家庭向け総合生活雑誌『暮しの手帖』(暮しの手帖社)といえば、1948年(昭和23年)の発刊以来、現在も刊行され続けている息の長い雑誌です。
その初代編集長だったのが、名物編集長として知られた花森安治(はなもり・やすじ)氏(1911年~ 1978年)。高畑充希さんが主演を務めた、NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』では、唐沢寿明さんが花森氏をモデルにした編集長を演じていました。
その花森氏は「実用文十訓」(人のために文章を書くときの心得)なるものを残していて、これが今でもまったく古びていない……どころか、“ほぼ、現代の文章セミナーで教えられている内容”と、言っても過言ではないくらいに「読まれる文章の極意」が網羅されています。
文章にかかわる方だけでなく、文章を書く機会があるすべての方に役立つ「心得」としてご紹介したいと思います。
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わかりやすい言葉で、感情に訴える!
ではまず、前半の五訓について。
一、やさしい言葉で書く
実は私も「読んでもらえる文章の書き方講座」を不定期でやっていて、そのときに口をすっぱくしてお伝えするのが、この「やさしい言葉で書く」です。
不特定多数の人に読まれる文章を書くとき、なぜか、普段の会話では使わないような難しい言葉を多用する人がいます。内心、「頭が悪いと思われたくない」と思ってしまうのでしょうか? でも、それは逆効果。頭のよい人ほど、相手に伝わるやさしい言葉を選んで文章を書いているものです。
二、外来語を避ける
とくにビジネスでの提案書などでは要注意。「イシューを特定することでコンセンサスを得て」とか、なんとなくカッコいいけれど、横文字の多用を嫌う相手もいるし、自分もわかったような気になってしまうのが怖いところ。これでは「伝わる文章」になりません。
三、目に見えるように表現する
これができる人は文章だけでなく話もうまい。とくにレポートや小説を書くときは、「読んだ人に、その場の景色が浮かぶような文章」が求められます。
四、短く書く
読者の頭にスルスルと意味が伝わる文章は、一つひとつの文章が短いことが基本です。
(文章を短くする方法については、こちらで詳しく紹介しています。→記事:「文章が長くてわかりにくい」と言われた経験がある人、必見! すぐにできる“8つの解決法”)
五、余韻を残す
「文章に余韻を残すことは大切だ。なぜなら、そうすることで文章に永遠の命を与えることができるのだから……」などというように、余韻が残る終わり方の文章は、読者の心に残りやすく、“うまい文章だった”という印象を与える効果もあります。
たった十訓の中に、この「余韻」にまで言及している花森氏は、本当にスゴ腕の編集者だったと思わずにはいられない……(と、少し余韻を残してみました)。
伝わりやすく、刺さる文章にする!
続いて、後半の五訓について。
六、大事なことは繰り返す
セミナー講師は“もっとも伝えたい大切な部分”について、手を替え品を替え、同じ内容を繰り返し伝えます。実は文章でもこれが大切。一度だけでは、読み飛ばされてしまう可能性があるからです。
知人のビジネス書の著者は、「大切なことなので、もう1回書きますね」と前置きして、同じ内容を書くことがあります。というわけで、読者に伝えたい大切なことは、遠慮なく繰り返して書きましょう(と、繰り返し書いてみました)。
七、頭でなく、心に訴える
読んでいて、なぜか、なかなか頭に入ってこない文章ってありませんか? それは、書き手が「頭で書いている文章」だからです。
一方、ビンビン伝わってきて心を揺さぶられる文章もあります。それは、書き手が「心で書いている文章」だから。それこそ、書き手が自分で涙を流しながら書いているような文章は、やはり響くものが違います。
八、説得しようとしない(理詰めで話を進めない)
こうだからこう、こうだからこう、と矢継ぎ早に書かれると、読者は「本当にそう?」と少し引いてしまいます。論文ならいざ知らず“人のために文章を書く”のであれば、「読ませどころ」が欲しい。ちょっとしたエピソードやユーモアなどを入れると、文章に余裕や奥行きが生まれます。
九、自己満足をしない
「自分は文書がうまい」と思っている人が陥りがちな落とし穴です。スラスラと文章が書けてしまう人は、少し時間を置いてから、書き終えた文章を「冷めた目」で読み直して、自己満足になっていないか? をチェックするとよいと思います。
十、ひとりのために書く
表現を変えれば「読者ターゲットを絞って書く」ということ。同じビジネスパーソン向けの文章でも、若手社員向けの文章とマネージャークラスへ向けた文章では、おのずと視点も表現も異なります。
逆に言えば“誰に向けた文章”なのかがわからなければ、的確な文章は書けないということ。ですから「頭の中に明確に読者をひとり、思い浮かべて書きなさい」と言っているのですね。
というわけで、あらためて「実用文十訓」は次のとおり。
一、やさしい言葉で書く
二、外来語を避ける
三、目に見えるように表現する
四、短く書く
五、余韻を残す
六、大事なことは繰り返す
七、頭でなく、心に訴える
八、説得しようとしない(理詰めで話を進めない)
九、自己満足をしない
十、ひとりのために書く
こうやって、ツッコミを入れながら一つひとつ見ると、改めてこの「実用文十訓」の「鋭さ」と「使い勝手のよさ」がわかります。
昭和の名編集長、花森安治氏。とことん読者の読みやすさを意識し、読者の役に立つ記事を提供し続けたからこそ、その精神を受け継いだ『暮しの手帖』は、時代を超えて、今もなお発刊され続けているのですね。
(文/西沢泰生、編集/本間美帆)
【PROFILE】 西沢泰生(にしざわ・やすお) 2012年、会社員時代に『壁を越えられないときに教えてくれる一流の人のすごい考え方』(アスコム)で作家デビュー。現在は作家として独立。主な著書『夜、眠る前に読むと心が「ほっ」とする50の物語』(三笠書房)『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語』(PHP文庫)他。趣味のクイズでは「アタック25」優勝、「第10回アメリカ横断ウルトラクイズ」準優勝など。