人によって症状がさまざまで、検査で異常を発見しづらいことから、診断がつきにくい「耳管開放症」。自律神経の乱れが原因とされ、根本的な治療のためには心身のバランスを整える必要があるという。しかし、どうやって整えていけばいいのだろうか?
(耳管開放症に多い症状やはインタビュー前編で詳しく紹介しています→記事:「耳管開放症」って知ってる? 耳鳴りやめまいが生じる“現代病の原因と治し方”を医師に聞いた)
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「耳管開放症」の改善には生活習慣のヒアリングが必要不可欠
堀院長は、患者自身が、自分自身の現状をしっかりと自覚できるきっかけを探るため、「なぜ、ある時期から症状が出たのか」「特定の場面で悪化することがあるのか」というように、原因と背景を見直していくところから始めるという。
過去の受診歴や治療歴、症状の経過、家族背景、成育歴などに加え、多様なストレス負荷の有無も深掘りする。さらに、心理検査で心理状態を評価したり、血液検査で潜在する鉄欠乏性貧血を見つけたりするなどして、さまざまな方向から原因を探っていく。
「この病気の耳のさまざまな不快な症状には、“卵が先か、ニワトリが先か”みたいな混乱があります。 本人は、“耳の不調が原因で、その結果、不眠や疲労が悪化している”と訴えます。
しかし、実際には、“不眠や疲労の結果、耳の症状が悪化している”とも言えます。いずれにしろ、ストレスの悪循環に陥ってしまうのです」
そのため、堀院長は必ず「ストレスを自覚していますか?」という質問をしている。この質問をすると、仕事や家庭のさまざまなストレスを告白する人が多いという。一方で、「ストレスをまったく自覚していない」と答える人もいる。
そこで、心理検査をしてみると、正の範囲内であることも少なくないそうだ。ただし、このような人たちの中にも、時間をかけてじっくりと振り返ってもらうと、次第に無自覚だった自身のストレスに気づく場合があるという。
「人間の心と、身体、とりわけ聴覚の器官である耳管の機能は、密接に心の深層と関係しており、この領域については、まだ科学的に明らかになっていないことがほとんどなんです。
また、医療全体に言えることですが、ストレスに関連する病気に対して、精神科・心療内科の治療では薬物療法のみに頼ることが多いのが現状で、そこには限界があります。
一方、患者さん自身が、主体的に自分自身のメンテナンスに積極的に取り組む、いわゆる、“セルフケア”には、大きな可能性があります。実はここにこそ、現代ストレス病を克服するうえでの、大きなカギだと考えています」
堀院長が根治を目指して心身ともに治療に向き合う理由
堀院長がそのように考えるようになったのは、自らの体験がある。医学生のころに精神的な負荷がかかり、不調をきたしたことがきっかけで、人間の能力や精神世界について模索するようになったという。
ヨガや瞑想(めいそう)、呼吸法や食養生を通して心の平穏を得ることができ、自らの能力を高める可能性があることに気づき、従来の医療システムではカバーしきれない領域があることを実感した。
「禅の考え方に、調身、調息、調心というものがあります。調身は身体を動かすことで力を抜くことを学習します。調息は呼吸法の訓練、調心は心を整えるための訓練で、瞑想などが代表例です。この3つを整えることで自律神経が整い、深い睡眠を得られるようになります。
人間の身体は眠りについている間に回復し、整えられるため、深い睡眠はとても重要。これらに加えて、食生活も整えることでさらに調子がよくなっていきます。こういうセルフケアの改善と継続が不可欠なんです」
ストレスを自覚することが症状改善の第一ステップ
それでも、セルフケアが困難なほど患者がストレスにさらされている場合もある。そこで、堀院長は心理セラピスト・自律神経法トレーナーの岩田明子さんと連携し、カウンセラーによる心理療法(自費診療)にも力を入れている。
「自律神経のバランスを崩した人が、“耳鳴りや耳の中で音がこもる”といった症状を訴えられることは少なくありません。過度のストレスにさらされて常に緊張状態にある方も、カウンセリングを通してリラックスできる状態に近づいていきます。
ストレスの自覚症状がない人は、深いリラックス状態を経験すると、いかに自分が無理をしていたかということに初めて気づくことができるのです」(岩田さん)
耳から送られてくる心身のアラートに気がつくことが大事
堀院長は、岩田さんとの連携によって、耳管開放症の症状が改善してきた例を何度も見てきたという。
「医療のゴールは症状がなくなることではなく、幸せの回復。本人が以前よりも幸せな日々を送れるようになって初めて、治ったと言えるのではないでしょうか。
レーシングコースで、車がすごいスピードで回り続けているのがストレスフルな状態だとして、故障したり、限界が来たりするとピットインで修理することになります。
カーレースであればまたコースに復帰するわけですが、私たちは人間なので、もう限界まで走り続けなくてはならないレースには戻りたくなくなるはず。
耳管開放症という身体の“警報器(アラート)”は、カーレースで故障したような状態でもあります。これをきっかけに、自分にかかっていた過度な負担や限界に気づき、根本から見直し、生き方のシフトチェンジができれば、きっと心身ともに充実し、以前よりも無理なく、楽しみながら生きていけるようになることでしょう」
多忙でストレスにさらされることの多い現代社会では、心身の休息を十分に取ることができず、「疲れているから耳鳴りがするのかも」と不調をやりすごす人も少なくない。
それを耳の“アラート”としてとらえることができれば、心身ともにバランスを整えるきっかけになるかもしれない。
※注意点:自己診断は、ときに危険です。急に難聴や耳閉感や耳鳴の悪化した方は、まずは、早急に身近の耳鼻科で検査と治療を受けましょう。例えば、急性の難聴で発症する「突発性難聴」であった場合は、1日でも早く内服治療を開始することが、より高い治癒率につながります。
(取材・文/吉川明子、編集/本間美帆)
【PROFILE】
堀雅明(ほり・まさあき) ほりクリニック院長。医家の5代目。昭和大学医学部卒業。祖父から父に受け継いだ堀耳鼻咽喉科医院から、ほりクリニックに改名(東京都大田区)。日本耳鼻咽喉科学会認定専門医。耳鳴や耳管開放症などの対症療法だけではなく、東洋医学や心療内科的観点や生活習慣などを考慮しつつ、統合医療で根治を目指す。翻訳した書籍に『内なる治癒⼒こころと免疫をめぐる新しいい医学』(創元社)、『がん治癒への道』(創元社)がある。耳管開放症研究会会員。趣味は、ヨーガの実践。