。もともとヘルニアの持病があったもののそれ以外は大きな病気もせず暮らしていたのが、ある日突然、てんかんの発作を起こして完全に歩けなくなってしまった。
「何日か入院した後、家に連れて帰って来たんですけど、私も仕事に行かなくてはいけないし、心配しつつ朝7時に出かけて17時に急いで帰宅したんです。そうしたら、部屋のなかでおしっこまみれのコパンが動けずにうずくまっていて……。心細いなかひとりで待たせてしまった申し訳なさから、泣きながら謝るしかありませんでした」
そのときに美穂さんを救ってくれたのが、かかりつけのどうぶつ病院の受付で見て持ち帰っていた東京ペットホームのパンフレットだった。その場ですぐ東京ペットホームに電話を入れると代表の渡部さんが出て、泣きじゃくる美穂さんに「大変でしたね」と寄り添ってくれ、「明日来れますか?」とやさしく声をかけてくれたという。
「藁(わら)にもすがる思いでした。コパンの面倒を見てあげたいけど、仕事を辞めるわけにもいかない。これじゃ共倒れになってしまうという恐怖がありました。渡部さんはコパンよりも私の気持ちに寄り添ってくださって、私の話に一生懸命耳を傾けながら、コパンを“第2のわが家”として迎え入れられるような環境にしたいとおっしゃってくださって。安心感からまた涙が出たのを覚えています」
余命1か月と言われるが、今も元気に過ごせてる
土日にお試しで預けた後、「一生預かりプラン(6か月更新)」でコパンくんを入所させた。今年の4月で預けて1年になるが、実は預けた当初どうぶつ病院の先生から「1か月、命がもつかわからない」と言われていた。
「もし私がひとりで飼っていたら、コパンはもうこの世にいなかったんじゃないかなって思います」
さらに入所してからうれしい変化も。
「コパンはほかのわんちゃんと仲良くできない子で、散歩中もわんちゃんがいたらルートを変えないといけなかったのが、ホームに行ってから吠えなくなったんです。仲良しのお友だちのハナちゃんもできたし(笑)。ひとりぼっちでお留守番させていたときより、仲間ができて楽しそうだし、今のほうが安心して生活できてるのかなと思います。スタッフさんが体調の変化など細かいところを見てくださってるので、私も安心して仕事に打ち込めます」
美穂さんは平日コパンくんと離れて暮らしているが、仕事が終わったら必ず顔を見に行くし、土日は家に連れ帰り一緒に過ごすのが日課。それが癒やしにもなっている。
「大変なときもあるけど、コパンに会えると思うと仕事も頑張れます。仕事の帰りに寄って、コパンにごはんをあげさせてもらってるんです。“面会時間が過ぎてしまっても、来ていただいて大丈夫ですよ”と言ってくださって本当にありがたいです。コパンが体調不良のときひとりだったらどうしようって不安にならずに、一緒に考えて悩んで寄り添ってくれる人たちがいるというのが何よりも心強いですね」
亡きお母さんの宝物でもあるコパンくんに会いに、今日も美穂さんは東京ペットホームを訪れる。
*Part3(シニア犬たちがのびのび暮らす『老犬ホーム』代表が語る思い「離れて暮らしても家族のままでいられるように」)では、東京ペットホーム代表の渡部帝さんのインタビューをお届けします。
*取材協力/老犬・老猫ホームと介護対応ペットホテル『東京ペットホーム』
ドッグホーム:東京都大田区東糀谷1-13-22
キャットホーム:東京都大田区大森南1-23-5
(取材・文/花村扶美)