ドラマ『100万回 言えばよかった』では幽霊となり現世をさまよう直木と唯一意思の疎通ができる刑事を、NHK大河ドラマ『どうする家康』では常識にとらわれない発想の持ち主で家康に叛(そむ)いた本多正信を、映画『ロストケア』では献身的な介護士でありながら42人を殺めた殺人犯を──。今年公開・放送された作品だけでも幅広い役柄を見事に演じ、その演技力の高さを改めて感じる俳優の松山ケンイチさん。
そんな松山さんが出演する映画『大名倒産』が、6月23日から公開されます。原作は、直木賞作家の浅田次郎氏による時代小説で、江戸時代を舞台に、思いがけず大名家の家督を継いだ若き藩主の運命を描いた物語です。
本作で松山さんが演じたのは、徳川家康の血をひく若きプリンス・松平小四郎(神木隆之介)の兄で、うつけ者と言われながらも庭造りの才能が天才的な松平新次郎。演じた役についてや、本作で共演した神木さん、前田哲監督とのエピソードなどのほか、本作のテーマのひとつである「節約」について考えることなどをお話しいただきました。
「うつけ者」役のお手本は前田監督!?
――松山さんが今作で演じた松平新次郎は、周囲から「うつけ者」と言われる少し変わった人でしたが、この役を演じるにあたってどんなアプローチをされたのでしょうか?
他の人にはない特性を持ったキャラクターだと思うんですけど、この当時もいろいろな人がいて、同じ人間という認識の中でそれぞれ生きていたと思うんです。
この作品の世界観の中では、新次郎は他の人とは少しかけ離れていて「無垢な部分」がすごく強かったんですよね。そこを表現したいなと思ったときに、一番近くにいたのが前田(哲)監督だったんです。監督もすごく純粋無垢な方で、僕が初めて出会ったのが21歳くらい。それからの付き合いになりますが、その間に感じてきたことをそのまま監督の前でやってみた感じなんです。
――前田監督のどういうところに「無垢さ」を感じられたのでしょうか。
表にはあまり出てこないのですが、僕は前田監督のいろいろな作品を見て、音楽の使い方がちょっと変わっているなと思い、そういうところに無垢さを感じました。
あと、これは人から聞いた話なんですけど、何人かの映画監督が「どの作品が好きか」と話していて、みなさんプロの方なので、ちょっとマニアックな作品を挙げていく中で、前田監督は『ジョーズ』って言ったらしいんですよ。『ジョーズ』って、多くの人が「怖い」と思うじゃないですか。でもその作品を挙げる目線を持ち合わせた方というか、そういうところにも無垢さを感じます。
無垢でいることって、子どものときは「かわいい」になりますが、大人になったら「非常識だ」とか、ある種のカテゴリーの中では受け入れられなくなってしまうようなところがあるじゃないですか。そこをなんとかうまく表現できたらいいなと思っていました。役を作るうえで一番参考にさせていただいたのは前田監督だったので、「監督を見本にして新次郎を演じます」と伝えたら、「俺、そんなんじゃないと思うけどなぁ」と言っていましたけどね(笑)。
強烈な「個」を持つ人は与える影響が強い
――神木さんが演じる小四郎は、新次郎の明るさや純粋さに次第に感化されていきますが、逆に新次郎が小四郎に何か感化された、影響されたなと感じたことはありましたか。
きっとあるんでしょうけど、具体的に作品の中で小四郎からこういうことを言われて、新次郎が変わったというようなことはないんですよ。コミュニティが変わったことで新次郎にもある変化が起こるのですが、うつけ者と言われている人たちの一番強いところって、その人の「個」がめちゃくちゃ強烈なんですよね。その強烈な個性を持った人は影響を与える力が強いので、周りの人は何かをもらうことがものすごくあると思っています。そういう意味では、小四郎と新次郎の関係は作中でうまく描かれているなと思います。
新次郎はみんなからは「うつけ」と思われて少し距離を置かれていたけど、庭の仕事をさせてみたらすごい才能があることがわかります。そういう新次郎の魅力を知って、お初との恋愛関係でも、新次郎に対して「この人に何をしてあげられるんだろう」という道筋を、弟たちや周囲の人たちが作ってあげているんですよね。それは「借金を背負った藩をどう立て直していけるんだろう」ということと一緒だと思うんです。そういうところが僕はこの作品の中で特に好きなところでした。
――おっしゃるように、人と違う個性を持った人を隠そうとか排除しようとするのではなく、その人のいいところを伸ばそう、育てようとしているところが私も素敵だなと思いました。ただ、無垢さやピュアさは、意識しすぎると不自然にも見えてくるものかと思うのですが、それを自然体に演じるうえで心がけたことはありましたか?
きっと、新次郎のような人ってたくさんいるんですよね。おじいちゃんでもピュアな人っているじゃないですか。あとは、普段は普通に仕事をしているけど、実は趣味がプロみたいな腕を持つ人とか。そういう人の笑顔を見ていると、すごく無垢な感じがするんです。僕はこれまでそんな人たちとの出会いが多かったので、彼らを見習って、さらに目の前に見本となる前田監督がいたので、自分で役を無理やり作り出すようなことはなかったです。
――他の作品でも、無理やり役を作り出すよりは、参考になる人を軸にされることが多いのですか?
それがほとんどですね。出会いや関わりの中で気づくことや発見はたくさんあるので、いろいろな人と出会いたいなと思うんです。
自分の幅の中だけでピュアさの理論を組み立てて役を作り上げると、ものすごく狭くなってしまうんですよ。そういう意味でも、自分の世界を広げていくことで演じるのがどんどん楽になってくるので、いろいろな人と出会うことは意識しています。
みんなの作り出す空気感が、自分の道しるべになる
――3月公開の映画『ロストケア』に続き、今作も前田哲監督作になりますが、シリアスな作品・役と、今作のようなコメディタッチの作品との振り分けで気をつけた点はありますか。
特にないですね。どの作品でも、台本とセットがあって、衣装やメイクがあって、共演者がいて。その空気はどれも全然違うので、僕はそれに乗っかっているだけなんです。自分からシリアスな雰囲気やコメディの空気感みたいなものを出すことって、すごくエネルギーを使うし、疲れるんですよ(苦笑)。なので、みなさんが作り出す空気感が自分の道しるべになっているというか、作ってくれた道をまっすぐ歩いているような感じです。
監督と話していたのは「持て余している人」を僕たちはどういう風に生かしていくべきか、ということでした。それは作中で小四郎がやっていることでもあると思うんですけど、僕もそこを大事にしていました。
――『ロストケア』は、前田監督と長年にわたって温めてきた作品だったと伺いました。
『ロストケア』に関しては、原作が書かれたのは10年ぐらい前なんですけど、介護殺人や「8050問題」など、当時ではあまり表に出ないような、新聞でも小さく報じられる程度の問題が、ここ数年でどんどん大きくなって認知されるようになりました。その中で、「役に立たない人間は必要ない」といった優生思想のような考え方も出てきてしまった。表現の仕方によってはそちらに捉えられてしまう可能性もあったし、みんながそういう風に思ってしまうと作品としてはアウトなので、そこの表現に関しては監督と詰めていったところはあります。
節約は自分を守る手段でもある
――『大名倒産』は小四郎が背負う藩の借金100億円(!)返済のため、「みんなで節約を頑張ろう」という物語ですが、松山さんはこのストーリーにどんな感想を持たれましたか。
節約って一人だったらなんとかできると思うんですけど、ここまで大きなコミュニティになってしまうとすごく難しいなと思いました。今作のフライヤーにも「節約は、戦でござります!」と書いてありますが、確かにそうだなと思いますし、節約することって、結局は自分を守るための手段でもあると思うんですよね。
きっと節約は誰もがしなければいけないことで、そのためにはいろいろな人とのつながりを駆使しなければいけないし、人とのつながりみたいなものを作る努力をしなきゃいけない。それって、自分を幸せにするためにいろんな人とつながっていくことになると思うんです。自分とつながった人が幸せにならなければ、結局自分も幸せになれないじゃないですか。映画で小四郎がやった、またはやろうとしている「ビジネス」の部分では、本当に多くの人を救いながらやっているので、とても理想的なビジネス体制だなと思いました。
――最初はピンチの連続でしたが、「最後はみんなで幸せになろう」という思いが込められていましたよね。
これだけ大きなコミュニティになってくると、みんなで共有して、みんなでやっていかないといけないものですからね。そのためにも、みんながハッピーになれるような仕組み作りが大事になってくると思うんです。
――その考え方は、今の社会にも通じますね。
本当に。日本もそうなってくれればいいなと思います。
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後編では、最近ハマっているアニメや農作物を育てる面白さと難しさ、日本の伝統技術の存続についてなど、いろいろなお話を伺います!
(取材・文/根津香菜子、編集/福アニー、撮影/篠塚ようこ、ヘアメイク/勇見勝彦(THYMON Inc.)、スタイリスト/五十嵐堂寿)
●Profile
松山ケンイチ(まつやま・けんいち)
1985年3月5日生まれ、青森県出身。2002年に俳優デビュー。その後、NHK大河ドラマ『平清盛』で主人公・平清盛を演じるなど、多くの作品に出演。2023年はNHK大河ドラマ『どうする家康』、TBS系金曜ドラマ『100万回 言えばよかった』に出演。3月には主演映画『ロストケア』が公開。
また、2022年3月に捨てられていく「資源」をアップサイクルするプロジェクト「momiji」が始動。2023年6月15日(木)~28日(水)まで銀座和光本店4階にて『モミジ アーティストコレクション』を開催。
●Information
映画『大名倒産』
監督:前田哲
脚本:丑尾健太郎、稲葉一広
出演:神木隆之介、杉咲花、松山ケンイチ、小日向文世、小手伸也、桜田通、小日向文世、宮﨑あおい、浅野忠信、佐藤浩市ら。
公開日:2023年6月23日(金)
(C)2023映画「大名倒産」製作委員会