難関国立大に進学し、ドイツ留学も経験した才女ながら、年収300万円というつつましい
暮らしを送ってきた黒川アンネさん。
外見へのコンプレックスをばねに、モテるために起こしたさまざまなアクションをつづったエッセイ『失われたモテを求めて』(草思社)は多くの共感を集めました。
アクションのひとつ、“卵子凍結”では30代女性が抱える妊娠や出産、結婚という、避けて通れない問題に向き合いました。経験者だからわかる、気になる費用や具体的な治療で感じた不安などを赤裸々に語っていただきました。
(黒川さんの“本当のモテ”を追い求めた行動の数々や、“モテ”の正体については、前編で詳しく紹介しています→記事:小さなころから学年で一番太った女の子──自己肯定感が低かった年収300万の30代女子が追い求めた“モテ”の正体とは)
独身の著者が卵子凍結を選択した理由とは
――卵子凍結は、いつごろから興味を持っていたのですか?
「最初は、海外の映画が好きなので、いくつかの映画を見て知った“卵子凍結というものがあるのか”という程度の知識しかありませんでした。
ですが20歳くらいから、子どもが欲しいという気持ちが強くなりました。ただ……、こんなことを言うと叱られてしまいそうですが、子を産んで育てることよりも、お腹に命が宿る体験とか産みの苦しみはどれくらいかを知りたい気持ちのほうが大きかったんです。
20代半ばになると、同世代の中には結婚し、出産・育児を経験する人も出てきました。それを羨ましく見ていたのですが、30代になると事情が変わってきて。幸せそうに結婚した人たちが離婚したり、モラハラの被害に遭っているとわかったんです。“結婚生活は素晴らしいものではないのかも……”と考えるようになりました。
そんなときに、ウェブ連載の担当編集者さんが、卵子凍結に関する著書の編集を手がけたと知りました。その人のつてで、卵子凍結できるクリニックを紹介する団体の方に会い、話を聞くことができました。それが本気で卵子凍結を考え始めた、直接のきっかけですね」
――どんなことが心に響いたのですか?
「その人に話を聞く前は、婚活して、誰かパートナーを見つけなければ子どもを持てないんだろうなと考えていました。でも、卵子凍結という手段を選べば、キャリアプランや子どもを育てられる経済的な余裕が持てるまで待ちながら、未婚女性も自主的に将来の妊娠に備えられるとわかったんです。
また、その方から、“34歳以下なら安くなるプランがある”と教えていただいたことも大きいですね。当時、たまたま33歳だったので、“これはいいタイミングだ”と思ったんです」
――なんとなく高額なイメージがありますが……。
「はい。正直、“安価で手軽”とはいえません。私は紹介だったので割引になったのですが、それでも全部で50万円くらいかかりました。保険適用ではないので、不妊治療専門のクリニックに1回通院するごとに、5万くらいかかりました。
お金の不安も含めてクリニックの方と相談して、金銭的にも身体への負担も小さい、最低限の治療をお願いしました。一度にたくさん卵子を排卵し、凍結するような高刺激の治療の方は100万円ほどかかると聞きました。経済的にも時間的にも余裕がないと、難しい選択かもしれませんね。
結婚している先輩が2、3回ほど同じような不妊治療を受けて出産したので話を伺ったら、全部で10万円程度の出費だったそうです。私は一度で50万円の出費だったので、独身女性はそうした面も不遇だなと感じましたね」
精神的な負荷を伴う卵子凍結を経て、筆者が“思い知った”こと
――卵子凍結までの具体的なステップを教えていただけますか?
「まず、さまざまなリスクを確かめるために、性病の感染歴を検査しました。以前、HPV(ヒトパピローマウイルス)、子宮頸がんウイルスの感染は無料で検査できると記事で知り、検査したことはあったのですが、驚く結果が出ました。
自覚症状はなかったのですが、複数の性病に感染していたことがわかったのです。ただ、お医者様からは、卵子凍結に影響はないだろうと言っていただけてホッとしましたね」
――若い世代で梅毒が流行(はや)っていると聞きますし、検査は大事ですね。
「そう思います。無自覚のまま、誰かにうつすこともありえますし。あと、紹介していただいた団体の方からは、HPVワクチンを打つようすすめられました。一度感染していると、発症した後に長引いたり、妊娠にも影響が出るかもしれないという理由からでした。
それで、かかりつけの産科婦人科の先生……、サーファーかと思うほど真っ黒に日焼けした男性の先生に(笑)、接種をお願いしました。さまざまなウイルスの型に対応したワクチンを実費で打とうとすると、最大15万円近くかかるそうです。たしかHPVワクチンは、当時接種を逃した人でも、無料で接種する機会を得られる人もいたと思うので、早めの接種をおすすめしたいです」
※参考:ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種を逃した方へ~キャッチアップ接種のご案内~(厚生労働省ホームページ)
――通院などで大変だったことは?
「生理が始まった日から換算して通院日が決まるので、“休暇取得の調整が難しいな”と感じることがありました。
通院以外では、10日間ほど服用するお薬と、自分で打つための注射、凍結の前日に必要な点鼻薬などが処方されました。点鼻薬が、卵子を留めるために重要らしく、“もし忘れたら、病院に緊急電話をかけてください”と言われました。
注射は2種類あり、ひとつは糖尿病の方が食事前に自分で打つような、ごく細い針のもので、痛みもあまり気になりませんでした。もうひとつは、点鼻薬と同じ、凍結の前日に打つもので、“ザ・注射”という感じでした。
さすがに自分で打つのはすごく怖かったですし、皮下脂肪をつまんで、“どうしよう……”と、恐る恐る打ちました。これは、精神的にも結構負担が大きかったですね」
――薬や注射の副作用はいかがでしたか?
「低刺激だったからか、普通に仕事もできましたし、凍結前日に遊びへ行くほど元気でした(笑)。凍結の日、お医者様から“卵子は4つ取れましたが、凍結できるのはひとつだけ”と言われて、それとは関係ないそうですが、内心、“前日に遊びすぎたせいかも……”と反省したくらいです。
凍結可能な卵子がひとつだけという事実も、かなりショックでした。実は、クリニックに通うたび、待合室にいるほかの方と私は違うと思っていたんですよ。
私以外はパートナーと来院していることもありましたし、“私は不妊治療のために来ているわけじゃない”という気持ちがあったのだと思います。でも、ショックを受けたときに、“私もほかの方と何ら変わらないんだな”と思い知らされました」
卵子凍結後“よかったこと”と今後の彼女の新たな選択肢
――凍結した卵子の保管もお金がかかるとか。
「はい。私はひとつなので年に数万円程度の出費ですが、ある女性弁護士の方は20個ほど凍結したとテレビで言っているのを見ました。そうなると、かなりの額になりますよね。
実は、“凍結した卵子で必ず妊娠できるものではない”とお医者様から言われました。ですから、これはある種の保険というか。私が年齢を重ね、40代になってから使うことを考えようかと思っています」
――いろんな気づきがあったのですね。
「はい。今回の経験から、“いいこと”がいくつもありました。ひとつは、子どもを持つことに対して考えが深まったこと。以前は、好奇心が先走っていましたが、子を持つことに対して具体的に考えるきっかけになりました。30代半ばに差しかかり、出産適齢期を考えると“あまりのんびりもしていられないな”という気持ちにもなりましたね。
また、今回いろいろと知れたことで“卵子凍結に限らず、相手がいなければ妊娠・出産できないわけではない”とわかりました。自分の意思で決められる選択肢があることは、どんな女性にとってもいいことだなと思います。
不妊治療を経験している友人と垣根なく話せるようになったこともいいことですね。“あの注射、イヤだよね”と共感できるようになりました。
友達の中には、“結婚して性交渉し、赤ちゃんができるのを待つこと自体が今の時代に合ってない”という人もいます。時間の無駄を省くためにも、最初から不妊治療クリニックに行くほうが、効率的だと考える人もいるのだなと。卵子凍結をオープンにしたことで、今まで話しにくかった話題を話しやすくなったことも、いいことだと思います」
――卵子凍結してから少したちますが、今のお考えをお聞かせください。
「通院を始めたころは、友達から“前のめりすぎるよ”とたしなめられるほど夢中になっていましたが、いまはあまり重要だと考えていないんですよ。
実は、話を聞いた団体の方からは”精子バンクという手段もある”と教えてもらいました。自分で調べたところ、金銭面も50万円程度で卵子凍結と変わりませんし、海外の精子バンクから国籍や人種、年齢など、細かな希望を出して、輸入する仕組みだそうです。心身への負担などを考えると、“精子バンクのほうが手っ取り早いかもしれないな”と思っているところです。
私がクリニックに通ってみて感じたのは、“「不妊治療」というのは、あくまでもワードに過ぎないのだな”ということ。“妊娠・出産しやすい環境に整えていく場所なんだな”と思いました。
そうした大切な気づきも含めて、妊娠や子どもを持つことと真剣に向き合うための、“卵子凍結”という高額なセミナーに通ったような気持ちなんです」
(取材・文/キツカワユウコ、編集/本間美帆)
【PROFILE】
黒川アンネ(くろかわ・あんね) 1987年生まれ。編集者、翻訳者、コラムニスト。一橋大学社会学部在学中にドイツに派遣留学。一橋大学大学院言語社会研究科修士課程修了。2022年自身のモテ奮闘記をまとめた『失われたモテを求めて』(草思社)を発売。Twitter→@annekurokawa