「耳管開放症」という病名を聞いたことがあるだろうか? 歌手の中島美嘉や俳優・タレントの足立梨花も、この症状を患ったと公表していたが、一体どんな病気なのだろうか。
主な症状としては、「耳がふさがった感じがする(耳閉感)」、「自分の声が響いて聞こえる(自声強聴)」「自分の呼吸音が聞こえる」といったもので、人によっては「耳鳴りがする」「水の中に入っているような感じがする」などと感じるという。
耳管とは、のどにつながる部分から鼓膜の奥の空洞(中耳)に連なる、耳と鼻の奥をつないでいる管状の器官で、耳の奥にある。中耳内(鼓膜の奥の空間)の圧力を常に一定に保つ役割を果たしている。
通常の状態であれば、この耳管はしっかり閉じているのだが、開いたままになっているのが「耳管開放症」だ。
耳管開放症の症状が生じる仕組み
耳に外部から音が入ると鼓膜が振動し、その振動が耳小骨という骨に伝わり、さらにカタツムリ状の蝸牛(かぎゅう)という器官へと進む。
蝸牛内で液体の振動になって音として仕分けされ、神経を介して脳へと伝達され、ようやく音が認知されることになる。
大きな音が入ってきたときには、鼓膜と耳小骨とそれに連なる筋肉群が伝達を制限して、蝸牛に強すぎる振動が伝わらないように作用する。逆に、小さすぎる音に対しては振動を増幅して、蝸牛へしっかり音が伝わるように調整するようにできている。
この調節機能が十分発揮されるには、耳管が適切に閉じて、中耳の圧が一定に保たれる事が前提となる。こうした調節も、健康であれば自律神経の働きによって、無意識のうちに行われるもの。
ところが、この耳管が緊張感を失って開きっぱなしになると、聞こえ方にさまざまな違和感を覚えるようになってしまうという。それが「耳がふさがった感じがする」といった耳管開放症の自覚症状の原因だ。
ストレスをはじめとした耳管開放症の原因
「耳管開放症は検査ではわかりづらく、診断が難しい症状です。ストレスが原因のひとつといわれていますが、検査のときに症状が出ないことも多いため、本人は違和感を感じているにもかかわらず、聴力検査では、耳の機能として異常が見られず、医師から“様子をみましょう”と言われてしまうことが多いのです。
また、最近はコロナ後遺症の自覚症状のひとつとしてこの症状が現れることもあります(ほりクリニックのコロナ後遺症外来の約25%)」
そう話すのは、耳管開放症に対して心身の両面から総合的な治療を実践している、ほりクリニック(東京都大田区)の堀雅明院長だ。
このように、診断がつきにくいことから、患者がいろいろな病院を回っているうちに、原因や治療方法がいつまでたっても明らかにならないことで、さらにストレスが増し、深刻なうつ状態に陥ってしまう人も少なくないという。
「耳管開放症は、聴力検査では異常がないことが多いんです。耳管機能検査というものもあるのですが、この測定機器はどこの耳鼻科医にもあるわけではありません。
もしあったとしても、ほんの数分の検査で、変動しやすい耳管の機能を評価するのには無理があります。
頭を下げて下を向いたり、横になったりすると耳管の周囲の血流によって耳管が圧迫されて症状が軽くなるため、この変化があると、耳管開放症と診断するうえで参考になります」
耳管と自律神経の密接な関係
耳管の働きは自律神経との関係が密接であるために、ストレス、睡眠不足、時差ボケなど、自律神経の乱れや気象の変化によって症状が現れやすいという。
女性の場合は生理不順、妊娠に出産や授乳など、ホルモンバランスの乱れが影響することもあるという。また、無理なダイエット、ガンによる消耗などで体重が急激に減った場合には、耳管周辺の脂肪が少なくなることで耳管がゆるみ、発症するケースもある。
「耳管開放症は女性に多く見られ、中でもやせ型で、低血圧や冷え性の傾向がある方、頭痛や鉄欠乏性貧血を持つ方も関連しています。他には、ピルの副作用に関連している場合も。
それ以外だと、やはりストレスによる自律神経の乱れが主な原因なので、薬をもらってすぐに治るというタイプの病態ではありません。ストレスマネジメント、睡眠習慣、運動を含むライフスタイル全般の見直しが必要です。
ストレスが関係するため、本人の意志では簡単にコントロールできません。また、無意識の領域に原因があるため、医師に単純な治療効果を求めても、すぐには結果が出しにくい性格があります。
投薬という手段ではなく、ストレスの悪循環から抜け出す知恵が必要なのです。こうした現状で、患者さんが希望を持ちにくいのが現実です」
耳管は身体と心のセンサーの役割を担っている
しかし、堀院長は、「それでも希望を持ってほしい」という。
「耳管開放症が難聴に進行する例は、ごくごく一部なので心配しないでください。耳は繊細なセンサーのようなもので、ストレスという“火事”を発見して、耳鳴りや耳がふさがった感じといった症状によって、あなたに異常を知らせているのです。
耳管開放症の症状が重篤な場合は『耳管ピン挿入術』という保険適応の手術法があり、鼓膜を切開して開いた耳管にシリコン製のピンを挿入して耳管を人工的にふさぎます。この手術で症状の改善を期待できることも事実です。」
外科手術・投薬治療よりも有効になりえる手段とは
堀院長の目標とする、本来のゴールは、“自律神経のバランスを回復し、患者本人がストレスから解放され、幸せな日常を取り戻せるような状態までもっていくこと”だ、と考えている。ただし、治り方は一人ひとり違うので、その人なりのスピードで進めばいいという。
「 自己診断は、ときに危険です。急に難聴や耳閉感や耳鳴が悪化した人は、まずは早急に、身近の耳鼻科で検査と治療を受けましょう。
例えば、急性の難聴で発症する『突発性難聴』であった場合は、1日でも早く内服治療を開始することが、より高い治癒率につながります。
耳の症状が長く続くと、自律神経・心身の不調も長引き、悪化することになります。“もしかしたら自分も耳管開放症かも?”と思われる方は、ぜひ専門の耳鼻科に受診してほしいんです」
□ 耳閉感(耳が詰まった感じがする)
□ 自声強調(自分の声が大きく響く)
□ 耳鳴り
□ 難聴(聞こえにくい)
□ 自分が呼吸する声が大きく響く
□ 周りの音が響いて聞こえる
□ 鼓膜が動いているように感じる
□ 拍動する耳鳴がする
□ ふらふらする、めまいがする
※ほりクリニックの患者さんに聞き取り調査を行った際、上記のような症状が出現していました。(ほりクリニックのホームページより引用)
(取材・文/吉川明子、編集/本間美帆)
【PROFILE】
堀雅明(ほり・まさあき) ほりクリニック院長。医家の5代目。昭和大学医学部卒業。祖父から父に受け継いだ堀耳鼻咽喉科医院から、ほりクリニックに改名(東京都大田区)。日本耳鼻咽喉科学会認定専門医。耳鳴や耳管開放症などの対症療法だけではなく、東洋医学や心療内科的観点や生活習慣などを考慮しつつ、統合医療で根治を目指す。翻訳した書籍に『内なる治癒⼒こころと免疫をめぐる新しいい医学』(創元社)、『がん治癒への道』(創元社)がある。耳管開放症研究会会員。趣味は、ヨーガの実践。