《初めて行った美容院で吐いてしまいました(略)。私はシャンプーのときのあの姿勢が苦手で、どうしても気持ち悪くなってしまいます》《歯医者、美容院のシャンプーでは、毎回冷や汗が出て、ふわふわしたような、乗物酔いしたような、とにかく気持ちがわるく、目も開けられないです》《美容院に行くと気分が悪くなり、めまいがするので困っております》──。(いずれも原文ママ)
これらは日本最大級の“お知恵拝借サイト”である『Yahoo!知恵袋』に寄せられた相談だ。
シャンプー中にめまい、吐き気、手足のしびれが起きたら
「美容院やヘッドスパでのシャンプー」といえば、美容師さんの絶妙の指さばきで、「あ~、気持ちがよくて眠くなる……」「ず~っとこのままシャンプーしていてほしい……」が定番の感想のはず。ところが少なからぬ数の人たちが、シャンプー時の吐き気やめまい、手足のしびれといった症状に悩み、「どうして私だけが?」と不安を募らせているようなのだ。家での洗髪では、なんの不調も感じていないというのに、なぜ……?
「美容院などでのこれらの症状は、首を後屈させる(後ろ側に折り曲げる)ことが原因で起こる椎骨動脈循環不全というものです。美容院でのシャンプー時に一時的に発症することが多いことから、俗に『美容院脳卒中症候群』と呼ばれています」
こう語るのは、東京医科大学整形外科准教授で、この症状に詳しい遠藤健司先生だ。
しかし、“脳卒中”とは聞き捨てならない。発症すると身体にマヒや障害が残ったり、最悪の場合、亡くなることも起こりうる恐ろしい大病だからだ。
「脳卒中という名を付けて呼ばれてはいるものの、美容院脳卒中症候群はそこまで恐ろしい病気ではありません。いちばん多い症状はめまいで、ほかには吐き気や手足のしびれ、まれに意識障害といったところです。そして、いずれもそのほとんどが、一過性のものだからです」(遠藤先生)
ノドボトケ周りの血管の圧迫が原因
では、この美容院脳卒中症候群、どうして起こるのか?
首の前部分にあるノドボトケの左右に指を当てみよう。すると指先に、脈がトクトクと脈打っているのを感じることができる。この動脈を頸動脈というが、その後ろ側には、さらに椎骨動脈という血管が走っている。
「この椎骨動脈は頸動脈と比べるとかなり細く、首を支える頸椎という骨の中を貫通して耳の奥にある前庭神経や、小脳といった部分につながっています。前庭神経は平衡感覚を司っている神経で、小脳も平衡感覚や眼球機能の運動を司っています。
シャンプーで首を後屈させる、すなわち頸椎を後ろにそり返らせると、頭蓋骨と第一頸椎の間の椎骨動脈も同じように後ろにそり返ることになり、細い椎骨動脈が折れたりつぶれたりして前庭神経や小脳に血液が行きづらくなります。こうした血流不全で起こるのが、あのめまいや吐き気、手足のしびれなのです。
また、もともと血管内に血栓という小さな血の固まりができている人の場合、後屈することでひとたび血流が悪くなると、血栓が短時間でどんどん大きくなります。それが血管の細いところで詰まることでも、同様の症状が起こります」(遠藤先生)
そもそも脳卒中とは、脳の血管が詰まったり破れたりして、その先の血管に血液が行かなくなることから起きる症状の総称。正式には脳血管障害と言われるが、急に卒倒することから一般的に脳卒中と呼ばれている。美容院脳卒中症候群も、首が後屈することで血液が行きわたらなくなり、さらに急に脳卒中のような症状が見られることから、脳卒中の一種であるとされているのだという。
同じ状態でシャンプーをされていても症状が出る人と出ない人がいる理由は、体質と体調によるそうだ。
たとえば生まれつき椎骨動脈が細かったり、加齢で血流そのものが悪化していたり、血管が細くなると起こりやすい。自律神経(代謝や体温調節など、生命維持に欠かせない活動を24時間不休でコントロールする神経)が乱れていたり、発汗などで水分不足を起こしている場合も発症しやすいと遠藤先生。
首がほっそりと長い人も要注意だ。首が長いと首を後屈させる際の動きが大きい。首の中を走る椎骨動脈もまた、大きく後ろに反り返ることになるからだ。
歯医者や電球交換、草刈りなどで起こすことも
では、美容院やヘッドスパでめまいや吐き気、手足のしびれを覚えたら、どうしたらいいのか?
「美容院などで症状を感じたら、ほとんどが一過性ですから慌てないことが肝心です。美容院やヘッドスパでしたらただちにシャンプーを中止してもらい、首がまっすぐになる姿勢で横になりましょう」(遠藤先生)
美容院やヘッドスパ愛用者としては、スタッフにも美容院脳卒中症候群への理解を深め、「気分が悪いからシャンプーを中止して」と気軽に頼める雰囲気作りをお願いしたい。「湯かげんはいかがですか?」とともに、「吐き気やしびればありませんか?」と具体的に聞いてもらえれば、「はい、実は」と続けやすいかもしれない。
10人中6~7人は症状を起こす可能性がある
さらに美容院脳卒中症候群は、首の後屈という姿勢を続けると、美容院以外の場でも起こりえるということも覚えておきたい。
「歯科での治療では長時間にわたって上を向く状態になりがちですし、電球の交換も、高齢者などは手間取ることで長時間、同じ姿勢をとりがちです。イスにもたれての居眠りや、映画館での映画鑑賞、目の前の草や木を刈ろうと、顎を上げて首が後屈したことで発症したケースもあります」(遠藤先生)
家庭での注意点も聞いてみた。
「天井の電球を取り換えるときには足場に注意してください。ソケットにぎりぎり届くような足場でなく、高さに余裕がある足場を用意して、上を向く姿勢を取らなくていいようにしてから交換するようにしましょう。
映画館では首に負担なく見られるような、スクリーンから離れた席に座ることです。草刈りではこまめに移動し、手元の草だけを刈るようにしてください。遠くの草を刈ろうと手を伸ばすのは避けましょう。顎が上がり、首を後屈させることになるからです」(遠藤先生)
ちなみに、めまいや吐き気、しびれを感じる前に“フワッ”“クラクラ”とする微妙な不調を感じたら要注意、と遠藤先生。これらは美容院脳卒中症候群を発症する前兆だからだ。さらに手足にしびれがきたら梗塞になっている可能性が高い。美容室なら迷うことなくシャンプー中止を申し出て、家庭だったら即、楽な姿勢をとるようにしたい。
「先ほども述べましたが、美容院脳卒中症候群での症状は大半が一過性のもので、血栓が飛んで脳梗塞を起こすようなことはごくごくまれです。だた、椎骨動脈が生まれつき狭い人が意外と多く、左右で太さに差がある人は全体の6~7割もいます。お店に10人のお客様がいたら、6~7人は症状を起こす可能性があるということです。実は私も、美容室での仰向けのシャンプーは、クラッとする感じがして苦手ですね(笑)」(遠藤先生)
重篤な症状に進行したり、後遺症が残ることはまれだというが、2016年にはイギリスの美容院でシャンプー中に小脳梗塞を発症、裁判で美容院側に1300万円もの損害賠償を命じる判決が下った例もある。であれば、予防法を知っておくに越したことはない。
#2の記事(10月9日12:00公開)では、予防法や対処法を遠藤先生に詳しくレクチャーしていただこう。
(取材・文/千羽ひとみ)
〈PROFILE〉
遠藤健司(えんどう・けんじ)先生
東京医科大学准教授。同大卒業後、米国ロックフェラー大学留学(神経・生理学)、東京医科大学茨城医療センター整形外科医長を経て、2007年に東京医科大学整形外科講師、2019年より准教授を務める。