最大9連休になり、コロナの影響も緩和される今年のゴールデンウィーク。東海道新幹線の予約数は昨年と比べて約6割も増加しているそう。新幹線といえば気になる存在が、ワゴンを押しながら商品とともにすてきな笑顔を届けてくれる新幹線パーサー。パーサーの仕事は、実はワゴン販売以外にもたくさんあり、多岐に渡る。時に過酷な場面にも直面するパーサーたちを支えているのは、パーサーとしてのやりがい、お客様に最善の時間を過ごしてほしいという“神ホスピタリティ”だ。知られざる新幹線パーサーのお仕事に迫る。
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取材班が待つ会議室に入ってきた3人の新幹線パーサー。制服が凛々しく鮮やかなスカーフが決まっている。普段、新幹線で接する時と全く変わらない、眩しい笑顔であいさつしてくれた。ほどよい緊張感に包まれていた会議室がぱっと明るくなり、和やかな雰囲気のまま、早速インタビューが始まった。
チーフパーサー/小牧知世さん
シニアパーサー/加藤奈美さん
シニアパーサー/井上絢惠さん
──「新幹線パーサー」というお仕事を選んだ理由を聞かせてください。
(小牧さん)
「学生時代に接客業のアルバイトをやっていました。就職活動をする時に接客業を中心にいろいろな会社を受けていたんですけれども、JR東海パッセンジャーズは新幹線パーサーの制服がとてもすてきで、もう1つは仕事で大阪と東京を行き来できるという点で、今までとは違う接客の現場で働くことができると感じ入社 いたしました」
(加藤さん)
「幼い頃から東海道新幹線を利用する機会が多くて、乗るたびに“ワゴン販売のお姉さん(新幹線パーサー)”を待つのがとても楽しみでした。制服姿がキラキラと輝いていて、そのかっこいい姿が目に焼きついていたので、人と接する職業に就こうという選択肢の中で、やっぱり思い浮かんだのが新幹線パーサーだったので、やりたいなと思って志望しました」
(井上さん)
「私も学生時代の修学旅行で新幹線の中で見たパーサーの制服に憧れを抱きまして、両親が航空会社に勤務していたこともあり、就職活動で乗り物でのサービス職を志望していた時に、この新幹線パーサーだなと真っ先に思い立ちまして、志し入社しました」
超多忙な新幹線パーサーの仕事
JR東海パッセンジャーズによると、新幹線パーサーの業務は大きく4つある。「ワゴン販売」「車掌業務」「お客様ケア」、そして「緊急対応」の4つだ。
「ワゴン販売」では、パーサーが専用のワゴンに商品を載せて車内販売を行う。1つの車両に3名が乗車し担当車両を往復する。
「車掌業務」は乗り継ぎや車内設備の案内、「のぞみ」「ひかり」のグリーン車でのおしぼり配布、乗客に安心して過ごしてもらえるよう車内巡回を行う。
「お客様ケア」は、身体の不自由な乗客、急病人への対応など、正しく判断、行動できるよう日頃よりさまざまな知識を学んでいる。
そして「緊急対応」では、車内で異常があった際に的確に対応するために、日頃から訓練を行い、パーサー一人ひとりが高い危機管理意識を持ち業務にあたっている。
新幹線パーサーは、JR東海パッセンジャーズの東京と大阪の支店に合わせて700名が在籍。1編成の新幹線に3名1組で乗車している。
そんな新幹線パーサーたちの1日は、チームの顔合わせとなる「クルーミーティング」から始まる。
ミーティングでは乗務列車の運行情報などを細かくチェックする。そして、伝達事項や携帯品の確認などの「出発点呼」を行う。
ホームに到着すると、これから乗務する列車を待つ。
乗車すると、てきぱきと担当業務の準備をこなすパーサーたち。東京と大阪を一往復、多いときは一往復半して1日の業務を終える。
快適で安全な新幹線の旅を提供するために
──新幹線パーサーとして一番のやりがいは?
(小牧さん)
「ビジネスや旅行など、さまざまなお客様と接する機会が多いですが、その中で“一期一会”という言葉を私は大切にしていて、わずかな移動時間でも、お客様が快適に過ごしていただける時間を提供する。そのお手伝いをさせていただくことが私たちの仕事だと思っています」
(加藤さん)
「新幹線パーサーは本当に多くの人と接することができる職業だと思っていまして、お客様が何を求めているのかを考えながら、お客様の気持ちに寄り添っていこうといつも臨んでいます。“ありがとう”の言葉をいただくと、すごくやりがいを感じますね」
(井上さん)
「私は販売に関するやりがいになるのですが、毎年、販売目標がある中で、自分が乗った列車の販売のナンバーワンを目指すようにしていまして、それが達成できた時、とてもやりがいを感じます」
──さまざまなトラブルにも対応されていますね。
(小牧さん)
「列車が数分でも遅れると、“振り替えができるのかな……”と不安に感じるお客様もいます。そういうお客様には安心していただけるご案内ができたらいいなと常に考えています。
昨年9月の台風の時に18時間、車内にいたことがありました。他のクルーや車掌とも連携しながら、お客様に水や食料をお配りし、車内で不安に感じている人がいないか、繰り返し巡回しましたね」
──トラブルに対応するために普段からやっている研修はありますか?
(小牧さん)
「ワゴン販売の研修室で実際にワゴンを動かしながら、パーサーをお客様に見立てて、接し方や商品の提供の仕方などの訓練を行っています。そのほか月に2回、緊急対応などの訓練があり、実際に車内であったことを皆で共有し、知識の確認を行っています。
具体的には、“火災がありました。みなさんはどう動いていくべきでしょう?”とか、販売でも“こういうお客様がいらっしゃいました。どのように提供していくのがいいでしょうか? このように、ご案内していきましょう”などとパーサー一人ひとりに考えてもらう、より実践的な訓練をしています。
実際に、お客様のスカートがドアに挟まってしまった事案があったのですが、その2か月前ぐらいの訓練でやっていた想定事案でしたので、すぐにお客様を救出することができました」
(加藤さん)
「本当に多くのお客様がご乗車されているので、急病のお客様もいらっしゃいます。私もマネージャーとして乗務しているので、後輩や車掌にいつでも冷静かつ的確な指示が出せるようにイメージトレーニングしながら、日々乗務しています。
パーサーズステートメントという、パーサーの心得をまとめたものがありまして、そこには『安全は当たり前にあるものではなく、作り出すものです』という言葉があって、それを心に刻みながらいつも乗務しています」
(井上さん)
「販売に関しての安全管理でも、商品管理という意味で、例えばホットコーヒーに関しては、私たちが先にテイスティングしてからお客様に提供しています」
──お客様から次々に商品を求める声がかかった時にはどのように対応していますか?
(井上さん)
「先にお声がけしていただいた方から対応させていただいています。他のお客様が購入したコーヒーの匂いを嗅いだお客様が、私もいただきたいと声がけしてくださることもありますので、お客様のニーズに合った商品もあわせてお薦めしています」
──お客様から意見をもらうこともあるのでしょうか?
(加藤さん)
「はい。販売時に接客対応についてのご意見もいただくこともあります。お客様の意見に寄り添って対応することを心掛けていますが、ただ安全第一ですので、やはり何か異常事態があった時には申し訳ないですが、そちらを優先させていただいて、それが終わり次第おうかがいいたします」
東海道新幹線はすてきだなと思ってもらいたい
──みなさんの「スイッチが入る瞬間」を教えてください。
(小牧さん)
「更衣室のロッカーに姿見の鏡がありまして、鏡の前でスカーフを巻いた時が仕事のスイッチが入る時ですね。“今日もお仕事、頑張ろう”と、その時に心の中で気合を入れています」
(加藤さん)
「腕時計を身につけると、スイッチが入ります。普段は腕時計を身につけないのですが、パーサーの仕事は時間管理がとても大切なので、仕事前には腕時計をつけて、必ず秒数も正確に合わせて乗務に臨んでいます」
(井上さん)
「いろいろと動きますので、おなかも空きますし、それこそよく食べ、よく眠るというのがスイッチが入る時でしょうか。
スカーフを巻く時に鏡を見るのですが、今は常時マスクをつけているので、マスク姿でも、しっかりわかるような笑顔をお届けできるようにしたいので、鏡の前で1回笑って、笑顔をつくってから乗務するようにしています。
ちなみにスカーフもいろいろな巻き方がありまして、中にはネクタイ巻きという巻き方もあります」
──今後の目標を教えてください。
(小牧さん)
「海外からのお客様も戻りつつありますけれども、やっぱり東海道新幹線はすてきだなと思ってもらいたい。私たちの仕事で言うと、ここ3年の間に入社したパーサーたちは、海外のお客様と接する機会が少なくなっています。だからこそ、自分の語学力の向上もはかりながら、しっかり後輩たちのフォローをしてあげたいと思います。そして一緒に新幹線の魅力も世界中に伝えていけたらいいなと考えています」
(加藤さん)
「お客様のすてきな思い出づくりのお手伝いができるように、これからもお客様の気持ちに寄り添うパーサーを目指して参ります。お客様に、また新幹線に乗りたいと思っていただけるように、今までの経験を生かして、日々の業務に全力を尽くして臨んで、お客様の希望に応えながら、さらに成長していきたいと考えております」
(井上さん)
「日本が誇る東海道新幹線で、お客様のためのお手伝いをさせていただいておりますので、そのわずかな時間を快適に過ごしていただくことと、お客様を第一に常に質の良いサービスを提供しようと乗務に臨んでいます。何より、お客様が“井上さんに会えてよかった”と思ってもらえるよう、日々心掛けています」
(取材・文/羽富宏文)
〈執筆者プロフィール〉
1974年生まれ。主にノンフィクションの現場で取材を重ねてきたフリーの編集者・テレビディレクター。インタビュー記事で心掛けているのは「その人のファンを増やすこと」。