駅のホームに掲示されてきた時刻表が今、場所を追われつつある。スマホ時代に衰退の一途にあるアイテムだが、実は意外な形で生き残っていた。
ダイヤ改定で新しくなった江ノ電の時刻表。全駅分を収録してクリアファイルに
コロナ以後、鉄道業界で急速に進んでいるのが省人化・デジタル化である。有人窓口を無人化し、みどりの窓口は営業時間を短縮、紙のきっぷの廃止、列車はワンマン化──とあらゆる手で営業コストを削減しようとしている。
当たり前に存在した駅ホームの時刻表も例外ではなくなってきている。JR各社では壁張りや案内板の時刻表の掲示をやめ、時刻表や運行情報を確認できるアプリやサイトのQRコードを掲示するなどの駅が増えてきた。
都市部の私鉄の駅でも、従来なら目の届く範囲に1つはあったような時刻表が減っていき、長いホームの1か所や2か所にしか掲示されなくなってきた。
経路や時間はスマホで調べられるし、ホームにもデジタル式の発車標があるからニーズは減っている、という理屈だが、スマホを使わない乗客も当然いるし、携帯の電池がギリギリになってしまうケースもある。いざというとき、さっと見られる時刻表の存在はありがたい。
そんな駅の時刻表をクリアファイルに商品化してしまう鉄道会社が現れた。神奈川県の江ノ島電鉄(江ノ電)と関西の近畿日本鉄道(近鉄)である。
江ノ電では2023年3月17日に、翌日からの新ダイヤの時刻表をA4サイズのクリアファイルにして発売。藤沢~鎌倉間の全駅の時刻表を収録したものと、藤沢・鎌倉のみ掲載の2タイプでそれぞれ350円(税込)だが、江ノ電グッズショップではネット販売も含め、すでに完売した。
江ノ電は3月18日のダイヤ改正で、長年維持してきた12分間隔運転が14分間隔に変わった。毎時同じだった発車時刻も14分間隔化でバラバラになってしまい、利用者が覚えにくくなってしまったが、減便を逆手にとった増収策ともいえそうだ。
近鉄新田辺駅のクリアファイルは電車の写真も一緒に
関西の近鉄では、京都府京田辺市の中核駅である新田辺駅で時刻表をクリアファイル化して400円(税込)で販売。SNSでも面白いと話題のファイルには「しまかぜ」「あをによし」「あおぞら」など近鉄の人気列車の写真も載せ、京都方面と奈良方面の時刻表を収録した。近鉄は取材に対し、グッズ化の狙いをこう答えている。
「これまで駅独自で発売した商品といえば、地域のイベントとコラボした記念入場券のような地域のみなさんとともに作成し、お客様が喜ばれる商品を発売してきました。しかし、もっと多くのお客様に購入していただける“身近で実用的な商品を作ろう”との思いから、駅で掲出している時刻表の商品化に至りました」(近鉄広報部、以下同)
なぜ今回、時刻表をデザイン化しようとなったのか。
「ひとつは、ポケット時刻表の配布が廃止となり、時刻表を確認するのにインターネットが使えないご年配のお客様に役立てていただきたいという思いがありました。クリアファイルのサイズならデザインされた時刻表の文字が大きく見やすくなるからです。
また通勤・通学でご利用されるお客様がカバンの中に入れて、学校や会社でも使えるものとしてクリアファイルは最適だと考えております」
ポケット時刻表もまた、かつては各駅で無料で配布されていて、スマホのない時代にはサラリーマン必携のアイテム。それも紙で無料配布ではコスパが悪いとどんどん姿を消し、鉄道各社のサイトやスマホアプリでデータで見るしかなくなってきた。有料のグッズとはいえ、「少しでも収益につながれば」という“企業努力”はSNSでも好評を得た。
2月20日から発売し、近鉄によれば3月末時点で250枚ほどの売れ行き。次のダイヤ改定まで継続して発売していく意向で、名物として定着するかもしれない。
時刻表×日用品のコラボも考えられそう
しかし、近鉄といえば東は名古屋から西は大阪・難波まで2府3県にわたる約500キロもの路線を展開している大私鉄。286駅もあるのに新田辺駅だけでは寂しいし、もっと他の駅での展開はないのだろうか?
「初めての試みでもあり、まずは駅長所在駅である新田辺駅での実施といたしました。お客さまのニーズに合わせ今後、他駅でも制作を検討してまいります」
デザイン的なことを考えると、大和八木・大和西大寺・伊勢中川など路線が分岐する駅ではすべての方面の時刻を収録するのが難しい、といった事情もあるかもしれない。
余談だが近鉄では昨年に時刻表のデザインを一新し、一般的なものに変わったが、それまでは珍しい縦書きのデザインで、しかも方面や種別(普通電車・急行電車など)ごとに欄を分けるなど独特なスタイルの時刻表を用いていた。せっかくなら旧タイプデザインのものもクリアファイル化してくれればよりマニア心もくすぐられるのだが……と考えてしまう。
スマホに依存するとつい見過ごしてしまう、いつでもどこでも手に取るだけで電車の時刻をチェックできるありがたみが紙の時刻表にはある。クリアファイルにすることで鉄道グッズにも、日用品にもなる時刻表。他にマグネットや手帳など、実用化できそうなアイデアも思いつく。駅から姿を消しても、意外な形で生き残っていくかもしれない。
(取材・文/大宮高史)