『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』など、アニメ作品の劇場版が立て続けにヒットを飛ばしています。そして、作品に負けない人気を誇るのが、登場人物たちの“声”を担当する声優です。洋画に日本語の声を当てる“吹き替え”も、声優の大事な仕事の1つ。ベテランになると、ほとんど専任のようなかたちでハリウッド俳優の声を担当します。
山路和弘さんも、そんな声優の1人です。インタビュー第3回は、山路さんが吹き替えを担当するラッセル・クロウのお話を伺います。
ラッセル・クロウが力を込めて演じる雰囲気に乗せられて
──『グラディエーター』で主人公・マクシムスを好演したラッセル・クロウの吹き替えをしたときは、“役に入り込んでしまった”と話していました。
「『グラディエーター』は本当にいい作品でした。吹き替えを担当したラッセル・クロウの映画の中でも、特に印象深い作品です」
──平民出身ながらローマの名高い将軍となっていたマクシムスが王位をめぐる争いに巻き込まれて失墜し、妻子まで殺されてしまうんですよね。そこから剣闘士としてはい上がり、最後は自分を陥れた王と対決する物語です。
「彼はずっと背負っているものがありました。特に家族を殺されてしまったときの衝撃に狂乱するシーン……、あれは演じていて、すごくつらいところに入っていく“気持ちよさ”がありました」
──気持ちいいのですか?
「ええ。吹き替えのときは、ゼロから役を作ることはないけれど、物語の流れの中で役に深く入っていくことはあります。わかりやすく言うと俳優とシンクロしていくような感じ、あるいは“憑依”に似ているかもしれません。だから、どんなシーンでも“気持ちよさ”があります」
──ラッセル・クロウは、この映画で評価が急上昇しましたよね。その後も『ロビン・フッド』など、アクションの多い作品が結構ありますが、古代ものが多いので落ち着きがあります。
「ナタで殴り倒すようなアクションですね。そこは、ジェイソン・ステイサムやヒュー・ジャックマンのように、切れ味が鋭いアクションとは雰囲気が違います」
──吹き替えのときは、どのような意識で臨みましたか?
「ラッセル・クロウのような重量感のある俳優は、ふだんのぼくとはかなりかけ離れています。だから最初は“さあ、どうしようか”となりました。最終的には“気持ちで行くしかない”と腹をくくるしかなかったんですが、そういった経緯もあったので、いつもより役に入り込んだところもありましたね」
──ラッセル・クロウもかなり低音で、ぼそぼそとしゃべる感じですが?
「それはあまり気にならなかったです。収録に入ってからも、それほど苦労しませんでした。ケビン・ベーコンは憂鬱(ゆううつ)になるくらい気になるのにね(笑)」
──その後、『スリーデイズ』『パパが遺した物語』など、現代劇を演じる作品も数多く声を当てています。
「彼は作品ごとにさまざまなタイプの役を演じていますね。作品一つ一つに対する力の入れ方は、相当なものがあると感じます。だから、吹き替えをするときも、そういう雰囲気に乗せられて自然と力が入るというのはありますね。
先日も、FOXニュース創立者のロジャー・エイルズを演じた『ザ・ラウデスト・ボイス―アメリカを分断した男―』というドラマを見ましたが、別人のように激太りしたメイクは圧巻でした」
監督に「もっと若々しい声で」と言われる
──ジェイソン・ステイサムは合わせやすい俳優と言われてましたが、ラッセル・クロウとはだいぶ違いますか?
「当然、違ってきます。でも、それは俳優が違うからと言うより、役柄によって変わるのだと思います。キャラクターや設定年齢などにもよるのではないでしょうか」
──ご自身の年齢よりも若い役のときには、なにか工夫されていますか?
「少しキーを高めにするのと、口角を上げてはっきり発音するようにしています。ぼくはもう60歳を過ぎていますが、青年の役にふだんに近い声を当てると、監督に“録り直しましょう、ちょっと声が老けすぎているかも”と言われたりするんですよ(笑)」
──逆に、自分より歳上の役の場合は?
「そっちのほうがまだやりやすいですね。それでも作った感じにはなりますけど。ぼくが芝居でお年寄りの役をやると、青年座の後輩たちに“ワンパターンだなあ”とイジられます(笑)。
実際に高齢者の吹き替えをやるときには2つのやり方があって、1つはかすれたような声にすること。もう1つが、ダミ声のようにするかです。それを役柄や映画の雰囲気に応じて使い分けたり、アレンジするようにしているんですけどね」
──悪役と善良な役との演じ分けの心得などはありますか?
「やっていて圧倒的に楽しいのは悪役です。悪役って、ふつうに生活していたらできないことや、やっちゃいけないことを平然とやってしまうじゃないですか。現実離れしたシーンも多いし。そういう役を演じているとアドレナリンが出るんですかね。ストンと役に入れるんですよ。それは楽しいです(笑)。
そういった意味では、ラッセル・クロウは、古代のよろいをまとった姿で重量感のある役を演じきったと思いきや、次は現代劇でスマートなジャケットを着こなすなど、役の振り幅が大変広いじゃないですか。吹き替えをしていても、そのつど演じ方がまったく違ってくるところが楽しいですね」
配信ドラマは1話見ると全話見てしまうから見ない
──仕事を忘れて、趣味で映画をご覧になることはありますか。もともと映画はお好きなんですよね?
「好きです。ぼくが映画を好きになったのは中学生の頃からです。三重県の伊賀で生まれ育ちましたが、田舎だったので映画館のある町までバスで行って映画を見ていました。上京してからは、いわゆる“二番館”や“三番館”と言われた映画館に通いました。
あ、いまの若い人は“二番館”と言っても知らないのか……、二番館というのは新作映画が封切られてしばらくたった頃、少し料金を安くして上映する映画館のことです。さらに時間がたって、もっと安く見られるのが三番館です。若い頃はそんなにお金があるわけじゃないですからね、映画を見るときはもっぱら二番館か三番館でした。
この仕事をするようになってからは、映画館から足が遠のきました。というのも、仕事がらみで新作を見られるようになったからです。でも、たまに配信で映画を見ることはありますよ。ドラマは一度見始めると止まらなくなるので避けるようにしていますが。カナダで制作された『ヴァイキング~海の覇者たち~』というドラマはシリーズ全79話、しっかり見ちゃいましたけど(笑)」
──声優の目でドラマを見てしまうこともありますか?
「ないとは言い切れませんが、声の仕事より美術とかセット、衣装などに目が行きます。“このドラマ、金かかっているなあ”とか。特にイギリスの芝居って、衣装がすごく凝っているんですよね。どうしたらこんなふうにできるんだろうと考えてしまう。
ドラマや芝居に対する意識や認識、文化としてのとらえ方などは日本とイギリスとでは異なるので比較するのは難しいですが、海外の芝居やドラマを見るたびに、日本はもっと衣装やセットなどへのお金のかけ方を大事にしないといけないなと痛感しますね」
ラッセル・クロウのように全力で演技をしている姿を見ると、吹き替えをしながら自分も役に入り込んでしまうと言う山路さん。俳優の精神が崩れゆくときの吹き替えが楽しかったり、悪役のほうが非日常を疑似体験できて面白いと感じたり、たいへんなお仕事なのに随所で声優ならでは楽しみ方や喜びを見出しているようです。仕事にやりがいを感じている方の言葉には説得力がありますね(後輩たちにイジられるような一面もお持ちのようです)。
さて、次回はいよいよ最終回。山路和弘さんには、韓国を代表する俳優ソン・ガンホの吹き替えで感じたアジア人俳優ならではの難しさや、英語圏の俳優とは違う吹き替えのコツなどを伺います。
◎第4回:山路和弘さん#4「ソン・ガンホは、あっという間に“腐った魚の目”ができる役者になった」(10月1日19時公開予定)
(取材・文/キビタキビオ)
《PROFILE》
山路和弘(やまじ・かずひろ) 1954年、三重県生まれ。1979年に劇団青年座に入団後、舞台を中心にドラマ、映画で活躍。声優としても洋画の吹き替えを中心に多数の役を担当している。歌唱力にも定評があり、2011年に出演したミュージカル『宝塚BOYS』『アンナ・カレーニナ』で第36回菊田一夫演劇賞(演劇賞)を、2018年には第59回毎日芸術賞を受賞。近年はアニメーションの出演も多く、『進撃の巨人』『ONE PIECE』『SPY×FAMILY』などの人気作品にも出演。現在、放送中のNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』では、前田善一役で出演している。