2022年7月に上演された新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』でナウシカ役を務めるなど、歌舞伎界の若手女方として人気上昇中の中村米吉さん。華麗なお姫様から市井の女性まで幅広く役に取り組む姿勢と実力は高く評価されている。また、その美しさと愛らしいキャラクターが“可愛すぎる女方”としてSNSでも話題に。
2023年春には新作歌舞伎『ファイナルファンタジーX』出演も控える米吉さんが、12月23日から上演が始まった舞台『オンディーヌ』で、歌舞伎以外の外部作品に初挑戦している。演じるのはもちろんヒロインのオンディーヌ。2回にわたるインタビューの前編では今作にかける思い、歌舞伎役者として20代最後に思うことなどを語っていただきました。
歌舞伎俳優仲間のグループLINEが数年ぶりに動いた
──まず、『オンディーヌ』のビジュアルが美しすぎるのですが、周りの反響はいかがでしたか?
「ありがとうございます。20代半ば~30代前半くらいの歌舞伎役者のグループLINEがあるんですね。たぶん10代後半のころに、中村隼人くんとか坂東巳之助兄さんとかみんなでご飯を食べに行ったときに作った名残りみたいなグループLINEなんですけど。それが数年ぶりに動いたのが、いちばん面白い反響でした。
突然、隼人くんがそのLINEに私のオンディーヌの写真を載せて“この髪型いいね!”って送ってきて。それを皮切りに、巳之助兄さんが“うん、きれいだと思う”とか、いろんな方が送ってきてくれましたね」
──ご自身の感想は?
「本人ですよ(笑)。お化粧を濃くしてしまうとオンディーヌの純粋無垢なキャラクターに合わないし、かといって本当にナチュラルにすることもできないし。その塩梅はかなり相談しました。僕も化粧道具を持っていっていろいろセッションしながら、やらせていただきましたね。女方の化粧との違いは……つけまつ毛をつけているところですね。つけまは偉大だ!(笑)。
とにかく初めてのことなので、自分じゃ正解がわからないですから。撮影のときもスタッフのみなさんが“わ~可愛い! わ~きれい!”と言ってくださるので、“ホントだな。違ったら許さないぞ、信じたからね!”って心持ちで撮られている顔ですね」
新しいものに挑戦する流れが来ている中で
──いやいや、本当におきれいです。今回の『オンディーヌ』出演は、大きな挑戦だと思いますが、挑んだ理由を教えてください。
「このお話をいただいたのが、2022年6月の終わりごろで、ちょうど『風の谷のナウシカ』のナウシカのお役のお稽古の最中だったんですけれど。正直、すごく悩みました。歌舞伎界でも年末にかけては大きな公演がありますし、1月は歌舞伎の公演が1年のうちで最も多い月なんですね。それに2023年はこれまで多くの経験を積ませていただいた浅草歌舞伎が、3年ぶりに復活します。非常に迷いましたけども、このタイミングでこのお話が来たのは何か運命的なものなんじゃないかなと。
それで一度預からせていただいて、家族に話したときに、父親(五代目中村歌六)がものすごい勢いで笑いだしまして。“お前がオンディーヌ、面白いね”と。その言葉に背中を押されるような形で決心しました。父は若いころに劇団四季で研究生みたいなことをしていたので、(主宰の)浅利慶太先生が最も愛した作品であることをよく知っていて、その話は私も折に触れ聞いておりましたので、ご縁も感じましたね」
──それは『オンディーヌ』を演じる運命だったような……。
「『オンディーヌ』が終わりますと、3月と4月に『ファイナルファンタジーX』というとんでもない歌舞伎が上演されますので、僕は11月から4月まで約半年間、初めて古典から離れることになります。古典がどれだけ大事かということをこの10年間、亡くなられた(中村)吉右衛門のおじさまをはじめ先輩方から教わってきまして、歌舞伎の古典に挑戦し続けること、守り続けていくことが大事だということを、骨の髄まで叩き込まれてきましたので、ナウシカというお役を歌舞伎座でやるとは想像もしていなかったんですね。
そういった新しいものに挑戦するという流れが来ている中での『オンディーヌ』のお話で、その後に『ファイナルファンタジーX』が控えている。それなら思いきって長期間、古典から離れて新しいことを勉強してみよう、という決断につながりました。『オンディーヌ』をやって、すぐに古典歌舞伎に戻るのではなくて、新しい歌舞伎に飛び込んでいける。そのときには『オンディーヌ』での自分なりの新しい経験が、きっとそこにも生きてくると感じて今回は挑戦させていただくことにしました」
永遠の愛を信じ人間界にやってきた水の精オンディーヌと遍歴の騎士ハンスの悲恋を描いた、フランスを代表する劇作家ジャン・ジロドゥの最高傑作。1939年のパリ・アテネ座の初演では、洗練されたセリフ運び、独創的なヒロイン像などが絶賛を浴びた。1954年にはニューヨークでも、オードリー・ヘップバーンのオンディーヌで上演され、外国演劇部門のニューヨーク劇評家賞を受賞。日本では1958年に劇団四季が初演し、その後も上演を重ねられている20世紀屈指の古典劇。今回は「水の精」たちがこの物語を演じるという劇中劇仕立てで、ビジュアル・言葉・音楽が融合した究極のエンタテインメント作品として上演。
【STORY】
湖の畔で暮らす漁師夫婦に育てられた美しい娘、オンディーヌ(中村米吉)は、実は水の精だった。ある日、一夜の宿を求めて遍歴の騎士ハンス(小澤亮太/宇野結也 ※Wキャスト)が、その家を訪れる。ハンスには婚約者があったがオンディーヌと出会い、たちまちふたりは恋に落ちて結婚を誓い合う。しかしオンディーヌは水の精の王(市瀬秀和)から「われわれを裏切って人間界に行き、その男に捨てられたら、それは湖の恥となり、それによって男は死ぬことになる」と警告されるが、それでもハンスのもとに行く。
ハンスはオンディーヌを伴って王宮へ戻るが、人間界になじめないオンディーヌのふるまいを恥じていた。そこに元の婚約者ベルタが現れ、ハンスの心はベルタに戻ってしまう。王宮でオンディーヌの様子を見ていた王妃イゾルデ(紫吹淳)は、オンディーヌが水の精であることを知り、ハンスを助けるように諭すのであった。
ハンスの心変わりにより、ハンスに迫る危機を察知したオンディーヌは、自分が先にハンスを裏切ったと見せかけるため、ベルトラン(佐藤和哉)に恋をしたと偽って身を隠す。ハンスとベルタの婚礼の日、見つかったオンディーヌを裁く裁判が始まる。そこで、オンディーヌと再会したハンスは、オンディーヌに対する自分の本当の愛にようやく気づいたのだったが……。
20代の道標は玉三郎おじさまの言葉
──歌舞伎の女方として、オンディーヌという役を演じるにあたり何を大切にしたいと考えていますか?
「男性がこのような恰好(かっこう)でオンディーヌを演じるということは、すごくキャッチーなことだとは思います。ある種の飛び道具的な部分はあるわけですよね。でも、演出の星田良子先生に最初にお目にかかったときに、“今、普通に女優さんがやっても、これは何でもないお話になってしまうから、歌舞伎の女方である米吉さんにやっていただきたいと思う”とおっしゃってくださったので。だとしたら、ただ女方が演じましたで終わらないように、やらなきゃいけないっていうのは思っています。
オンディーヌは、とにかく純粋無垢であるということ、ストレートにすべて物事を正直に言ってしまうのが、彼女のよさであるんですけれど。直接的な言葉というのは、気をつけないと人を傷つけるということが常識の一般社会においては、彼女は普通じゃないんですよね。“私、太っているでしょ?”って聞かれて、“あなたはとても太っているわ”と、悪意なく言うわけですから。物語の王宮の中では、教養もなく何もかもストレートに物を言ってしまう彼女はどんどん追いつめられてしまいますが、観ているお客様には、“純粋で素直だからしょうがないの”と思ってもらえるように演じないと、このオンディーヌという役は成立しない。本人にまったく悪意はなく、彼女なりに考えた結果の言葉だと感じてもらえないと、ただの毒舌女になってしまうなと。
そしてハンスと出会って恋に落ちるところなんかも、清らかな色気でないと、下品に見えてしまってはいけないし。とにかくこの子が可愛くて、もう健気で、だから悲しくて……という役にならなきゃいけないなと、思っています」
──今年29歳になりましたが、20代を振り返って思うことは? また、30代に向けての抱負をお聞かせいただけますか?
「私は歌舞伎役者として本格的に歩みはじめましたのが18歳のときで、女方を勉強するようになったのも、そのころからでした。20歳を過ぎてからは女方の役がどんどん多くなって、身の丈に合わないような大きな役をやらせていただいたり、若い兄さん方と新しいものを作らせていただいたり。そして(尾上)松也のお兄さん、(坂東)巳之助の兄さん、そういった同世代のみんなで浅草歌舞伎をやらせていただいて、一緒に走ってきた感じがすごくありますね。
あとは、この10年間の中で指針にしてきたことがあります。21歳くらいのころですけども、(坂東)玉三郎のおじさまとご一緒したときに“30になるまでに女方としての基本を身につけておかないといけないよ。女方っていうのは、お姫様なら手はここ、台詞の言い方はこう、身体はこう動かす。娘だったらこう、腰元だったらこう……。それを身につけて、その上にその役の心をのせないといけない”と、と言ってくださって。
その言葉を胸に10年間やってきました。今、僕がそれをできているかどうか、自分ではわかりませんけれども、30代からはそれ以上を求められるという意味だと思うんですね。ですから、30代は20代の10年間で、自分はどれだけ勉強してきて、どれだけ経験を積んできたのかってことを問われるなと。若くてきれいで、ただそれだけでどこか許された時期は終わっているんです。それに、若い子がどんどん下から追っかけてきますからね(笑)」
──(笑)。20代最後の舞台が歌舞伎以外の作品になったことについては、どんな思いですか?
「自分が今まで勉強してきたことを、こういった形で問われるというのは、非常に刺激にもなりますし、自分のこれからの30代に向けて、大きなターニングポイントになるご縁だなと感じています。歌舞伎から離れたかいがある、離れてつくる意味のある、よい作品にしたいと思っております」
※インタビュー記事の後編はこちら→大注目の女方・歌舞伎俳優の中村米吉が明かす、お気に入りプチプラ美肌アイテムとこだわり強めのスイーツ愛
(取材・文/井ノ口裕子)
《PROFILE》
中村米吉(なかむら・よねきち) 1993年3月8日、東京都出身。五代目中村歌六の長男。2000年7月、歌舞伎座『宇和島騒動』で父・歌六の前名を継ぎ、五代目中村米吉を襲名して初舞台。2011年から本格的に女方を志し、歌舞伎役者として歩みはじめる。近作に、京都南座 三月花形歌舞伎『番長皿屋敷』お菊役、新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』ナウシカ役など。2021年、第42回松尾芸能新人賞受賞。2023年3月4日~4月12日、IHIステージアラウンド東京にて上演の新作歌舞伎『ファイナルファンタジーX』ヒロインのユナウ役で出演予定。
●公演情報
『オンディーヌ』
【作】ジャン・ジロドゥ
【上演台本・演出】星田良子
【出演】オンディーヌ:中村米吉 ハンス[Wキャスト]:小澤亮太/宇野結也 水の精キラ(ベルタ):和久井優 水の精サラ(ベルトラン):佐藤和哉(篠笛) 水の精ユラ(貴婦人):白鳥かすが 水の精ダヤン(国王):加納 明 水の精トン(オーギュスト):我 善導 水の精セラ(ユージェニー):宮川安利 水の精の王(奇術師):市瀬秀和 水の精アリ(王妃):紫吹淳
【日程・会場】
愛知公演:2022年12月23日(金)~12月25日(日)ウインクあいち 大ホール
東京公演:2023年1月6日(金)~1月11日(水)東京芸術劇場 シアターウエスト
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