さて、クイズです。ニョロニョロしたながーい体にまんまるな目、食べ物を両方の前脚で器用につかんで食べて、上手に水の中を泳ぐ、ぬいぐるみのようにかわいい動物といえば? ……そう聞かれたら、多くの人が「コツメカワウソだ!」と答えるのではないでしょうか。近年人気が高まっているコツメカワウソは、テレビや各種SNSでもよく姿を見かける動物です。
今回の記事ではそんな動物園&水族館の人気者であるコツメカワウソについて、元飼育員の筆者が調査を行い、また新江ノ島水族館の飼育スタッフさんに取材をしてきました。一緒に知っているようで意外と知らない、コツメカワウソの“フムフム”に迫っていきましょう!
分類:食肉目イタチ科ツメナシカワウソ属
生息地:東南アジア
大きさ:体長・40~60cm、体重・3~6kg
コツメカワウソの「コツメ」ってどんな意味?
コツメカワウソは世界に7属13種いるカワウソの中で、最も小型の種です。ではその名前についている「コツメ」とは、どんな意味なのでしょうか?
コツメカワウソを漢字にすると、「小爪獺」と表現されます。そう、この“小爪”という漢字のとおり、指先に非常に小さいツメが付いていることが名前の由来となっているのです。ちなみにコツメカワウソが分類されている「ツメナシカワウソ属」には、その名前のとおりほとんどツメがない「ツメナシカワウソ」というカワウソも存在します。
動物のツメは主に武器として、また木登りや走るときの滑り止めとして使われていて、一般的には大きく鋭ければそれだけ強い力を発揮します。それではなぜ、コツメカワウソのツメは小さいのでしょうか? 実はツメには先述したメリットがある一方、大きければ大きいほど指先の動きを邪魔してしまうというデメリットがあるのです。コツメカワウソは“コツメ”なおかげで指先の動きを邪魔されることがなく、敏感で器用な指先を最大限活用して食べ物を捕らえたり、しっかりと握って食べたりすることができるのです。
ここで新江ノ島水族館のコツメカワウソ担当の飼育スタッフさんに、「コツメカワウソの器用さがわかるエピソードはありますか?」と聞いてみました。
「私が特に器用だなと感じたのは、コツメカワウソがケージから脱走したときです。その日の朝は“脱走なんてしないだろう”と思い、南京錠のカギを最後までせずに引っかけていただけにしていました。その後、昼ごはんをあげようと部屋の中に入ると、コツメカワウソがケージに引っかけていた南京錠を外し、かんぬきを持ち上げて扉をスライドし、ケージの外に出ていてびっくりしました」(飼育スタッフさん)
引っかけていた南京錠を外してしまっただけでなく、かんぬきも扉も突破してしまった……!? コツメカワウソの器用さはもちろん、頭のよさにも驚くエピソードですね。
ちなみに…「カワウソ」ってどんな意味?
そもそも「カワウソ」という言葉にはどんな意味があるのでしょうか?
「カワウソ」の語源は、“川に住む(カワ)恐ろしいもの(ヲソ)”という意味がある「カワヲソ」(もしくはカワオソ)という言葉だと考えられています。平安時代中期に作られた辞典『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』には、「乎曽(ヲソ)」と掲載されているそうです。
平安時代の書物にその名前があることからもうかがえるとおり、日本にはかつて「ニホンカワウソ」が日本全国に生息していました。しかし毛皮目的の乱獲に加え、河川開発による環境の悪化によって数が激減してしまいました。そして1979年以降、確実な目撃証言がないことから、2012年に「絶滅種」に指定されています。
コツメカワウソはどんなものを食べているの?
コツメカワウソは肉食性の動物で、野生では主に魚や甲殻類(カニ・エビなど)、貝やカエルなど川に生息する生き物を食べています。しかし時には水辺の生き物だけではなく、昆虫や小鳥、ネズミなどの小さなほ乳類を食べることもあるのだとか。
動物園では魚に加えてリンゴやコマツナなどの野菜や果物、ササミやニワトリの頭などを与えています。中にはコツメカワウソに多い泌尿器系の病気を予防するために、尿路結石ケア用のキャットフードを与えている園館もあるそうです。
実は地上をよく動き回り、水の中を泳ぐコツメカワウソは非常に燃費が悪いことが知られています。新江ノ島水族館では1頭あたり1日に体重の13~20%にあたる量のむきエビ、アジ、バナメイエビ、ニジマス、むきアサリを与えているそう。これを人間に当てはめてみると、20%換算では50キロの人が1日に10キロのものを食べる計算になります。かわいい顔をしていますが、とんでもないフードファイターですね……!!
カワウソは泳ぎが得意って本当?
本当です。水辺での暮らしに適応したコツメカワウソの体は、あらゆる部分が泳ぐことに適した作りになっています。指の間には膜(水かき)があるほか、泳ぐときに水の抵抗が少ないように体型は流線形に、耳は小さくなっています。さらに泳いでいるときに水が入らないように、耳や鼻の穴を閉じることもできます。太くてしなやかなしっぽは泳ぐときに推進力をつけたり、バランスを取ったりするときに使われています。
またコツメカワウソの被毛は、外側の防水性の高い毛と、内側の密度が高く、空気を含んで保温性の高い毛の2重構造になっています。そのため水中に長時間潜っていても、体温が奪われて凍えてしまうことはありません。カワウソが泳いでいる姿をよーく見てみると、毛からたくさんの気泡が出ていて、たっぷりと空気をためこんでいる様子を観察することができます。ちなみにコツメカワウソは息継ぎをしない場合、6~8分くらい水の中に潜り続けることができるそう。動物園や水族館によっては生きた魚を与えて、泳いで追いかける姿や、狩りをする姿を見せてくれるところもあります。
コツメカワウソはペットとして飼えるの?
コツメカワウソは多くの動物園や水族館で飼育されていて、全国各地にはカワウソと触れ合える「カワウソカフェ」なるものも存在しています。またよくSNSでコツメカワウソと一緒に暮らしている人たちの投稿も見かけますが、コツメカワウソはペットとして飼育できるのでしょうか?
元飼育員の筆者としての答えは、「飼育できるが、絶対におすすめしない」です。
まずコツメカワウソは10~15頭の群れで暮らす動物であり、声を使って仲間とコミュニケーションを取る習性があります。その声は大きくて甲高く、しかも起きている間はほぼ絶え間なく鳴き続けます。また1頭で飼育するとコミュニケーション不足で強いストレスを感じ、体調を崩してしまう可能性もあります。
また魚や甲殻類を主食としているため、そのウンチは生臭くて非常にキツイ臭いがします。さらにウンチが非常に水っぽく、自分のテリトリーを主張するために長いしっぽでそのウンチを散らかす習性もあります。部屋がウンチまみれになってしまうため、毎日しっかりと掃除をしなければなりません。
またカニの硬い甲羅やニワトリの頭の骨ですらバリバリとかみ砕く、鋭い歯と強い顎を持っていますので、遊びでも噛まれたらまさに流血沙汰。大ケガは避けられません。
さらにコツメカワウソは一般的なペットではないため、コツメカワウソを診察した経験があり、適切な診療ができる獣医師がほぼ存在しないのです。
新江ノ島水族館ではコツメカワウソを飼育する際、健康管理には特に気をつけているそうです。
「コツメカワウソがなりやすい病気として、腎結石や尿路(尿管)結石が挙げられます。当館では結石ができないよう食生活の改善に取り組み、体温測定、採血、レントゲン、エコー検査等の健康管理を実施し、少しでも健康で長く生きられるよう心がけています。
来館したときにカワウソの体温測定をしていることもありますが、コツメカワウソが嫌がらないように優しくゆっくり行っています。体温測定の場面に出会ったときは、そっと応援してもらえると嬉しいです」(飼育スタッフさん)
コツメカワウソは「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」、通称「ワシントン条約」の付属書Iに掲載されています。付属書Iに掲載されている動物は国際的な商取引が禁止されていますが、この条約の対象となるのは野生動物だけ。つまり日本国内で繁殖した個体に関しては対象外となるのです。そのため条約の抜け道として「国内で繁殖させた」と偽り、海外で捕獲した個体を密輸して販売しているという事例も少なくありません。実はコツメカワウソを飼うだけで、知らぬ間に野生のコツメカワウソを絶滅の道へと進ませてしまう可能性があるのです。
最後に、新江ノ島水族館のコツメカワウソ担当スタッフさんからメッセージをいただきました。
「コツメカワウソはとてもかわいい生き物です。そのかわいさゆえに、飼ってみたいと思うのは当たり前のことだと思います。
しかしここで考えてもらいたいのが、コツメカワウソという生き物についてです。カワウソは野生動物であり、愛玩動物ではありません。そして絶滅のおそれがあるということ。かわいいからこそ、好きだからこそ、今一度カワウソについて考えてもらえたら嬉しいです」(飼育スタッフさん)
(取材・文/三日月影狼)
●新江ノ島水族館
〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2丁目19番1号