慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)に通いながら「歌舞伎町の社会学」を研究し、昨年末に『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』(扶桑社)を上梓した佐々木チワワさん。インタビュー第1弾では、ご自身の半生や、10代のころから歌舞伎町・ホストクラブに遊びに行くようになったのち、どうして歌舞伎町という街にハマったのかについて語ってもらった。(第1弾:『SNSで出会った女子と「スタバに行く感覚でホストクラブへ」、現役女子大生作家はなぜ歌舞伎町に魅せられたのか』)
今回は、ホストクラブでのディープな経験談を伺いつつ、『トー横キッズ』『ぴえん系女子』など、歌舞伎町をとりまく文化について深く掘り下げてもらう。
ホスト界の“エモい話”と“ヤバい話”
──18歳からホストクラブに通い始めたとお聞きしましたが、歌舞伎町ならではのエピソードってありますか?
「エモい系と、ヤバい系、どっちがいいですか?(笑) 」
──じゃあ、エモいほうでお願いします。
「売り上げナンバーワンのホストを指名していた店で、あるとき、初めて彼が負けそうになったんです。突如、新人の後輩ホストにお嬢様(※)がついて、毎日のように売り上げが100万円とか上がったそうで。ナンバーワンだった彼は体調を崩して、精神的にも追い詰められた。その彼が“負けたら今まで倒してきたライバルに申し訳ない”って言ったんです」
【※ 夜の仕事に就いているというわけではないが、お金遣いが派手な女性を指す。指名しているホストに対して、その店でいちばんお金を使う客の場合は、エースともいう】
──深いひと言ですね。
「女の子に対してじゃないんだ……って思って。ホストって、男社会で生きているんだなって感じました。以前、彼に“やりたいことがありすぎて、どうすればいいのかわからない”って言ったら、“やりたいことがたくさんあるなんて、すばらしいじゃん。俺はホストしかできないから”って言われたことがあります。だからこそ彼は売れているのだろうし、その唯一性を尊敬しますね」
──ホストの世界における“男らしさ”なのですね。
「でも、ホストが“俺を男にしてくれてありがとう”って言うのを聞くと、男らしさってなんだっけって思ったりしますね。“そんなこと(売り上げ争いなど)に巻き込むんじゃないよ”って返したりしたこともあります。“チワワちゃんはロジックで攻めてくるから、やりづらい”って、ホストから言われたこともあるんですよ(笑)」
──ホストとの関係性も、いろいろとあるのですね。
「(普通のレストランなどと違って)客とホストの関係が逆転するから面白いんです。お金を払ったからといって、絶対に何かが出てくるわけじゃない。だから、ギャンブルのように中毒性や依存性がある。10万円で楽しめるときもあれば、100万円使っても、泣かされることもある。不幸を買っている側面もあるし、遊び方が千差万別なんです。それを今は、ロジカルに俯瞰していますね」
──ヤバい系の話もあるんですよね。
「“俺、会社と学校を辞めさせるのがめっちゃ得意だよ”って言ってきたホストはヤバかったですね。でも、わかるんですよ。なんとなく就職して、生きていくためだけにやりたくない仕事をしているよりは、推しとか誰かのためだけに働いて、働く時間を“推しのため”って思えたほうがいいかもって」
──それがホストクラブなのですね。
「わかりやすく数字で競う世界で、キラキラしたイケメンから“おまえの力が必要だ”って言われる。それで満たされる人って、いると思うんです。そういう心の穴を埋めることが得意なのが、ホストなんです。入社式の前日に会社に行くか迷っていた女性が、“俺に全部ささげなよ”って言われて、その日に会社を辞めたっていう話を聞いて、ちょっとカッコいいなって思いましたね」
──聞いていると、少年漫画の世界観にも近いものを感じますね。
「確かに私は少年漫画が好きなので、ホストが友情・努力・勝利を地でやっているところに惹かれますね。起業家とも似ているところがある。みんなサウナとシーシャ(水パイプ)が好きなところなんかも(笑)。ホモソーシャル(※)性がきわめて高い男社会で分不相応な夢を語るところと、貧乏と金持ちの格差が大きいけれど、成りあがれるチャンスがあるところなども、ホストと起業家界隈は似ているなって思いますね」
【※ 恋愛または性的な意味を持たない、
ホストクラブに卒業はあるのか?
──いったんハマってしまったら、ホストクラブ通いをどうやって卒業するのでしょうか。
「好きなホストが辞めたら行かなくなる子や、ある日パッタリ興味がなくなる子もいますね。“別れたよ〜”みたいな感じで。“このドラマの続きは、もう見なくていいかな”って感覚に近いのかもしれないですね」
──佐々木さん自身は、いつまで通っていると思いますか?
「年齢によっても、
──佐々木さんは著書の中で、シャンパンを入れたときに担当が話すマイクパフォーマンスについてのこだわりを書かれていましたが。
「お金をかけて、みんなが見ているなかで伝える言葉って意味があるし、
──ホストクラブの楽しみのひとつは、成長にもあるのでしょうか。
「そうですね。その場限りの関係を買うなら、プロを指名すればいい。でも、店の外でのやりとりとか、関わる過程でお互いに成長していったりとか、人間関係を含めて楽しむのだったら、関係性のサブスク(サブスクリプション)みたいになってくるので、
──著書によると、ホストクラブのインフレが激しいようですが……。
「そうなんです。かかるお金がどんどん値上がりしています。2、3年前の100万円と比べて、今の100万円は全然、価値がないと思います。“東大以外は大学じゃない”と言って自分を追い込んでいる浪人生と同じで、“少額では意味がない”と、客もホストも自分で自分の首を絞めているんですよね」
『トー横キッズ』は細分化されている
──ここからは、歌舞伎町界隈の文化について伺わせてください。まず、ニュースなどでも話題になっている『トー横キッズ』とは、どういった人たちを指すのでしょうか。
「歌舞伎町の新たなシンボルとなった、ビルの上でゴジラがほえている『新宿TOHOビル』(旧コマ劇場)の東側の路地でたむろする若者たちのことです。もともとは、トー横周辺は自撮り界隈(※)が交流する際の待ち合わせ場所だったんです。2019年前後からTOHOビルの周りにいて、若くてお金がない彼らのことを、ホストや風俗嬢たちが『トー横キッズ』、『TOHOキッズ』と呼び始めたのがきっかけです」
【※ SNSにハッシュタグなどをつけて自撮りの写真を投稿するのを楽しむ人たちのこと】
──はじめは周りが呼び始めたのですね。
「そこから、“俺たちトー横キッズだ”、“トー横界隈だ”って本人たちが名乗りをあげたのがここ最近ですね。’20~’21年ごろから、路上に30人ほど集まるようになった。最盛期が、昨年の6月くらいまで。その界隈で事件などが起きて摘発も厳しくなり、8月ごろに、たむろする場所を『シネシティ広場』のあたりに移動したんですよ」
──すでにムーブメントは変化しているのですね。
「広場にはホームレスやバンドマンもいる。雑多な場所なんです。そこで顔見知りになってつながっていくコミュニティが生まれた。結局、居場所がない若者だけではなく、ちょっとアウトローな若者も来るようになったんです。カルチャー的なコミュニティだったのが、アイディンティティと年齢によるコミュニティになった。さらに、彼らを利用したりとか、助けようとする大人たちが出てきたんです」
──周りから見ると、一緒くたに見えるけれど、違う“人種”なのですね。
「大人はわからないから、ひとくくりにカテゴライズしますが、本当は放課後の教室みたいに、細かい住みわけがなされているんです。同じ空間にいても、ひとりひとり、所属コミュニティも趣味趣向も違う。でも、薄くつながっている」
──実際に足を踏みいれてみないと、わからない部分ですよね。
「はい。例えば、歌舞伎町で“行き場のない子どもたちが暴徒化している”と報道すると、よけいにそれを利用しようとする大人が近づいてくる。きっとみんな、大人に対する不信感ってあるじゃないですか。私たちはZ世代(※)とカテゴライズされているけれど、基本的に、誰もがこぞって見ているような番組や漫画ってないんです。それくらい趣味趣向が細分化されている。大人は、単純に子どもを叱るよりも、その子がどこのコミュニティにいるのか把握して、向き合うことが必要だと思います」
【※ おおむね1990年後半から2010年ごろまでに生まれた人を指す。物心がついたころからデジタル技術が発達しており、インターネットやSNSを使っての情報収集・発信能力に長けているところが特徴のひとつ】
次にくるのは“ファッションホス狂”
──著書にも登場する『ぴえん系女子』とは、どういうタイプを指すのでしょうか。
「まず、“ぴえん”とは、泣き声の“ぴえーん”を省略した、悲しみを表現した擬態語が始まりとも言われています。心情を表す表現として’18年ごろから広まったものの、数年たつと、“死にたい。ぴえん……”などと、いわゆる“メンヘラ女子”が落ち込んでいるときの語尾につけて多用するように。さらに、例えば自傷行為を“ぴえんしちゃった……”と表すなど、汎用性を高めていきました。
また、ぴえんはファッション用語としても浸透していくんです。メンヘラ女子を中心にはやったスタイルとして、“地雷型・量産型”があります。例えば、著書の表紙にあるような、白・黒・ピンクを基調とした洋服にリボンやフリル、さらには厚底とショートソックス、キャラクターアイテムなどを身につけている子がいたとする。
こうしたファッションをしているだけだと、“量産型だね”とか“地雷系だね”って言うにとどまるけれど、この子が路上にしゃがんでストロング缶にストローを挿していたり、“担当しか勝たん”って言っていたら、『ぴえん系女子』と呼ばれるんです。あくまで『ぴえん系女子』とは、行動様式を含めた文化。そういうふうに定義しています」
──佐々木さんから見て、ぴえん系女子と、90年代にはやったコギャルブーム時代の女子とは、どういった部分が違うと思いますか?
「ブルセラとかコギャルブームの時代って、ハイブランドやモノにお金をかけていましたよね。今は、ヒトにお金をかけている印象です。推しっていう文化がある。今は以前よりも、ギャルっぽい人も、推しをオープンにできる。好きなもの界隈のアカウントを作ることができるのが、昔との違いのひとつだと思います」
──次にきそうな文化はありますか?
「“ファッションホス狂(※)”ですかね。夜の世界を描いた漫画って、人気が高いじゃないですか。だから、本気でのめり込むというよりは、ファッションの一部というか、なんかカッコいいからホストに行く、みたいな。“私は夜の世界を知っているし……”みたいな。高校生のときの自分みたいで恥ずかしいんですけれど(笑)。
ホストクラブでお金を使ったことをSNSでアピールできるようになったのがここ最近。ホストとお客が結託して炎上商法をやることもあるし、そういう意味でも、ファッション的にホスト通いをアピールする人が増えていくんじゃないかって思いますね」
【※ ホス狂は「ほすぐるい」または「ほすきょう」と読む。文字通り、金銭面や生活の大半をホストに投げうってしまう女性のことを指す】
《PROFILE》
佐々木チワワ ◎2000年生まれ、東京都出身。小学校から高校までを都内の一貫校で過ごす。現在、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに在学しつつ、「歌舞伎町の社会学」を研究中。著書に『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』(扶桑社)がある。Twitterは@chiwawa_sasaki