“学年でいちばん太った女の子”という十字架を背負い、大人になっても非モテのレッテルを貼られ続けた30代女子が、“モテ”を目指して奮闘するエッセイ『失われたモテを求めて』(草思社)。
“モテ”ないわが身に対して、ユーモアを交えながらあっけらかんと語る様はどこか痛快で、多くの共感を集めました。
数々の“モテ”を実践した著者の黒川アンネさんに、効果的だった“モテ”アクションや、出版後に変化したという“モテ”への思いについて伺いました。
自己肯定感が低かった筆者が“モテ”のために実践した行動の数々
――2022年7月に出版した『失われたモテを求めて』が話題を呼びましたが、黒川さんご自身はどう受け止めていますか?
「この本は、ウェブメディアで連載していた“モテ実践録”がもとになっているのですが、友達との内輪受けみたいな感覚で書いていたので、あまり読者を意識したことはありませんでした。
ですが、出版後にたくさんの方々から感想をいただき、“ちゃんと届いているんだな”と実感でき、とても嬉しくなりました。私のすごく個人的な話にもかかわらず、“励まされました”と言っていただくことが多く、不思議な気持ちにもなりましたね。
意外だったのは、既婚女性からの反響です。私は独身なので、その目線で書いていましたし、既婚者とは勝手に距離を感じていたんです。でも、就活の苦労や自分に自信がないという私の話を“共感できる”と受け止めてもらえたことは予想外でした」
――本の中で実践した“モテ”で、おすすめのアクションを教えていただけますか?
「最初の章で紹介している“CHANEL(シャネル)で口紅を買う”というアクションは、自分にとって大きかったなと思います。かつては、“私なんてCHANELにふさわしくないから、行っちゃいけないんだ”と思い込んでいました。
でも、勇気を出してお店に入ってみると、想像とは違っていて“クレジットカードさえあれば、怖くない”と思えたんです(笑)。そんなふうに、ダメだと決めつけていたことをひとつずつ乗り越えていくことで、“私なんて”という気持ちが薄くなっていったように思います。
あともうひとつ挙げるなら、口癖だった“すみません”“ごめんなさい”をやめて、それを“ありがとう”に替えたことです。ドイツ留学前に、知人から“いつも自分を卑下していて、性格がブスだ”と指摘されたのがきっかけでした。
あの本も自分だけで書いたわけではなく、友達の助言があったからこそ形になったものですし、私はいつも周りの友人に助けられているなと感じます」
――語学に自信がないままドイツ留学を決めるなど、黒川さんの思い切りのよさに励まされた人も多いと思います。
「ありがとうございます。ドイツに留学したのは、たまたま私の通っていた大学と協定している学校が多く、定員割れしていたため。就活も思うようにいかなかった私にとって、ある種の逃げ道みたいなものでした。
始まりはネガティブな理由でしたが、ドイツに行ってよかったと思っています。ドイツ語を習得できたり、さっき話したように、本音をぶつけてくれる友達にも出会えました。だから今、翻訳の仕事をすることもできますし、友達との交流は私にとって大切な宝物です」
――外国語を習得するための、黒川さん流のコツみたいなものはありますか?
「実は、単語を暗記するなどの地道な学習は苦手なんです。日本をたつ前に、大学の先生からアドバイスをいただき、それを実践したことがよかったのかなと。
おしゃべりが好きな私の性格を見抜いて(笑)、“強制的に日本語が話せない環境で暮らせば、話したくなって覚えられると思う。極力、日本の友達とメールやチャットするのも控えたほうがいいよ”と助言してくださいました。
初めは、言い間違いをするとみっともないと思っていましたが、ドイツの学友は“間違ってもいいから、どんどん話しなよ”と言ってくれました。失敗を恐れず話すようにしていたら、半年くらいで日常会話などは苦労しなくなりました」
精子提供者との出会いと、コロナ禍で生じた恋愛観の変化
――後編でじっくり伺いますが、留学先での出会いには、卵子凍結の際の精子提供者もいるとか?
「はい。ドイツで仲よくなった友人が、私に精子を提供してくれると言ってくれたことで卵子凍結を本気で考えられたと思います。本の中では、彼からの提供を前提に話を進めていましたが、実はその後で事情が変わってしましました。
というのも、彼はパートナーとの関係性を大切にしたいという気持ちが強まり、精子を提供することに悩み始めてしまって……。
別の友達から、“あなたのことだから、彼が提供してくれた精子で子どもが生まれたら、相手のことを深く考えずに写真とかをどんどん彼に送りつけちゃうと思うから、考え直したほうがいいよ”と指摘されました。
私が無邪気に送った写真でも、それを見た彼や彼のパートナーはきっと複雑な気持ちになるかもしれないと、そのときやっと気づいてハッとしました。相手をよく知っているからこその難しさを、今になって感じているところです」
――出版から半年がたち、さまざまな変化が生じているのですね。著書のラストで“モテ”への興味が薄れたと述べていましたが、今のお気持ちは?
「おかげさまで、2022年の秋の終わりごろから“モテ”たい気持ちが再び沸いてきたところです(笑)。実は、秋の初めに新型コロナウイルス感染症にかかったり、勤めていた会社を辞めたりしました。先ほど言ったように、精子をくれる約束をしていた友達との関係も含めて、いろいろな変化があったんです。
そうした中で、気持ちもだんだんと変わってきて、今また人恋しくなってきたというか。ただ、コロナ禍でどうやって新しく出会いを見つけたらいいかわからず、友達に相談したんですね。そうしたら、マッチングアプリをすすめられて。
プロフィール写真を、“どう見ても、これ、私じゃないよね?”と思うほど、キレイに加工してくれたり(笑)、食事会のセッティングをしてくれたり、全部お任せしました」
――最近、ときめく出会いはありましたか?
「はい。友達にすすめられた当初は“この文化(マッチングアプリ)は自分に関係ない”と思っていたんです。初めましてのメールのやりとりすら、どうしたらいいのかわからず、友達に頼りっきりでした。
でも、少し慣れてくると、普段とは違った交友関係を築くことで、“いろんな方とつながり、会って話したりするのって楽しいな”と思うようになったんです。
実は、昨日も最近出会って“ちょっといいな”と思った人と食事に出かけたところです。ただ、飲みすぎて、醜態をさらしちゃったので、その後の展開は期待薄なんですけど……(笑)」
――また、好奇心旺盛な黒川さんが戻ってきたようですね。次にどんなアクションを起こそうと思っていますか?
「本を出したことをきっかけに、たくさんの方が感想を寄せてくださいました。どれも興味深いと感じているので、もっとじっくりと話を伺いたいなと思っています。例えば、ポッドキャストなどを利用して、そうした方に直接話しかけられたらいいなと。
ヨーロッパの読者さんからは、“黒川さん、モテるから遊びに来てください”と言ってもらったので、本当にモテるかどうかを、いつか直接、確かめに行ってみたいですね(笑)」
世間が考える“モテ”と著者の捉える“モテ”の本質の違いとは
――“モテ”に向き合ったことで、“モテ”の本質は見えてきましたか?
「本で私を知った人たちから新たにつながって、Twitterの『モテたい女性』グループに参加させていただいたりしています。それを見て“面白いなぁ”と感心する反面、やせるとか、ブラがどうといった、見た目の話題が多いのかな……と。
その気持ちはすごく理解できますが、私の思う“モテ”とは少し違うと感じています。ずっと私は“自分は愛される人間ではない。資格がない”と思い込んでいました。でも、今になって当時の写真を見ると“意外とかわいいじゃん”と思ったりするんです(笑)。
それは、きっといろんな経験をし友達にも恵まれ、自分が愛される資格があると思える瞬間が増えたからだと思うんです。モテは、別にたくさんの人にちやほやされることではなく、また性的なものだけではないというか……。
うまく言えませんが、“この人が大事。愛おしいな”という気持ちを大切にしたいと思うようになりました。
昨日のように、はしゃぎすぎて失態すると落ち込むし、まだ完全に言い切れるわけでもありません。でも、私には愛される資格があって、そうした人(パートナー)が現れるんだって、それを信じられる状態が、私にとっての“モテ”なんだろうなと、今は思っています」
(取材・文/キツカワユウコ、編集/本間美帆)
【PROFILE】
黒川アンネ(くろかわ・あんね) 1987年生まれ。編集者、翻訳者、コラムニスト。一橋大学社会学部在学中にドイツに派遣留学。一橋大学大学院言語社会研究科修士課程修了。2022年自身のモテ奮闘記をまとめた『失われたモテを求めて』(草思社)を発売。Twitter→@annekurokawa