東京・渋谷のミニシアターから、規格外のヒット映画が生まれようとしている。
観客はシニア層が7割! 男性はひとり客、女性はふたり連れが多いという。当初は「ユーロスペース」(渋谷区円山町)1館だけでの公開だったが、初日の2月4日(土)から5回連続で満席というロケットスタートを切り、翌週の土日も満員札止め。急きょ2月17日(金)から名古屋でも上映が始まり、さらに大阪・福岡・京都・横浜など全国25館以上での拡大上映が決まった。
あのカメ止めブームの “シニア版” ともいわれる映画は『茶飲友達』(外山文治監督)。
あたたかな縁側の陽だまりを連想させるタイトルだが、実は高齢者向けの売春クラブが警視庁に摘発された実際の事件をモチーフにした作品。どうやって作られ、なぜ多くの人々に刺さっているのだろうか──。
描くのは高齢者のセックス産業
「予想以上の反響に驚いています。これまでの映画では、高齢者の性の問題はほとんど語られてこなかった。どちらかというと人間の崇高な部分ばかりをシニアに担わせる映画が多かった。等身大のシニアを描いていないのでは? という自分自身の反省も含めて、もっと身近なテーマを描こうとタブーに踏み込んだ結果が、このヒットにつながったのかなと思っています」(外山文治監督へのインタビュー/以下同)
劇場にはシニア客が列をなして非常ににぎやかだが、若い観客も3割以上いるという。
「若い人たちからすると、“高齢者ってそういうことするんですか!?” みたいな感覚で。自分とは無縁のものだという見方から始まるんですけれども、映画が終わるころには絶対に必要なふれあいであるという認識に変わったり。自分が今まで見てこなかったものなんだなという、気づきみたいなところに着地してくださる人が多いですね」
【ストーリー】
妻に先立たれ孤独に暮らす男、時岡茂雄(渡辺哲)がある日ふと目にしたのは、新聞の三行広告に小さく書かれた《茶飲友達、募集》の文字と電話番号。その正体は、高齢者専門の売春クラブ『茶飲友達(ティー・フレンド)』だった。
運営するのは、29歳の代表・佐々木マナ(岡本玲)とごく普通の若者たち。彼らは65歳以上の “ティー・ガールズ” と名付けられたコールガールたちに仕事を斡旋(あっせん)し、送迎と集金を繰り返すビジネスを展開。マナはともに働くティー・ガールズや若者たちを “ファミリー” と呼び、それぞれ孤独や寂しさを抱えて生きる彼らにとって大事な存在となっていた。
ある日、一本の電話が鳴る。それは介護施設に住む老人からの「茶飲友達が欲しい」という救いを求める連絡で──。
高齢者のセックスを扱う作品ではあるものの、主人公のマナをはじめ、送迎の男性ドライバーたち、電話の応対や会計係をつとめる女性たちなど、若い世代もひとつ屋根の下(一軒家のシェアハウス)に集って、映画は序盤からにぎやかに進む。還暦超えのティー・ガールズたちは、それぞれ個性的なファッションに身をつつんで楽しげだ。
そこに新たに加わるのが、偶然の出会いからマナにスカウトされた松子(磯西真喜)。もうひとりの主人公とも言える彼女の目線を通して、観客は『茶飲友達』の実態を知ることになる。
煎茶コース(デートだけ)、玉露コース(本番あり)といった独特のタームや、見ず知らずの高齢男性と肌を重ねる戸惑い、少しづつ満たされていく心と身体……。映画は松子の変化を丹念にすくい取っていく。
「孤独感が強まる現代社会の中で、みんな心の穴が塞(ふさ)がらない。そんな孤独に共鳴し合う、つながりを欲している人たちの寂しさと家族のあり方がテーマのひとつです。
松子さんという方の人生に “彩り”が灯(とも)ったようにも感じられますが、やっぱり自分を少し犠牲にしながら、あるいは搾取されながら、かろうじて居場所を見つけている……。人を救済するっていうことの難しさみたいなことも表現してみました」
女性最高齢は82歳のおばあちゃん
着想のもとになったのは2013年10月に報道されたニュース。
男性が約1000人、女性が約350人という会員数の「高齢者売春クラブ」が警視庁に摘発されたというもの。最高齢は男性が88歳のおじいちゃんで、女性は82歳のおばあちゃん。男性経営者も70歳だった。
当時の新聞記事には《(逮捕された)男は「40歳以下はトラブルが多いので高齢者を対象にした。風俗業の印象を与えないために、『茶飲み友達募集』として人を集めたが、売春希望者には趣旨が分かると思った」などと供述し、容疑を認めている》とある。
「真っ先に私が思ったのは、“この1350人もの人たちはどこへ行ってしまうんだろう?” ということでした。もちろん法に触れることはNGだとしても、摘発して何か変わるんだろうか。こういうことで救われる人もいるだろうに……と、自分の中の正義感が揺らぎましたね。
そして、そのときに感じた “揺らぎ” をいつか映画にしたいと思うようになりました」
事件をヒントに『茶飲友達』のもとになる脚本の執筆をスタート。10年近くの歳月をかけて企画・撮影・劇場公開までこぎつけた。
「三行広告を出したこと、新聞を見て会員になった人が1000人以上もいたことだけを残して、ストーリーの展開は全部オリジナルです」
「シニアがメインとなる事件ではありますが、売春クラブを運営する側を若者に変更して、高齢者をたぶらかす若者たち = 騙(だま)している側も実は明日が見えないという現実も描こうと。若者の閉塞感のようななものを入れることで、全体を通して日本社会の現実が浮かび上がってくるといいなと思って書きました」
『カメラを止めるな!』との共通点
製作したENBUゼミナール(※)は2018年6月に都内2館から最終380館以上、220万人以上を動員した『カメラを止めるな!』(上田慎一郎監督)で知られる。作品は『カメ止め』と同じ「シネマプロジェクト」の第10弾として企画された。
(※)東京・五反田にある俳優・映画監督の養成スクール。卒業生に映画監督の市井昌秀、岨手由貴子、早川千絵、劇作家の本谷有希子、根本宗子など。シネマプロジェクトでは『カメラを止めるな!』のほかに、今泉力哉監督『サッドティー』『退屈な日々にさようならを』、二ノ宮隆太郎監督『お嬢ちゃん』など10作品を製作・公開してきた。
「コロナ禍で業界全体が止まった時期があったじゃないですか、あのときに私がENBUゼミナールに売り込みに行ったんですね。まさにカメラが止まった、という出発点からです。
われわれ監督はものを作っていかなきゃいけないし、俳優は世に出ていかなきゃいけないし、“一緒に映画を作りましょう” と。コロナ禍が厳しくて撮影時期が延びたり、中止を余儀なくされたりしましたが、そのたびに団結力が強くなった気がします」
2021年の3月から4月にかけて、ワークショップオーディションを実施。応募者667名から書類選考で選ばれた107名が5組に分かれて参加した。外山監督自身が「真剣勝負だった」と語るこのワークショップを経て、33名のキャストが選出された。
それにしてもティー・ガールズを演じた熟女たちなど、個性ゆたかな高齢者キャストには驚かされる。SNSやインターネットを通じた告知でも《年齢・性別制限なし(60歳以上大募集!)》とはうたっていたが……。
「実はワークショップを通じて映画を作る中で、一番のネックはそこだったんですよ。世に出たい若者はたくさんいるし、若者の応募は見込めるだろうと。でも扱う題材が題材ですから、シニアの方がどれくらい来るのかなっていうところが大きな課題だったんですね。
ところがたくさん来たんですよ。世の中に出ていきたい人は若者だけじゃないんだ。高齢者だって人生を畳むだけじゃない。未来を見つめてチャレンジしているんだ、っていうことにも気づかされました」
俳優自身が「裏設定」を考えて
監督の外山文治は現在42歳。
20代後半から高齢者の問題に関心を寄せ、2013年、33歳のときに映画『燦燦 -さんさん-』を発表。吉行和子が主演し、シニア世代の婚活をチャーミングに描き出した作品だったが、若い監督の商業映画デビュー作としてはかなり異色にも感じられた……。
「正直に言うと “若手監督の輪” に入れなかったんですよ。若い作家に求められる “お題” に応えられなかった。
例えば非常にスタイリッシュな映像であったり、最先端のお笑いであったりユーモアであったり、時勢をとらえて若者に向けて発信する。若手監督というのはそうした役割を担わなきゃいけなくて……。そこから私はハズレたんですよね。ハズレたし、無理して続けると私自身はちょっと難しいよな、という思いもあったので、やっぱり挫折はしたと思いますね」
「でも若いときって、心情として挫折を認められないので(苦笑)。あんまり自分が挫折したとは思いたくないし、いろいろと悩んだりもしました。そういった中で別の方法がないかなと模索していたときに、若手の枠を超えてシニアの方々に向けて作るというところにたどり着いたという感じです」
そうやってオリジナリティーを獲得する一方で、2020年に公開した前作『ソワレ』は、若い男女の切ない逃避行を描いた作品だった。村上虹郎と芋生悠が主演し、豊原功補、小泉今日子によるプロデュース映画としても話題になった。
「自分自身が若手から真ん中の世代になってきて、逆に『ソワレ』のように若い俳優を撮る企画も手がけるようになったので、今後はバランスよくやっていこうと思います」
「これは余談になりますが、『ソワレ』を見たお客様から “正当防衛なのに、なぜ逃げるんだ!?” という声がたくさんあったんですよ。でも作り手としても法律の専門家が見ても、あれは懲役刑になってしまう事件なんですね。
そんなこともあって今回の『茶飲友達』では、売春組織の中に顧問弁護士がいて、常に法律家の見地から状況を観客に示す設定にしたんです」
それが映画の中で「先生」と呼ばれている中年男性。演じた俳優(光永聖)も、もちろんワークショップオーディションで選ばれた。
「あれは裏設定もあるんです。今回の俳優はみんな自分が演じる役柄の背景を自分で考えてきたんですが、彼が考えたのは “あの弁護士は(主人公の)マナさんが、かつて風俗嬢をやっていたときのお客さんだった” という(笑)。
そうやって監督が指示するだけではなく、すべての役者が “自分はこういう人生を歩んできたんだ” というアプローチをしてくれました」
マナを演じた岡本玲は、NHK朝ドラ『純と愛』『わろてんか』にも出演。どちらかというと清純派というイメージだろう。
「岡本玲さんも自分から応募してきたんです。彼女の言葉を借りると、これまでテレビタレント的な仕事だったり舞台の経験はあるものの、自分の好きな “映画” とからむ機会が少なく、それがコンプレックスだった。自分から近づきたい思いがあって受けに来ました、と。
いま彼女は31歳。この何年かずっと舞台で鍛えてきた実力は知っていましたが、これまでの映像作品ではその上手さが存分に発揮されているものがないように感じたんです。“やり直しのきかない芝居が見たいんだ” ということを伝えて、マナというキャラクターが完成しました。
確実にこれまでに見たことがない岡本玲さんが見られると思いますし、彼女の人生の転換期になるような作品になってくれればと思います」
【作品情報】
映画『茶飲友達』
監督・脚本/外山文治
出演/岡本玲
磯西真喜 瀧マキ 岬ミレホ 長島悠子 百元夏繪 クイン加藤 海江田眞弓 楠部知子
海沼未羽 中山求一郎 アサヌマ理紗 鈴木武 佐野弘樹 光永聖 中村莉久 牧亮佑
渡辺哲
製作/ENBUゼミナール
渋谷・ユーロスペース、名古屋・名演小劇場ほか全国順次公開!