第3回目は東京・赤坂の人気フレンチ『アマラントス』の宮崎慎太郎シェフをフィーチャー!
海外や一流ホテルで研さんを積んだ日々「ホテルではひとり浮いていた時期も」
五つ星ホテル『ザ・リッツ・カールトン東京』のメインダイニング『アジュール フォーティーファイブ』の総料理長としてミシュランの星を6年連続で獲得し続けながらも、2021年、コロナ禍に独立。46歳で、わずか12席のレストラン『アマラントス』のオーナーシェフに転身した宮崎慎太郎さん。安定したラグジュアリーホテルの料理長の座を退き、先の見えない時代に、自らの腕一本を信じてカウンターに向かう日々だ。
「ザ・リッツ・カールトン東京から、“メインダイニングで星を取ってほしい”とミッションを投げかけられて料理長としてスタートし、1年で実現することができたんです。その後6年間、結果を出しつつも、ゲストにとって最高の料理を出せないというジレンマに陥りました。
ホテルのダイニングはキッチンからフロアまでの動線が長く、お客様の元に届くまでに、味や食感が変わってしまう可能性があります。温かいお皿も冷たいお皿もベストタイミングで出せることが、ガストロノミーの基本です。日々、お客さまと向き合って、自分の料理を食べたいと通ってくださる方々のために料理を作りたいという思いが強くなっていきました。そういう意味では今、ゲストの目の前で調理し、作りたてを食べていただける環境で自由に動けるようになり、充実した日々を送っています」
ホテルは生え抜きのシェフを起用するのが一般的だ。宮崎シェフは声がかかったとき、丸の内にある商業ビルの一角にある人気フランス料理店『オーグードゥジュール ヌーヴェルエール』のシェフだった。街場のレストランのシェフが一流ホテルの料理長にスカウトされることは異例のケースだと、注目を集めた。
「ホテルで働いた経験がなく、不安はありましたが、“星を取る”というミッションにフォーカスできる環境であれば挑戦したい、と意欲を燃やしていました。いざ入ってみると、いきなり未経験の自分がいちばん偉い人になってしまったわけですから、最初はひとり浮いていました。やはり、長く勤めているスタッフからしたら、信用できるのかと疑問を持たれたはずです。よそ者扱いされて、誰も味方がいませんでした。そんな中で、誰が何を得意としているかを見極めて、適材適所を判断しながら大勢のスタッフを動かしていかなくてはならない。プレッシャーは相当なものでした。星が取れて、ようやく自在に動けるようになりましたね」
ホテルで働き始める前、29歳と、海外修業に出るには遅い年齢でパリに出て研さんを積んだことで、新たな展望が開けた。盛りつけの精緻さ、華やかさ、そしておいしい素材にひと手間どころではなく、幾重にも手を加えて完成するアート、それがガストロノミーの奥義。肌でそう感じることで、表現のインスピレーションが広がった。そんな宮崎シェフのコースは、『ザ・リッツ・カールトン東京』の豪華な空間にふさわしく華麗だった。味の幅が広く、色彩豊かで、素材一つひとつに奥深い仕掛けが施されている。
「フランスでは、星付きから街場のビストロ、トレンディな新店まで、さまざまなタイプの店で下処理から盛りつけまでを経験しました。ガストロノミーを頂点に、レストラン、ビストロ、ブラッセリー、カフェと厚い層をなして食の世界が広がっている。日本にはないその棲(す)み分けを体感して、ガストロノミーの魅力を再発見できたことが糧(かて)となっています。レストランの中でも特に優れたテクニックと上質な素材、シェフのクリエイティビティを駆使して美食を追求しているのが、いわゆるガストロノミーレストラン。その真髄を身をもって体験できて、ホテルという特別な美食空間での料理を表現するうえで役立ちました。若いころに行っていたら、技術を身につけるのに精いっぱいで気がつかなかったと思います」
独立に後悔なし!「生涯、現役の料理人であり続けたいと決意を新たに」
もともと、’90年代の人気テレビ番組『料理の鉄人』(フジテレビ系)を見て、一流シェフたちの熱い対決に衝撃を受けて料理人を目指した宮崎シェフ。パティシエの修業をへて、『ル・ブルギニオン』の菊地美升シェフのもとでベースを学び、その後、『オーグードゥジュール』で中村保晴シェフに師事する。渡仏したのは、その店の2番手のときだった。
「あの当時、菊地さんは最先端、中村さんはどちらかといえばクラシック。“シェフが変わると、こんなに料理が変わるんだ”と驚きましたね。ひととおりフランス料理を学んで、将来のために次に必要なことは何かと考えたときに、フランスで研さんを積むことを決めました。パリでは、ゲストから最高の満足を得られるよう創意工夫し、革新し、食材の持つ可能性に挑む、スターシェフたちの姿を見て触発されました」
「歳をとってから行っても意味がない」という声もあったが、フランス人のひらめき、発想、瞬発力など、技術以上の“エスプリ”(精神・知性)に触発され、多くの収穫を得て帰国。その後、前述した前職のグループレストラン『オーグードゥジュール・ヌーヴェルエール』の料理長として店を連日、満席にした。
「ちょうど東京でミシュランが始まった年に日本に戻り、1年目でいきなり星をいただいたんです。商業ビル内のレストランとしては珍しいことだったので、そこからさらにガストロノミックな料理を追求するようになりました。そんなころ、リッツのお話をいただいたんです。思いがけず、願っても叶(かな)わないような経験をさせていただきましたが、独立した今は、生涯、現役の料理人であり続けたいと決意を新たにしています。“今日はこんな素材が入りました、おいしいですよ”、目の前のゲストに、そんな提案ができる喜びを選びました」
ここからもうひと花咲かせよう、と店名を考えていたところ、アマランサスに「我慢強い」「永遠の」という花言葉があることを知った。ギリシャ語では、「アマラントス」。そのギリシャ文字の字体がデザイン的に気に入り、あえてギリシャ文字を使用し、ギリシャ語読みで店名を『アマラントス』とした。
「僕の料理人としての人生をよく表しているんです。厳しい修業をへてキャリアを積み、ようやく独立した。今は野菜ひとつとっても、届くたびに辛味が違ったり、酸味が違ったり、水分量が違ったりする。それらを見極めながら少しずつ調整して、さまざまなアプローチでおいしさを追求していく、その瞬間が価値ある時間に感じられます」
手に取って、食材と会話をしながらその日の仕立てが決まる。そんな宮崎シェフとカウンターをはさんで食談義をしながら、カジュアルな雰囲気の中、華やかな“口福”を味わいたい。
『アマラントス』宮崎慎太郎シェフのスペシャリテ
◎お野菜のひと皿
その日の朝に到着する20種類ほどの旬の野菜それぞれに、素材の持ち味を引き出す調理をほどこした前菜。“一つひとつの野菜から、おいしさをどのように引き出していくか考える過程が楽しい”というシェフの生産者への思いと巧みな技術が融合した自信作。かぼちゃはピューレに、金時草はドレッシングで和えて、根菜類はそれぞれベストの温度で蒸すなど、本来の素材のうま味が堪能できる彩り豊かなひと皿。
◎千葉県・花悠(かしゅう)仔豚のロースト
ハーブを食べて育ったビタミンB1が豊富なボタニカルポーク。いちばん下には豚足の煮こごりを薄く敷き、その上にローストしたものと皮付きのバラ肉を添える。皮付きのまま、うまく仔豚が処理されている中華料理を参考にして、軽くゆがいてから揚げ焼きに。仔豚のさまざまな部位をひと皿に集めて食べ尽くす。しっとりとなめらかな口当たりの肉にカリッとした食感の皮。まろやかな脂の甘みで後味はさっぱり。同じ素材で何度も異なる味わいが楽しめる。
◎メレンゲ
丸いムースのようなフォルムの美しいメレンゲ。中に入っているのは、下からガナッシュ、トンカ豆のムース、真ん中にライムの果汁のジュース。同業者からどうやって作るのか質問を受けるほど高度なテクニックを駆使して作り上げた。甘くて厚みのあるフランスのメレンゲは日本では好まれないため、パティシエ時代に覚えた技術を使い薄いメレンゲを開発。メレンゲの概念を変えるほど口あたりが軽く、層になった味わいがひとつになり、口に入れると予想外の味が広がる。
連載第4回となる次回は、宮崎シェフのご指名で、六本木『ル・スプートニク』の高橋雄二郎シェフにお話を伺います!
(取材・文/Miki D’Angelo Yamashita)
【PROFILE】
宮崎慎太郎(みやざき・しんたろう) ◎東京誠心調理師専門学校を卒業後、パティシエとして洋菓子店『ラ・バンボッシュ』に3年勤めた後、フレンチに転向。西麻布『ル・ブルギ二オン』、銀座『ヴァンピックル』、麹町 『オーグードゥジュール』で修業を積む。その後渡仏し、パリの名だたるフランス料理店数軒で約2年間、シェフとしてのさらなる経験を積む。帰国後、’07年4月より、丸の内『オーグードゥジュール・ヌーヴェルエール』料理長に就任し、7年連続でミシェランの星を獲得。’14年5月より『ザ・リッツ・カールトン東京』のフレンチダイニング『アジュール フォーティーファイブ』料理長に就任し、『ミシュランガイド東京2016』から6年連続で1つ星を獲得。’21年に独立し、赤坂に『アマラントス』を開く。’23年度版ミシュランでも星を獲得。
住所:東京都港区赤坂2-18-5 FUN ART AKASAKA 2F
電話:03-5797-8585
定休日:不定休
URL:https://www.amarantos2021.com/
備考:「お任せコース ディナー 食前酒付き」19800円(税込み、以下同)、「土曜・日曜・祝日ランチ 食前酒付き」14500円、アラカルト2860円〜