美容院でのシャンプー中にめまいや吐き気、手足のしびれを起こす「美容院脳卒中症候群」。#1の記事(美容院のシャンプー時にめまいがする……実は「美容院脳卒中」かも!? 原因やなりやすい人を医師が解説)ではどういった時に起こるのか、その原因について紹介した。
東京医科大学整形外科准教授の遠藤健司先生によれば、「椎骨動脈が細い人は意外に多く、10人のうち6~7人はもいる」とのこと。つまりは、体調に不備はなくても「美容院のシャンプーがつらい」と感じるかもしれない人が、6~7人もいるということである。
熟練のスタッフがプロの技術で髪を洗い、利用者に至福のひとときを感じさせてくれるのがシャンプータイム。それが「つらい」とは、なんとももったいない! スタッフにとっても、技術の見せどころであるに違いないのに。では、吐き気やめまい、手足のしびれといった不快な症状を予防するためにはどうすれば──?
寒い季節は室内外の気温差も要因に!
「お客側、すなわち読者の皆さんの対策としては、美容院に行く前にしっかりと水分をとっておくことをおすすめします。血液がドロドロの状態は、血栓ができやすい状態ですから。そして少しでも頭がクラッとしたり手足にしびれを感じたら、早めにアピールすることです」(遠藤先生)
秋から冬にかけては寒さにも注意したい。この病気をはじめとする脳に血流が行かなくなることで起こる脳虚血症は、血圧の変動が大きな要因になっている。冬場に脱衣場と浴室の中との温度差によるヒートショックで多くの人が亡くなっているように、気温の変動は、美容院脳卒中症候群の誘因となりうる。
「美容院脳卒中症候群も脳卒中の一種であることには変わりありません。寒い外からやってきて暖かな室内で急に洗髪をすると、起こる頻度が高まります」(遠藤先生)
美容院でのシャンプーのたびに不調を感じるようならば事情を話し、シャンプー前にひと呼吸おき、室温に身体を慣らしてからシャンプー台に向かうようにするといいだろう。美容院スタッフにも、ひと呼吸おいてシャンプー台に誘導するような心配りを期待したい。
「美容院脳卒中症候群のリスクをもっとも高めるのが、実は首が後屈した状態で頭を左右に揺らすこと。右へ揺すると左の、左に揺すると右の椎骨動脈が伸びてつぶれるからです。
言い換えると、スタッフがお客さんの頭の下にタオルを置いたり、手を添えるなど、首を後屈させない姿勢でシャンプーを行えば、相当な発症防止効果を期待できます」(遠藤先生)
さらにはシャンプーボールの縁が当たる部分をずらしたりするだけでも予防になると遠藤先生。最近では美容業界による対策も進められていて、首全体をシャンプー台の縁に乗せるようなシャンプー台の導入も進められているという。圧を首の後ろ側という一点集中型でなく、全体に分散させることで、美容院脳卒中症候群を防ごうという試みだ。
症状が改善しない場合は脳神経外科を受診して
さて、ノドボトケの周りを走るもうひとつの血管である頸動脈の梗塞がマヒや言語障害を引き起こすのに対し、椎骨動脈の圧迫が原因で起こるこの症状では、重い後遺症が残ることはほとんどない。だが、万一、美容院やヘッドスパから帰宅してもめまいや吐き気、手足のしびれといった症状が残ったら、どうしたらいいのだろう?
「そうした場合は脳神経外科を受診してください。重心振動計というめまいの性質を診断する装置での検査や、血流を診断するMRI検査が行われ、必要があれば脳の血流をよくする薬の服用や点滴、血栓ができていればそれを溶かす薬などを使って治療します。原則、脳梗塞の治療と同じです。治療期間は症状によって異なりますが、数週間から半年程度といったところです」(遠藤先生)
上を向いての吐き気やめまい、手足のしびれは実は大昔から報告あり
こうした美容院脳卒中症候群、“美容院”とあるだけについ最近になって発見された症状と思いきや、上を見上げ続けると吐き気やめまいを起こす現象は、19世紀の昔から報告されていたという。
「1817年、フランス人作家のスタンダールがイタリアに旅行中、フィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂内のフレスコ画を鑑賞しているうちに、感動とともに突然めまいと動揺に襲われてしばらくぼう然としてしまったと、自著の『イタリア紀行』に記しています。以来、作家の名を取って『スタンダール症候群(Stendhal syndrome)』と呼ばれていますが、これと美容院脳卒中症候群は同じものだと思われます」(遠藤先生)
近年ではイタリアの某教会で同じく吐き気やめまい、しびれで倒れる観光客が急増。現地では一時、「メディチ家の呪い」とまで言われ、話題となったという。
遠藤先生が調べたところ、壁画や彫像はみな見上げるような位置にあったとか。つまり、教会自慢の美術の数々を鑑賞するには首を後屈、すなわち上を向いて椎骨動脈を押しつぶす姿勢を長時間とらなくてはならなかったことが判明した。教会での観光客の突然の不調は呪いなどではなくて、美容院脳卒中症候群を起こしていた可能性が高いのだ。
首の後屈が他の症状も誘発する
美容院脳卒中症候群の原因である首の後屈は、ほかの病気を引き起こす要因となりうるというから油断できない。遠藤先生の本来の専門分野である整形外科の分野にあたる、頸椎ヘルニアもそんな症状のひとつだ。
「これは頸椎の椎間板の内部が飛び出して神経組織を圧迫。手足の痛みやしびれ、マヒなどを起こしますが、シャンプー時の首の後屈は、この病気も誘発する可能性があります」(遠藤先生)
さらには首の後屈は、美容師さん自身や私たち自身にも影響を及ぼしているという。
「美容師さんがカットするときや、私たちがパソコンに向かうときにも、顎を突き出した姿勢になりがちです。顎を突き出す姿勢はすなわち首を後屈させることですから、こうした姿勢を長時間続けると美容院脳卒中症候群だけでなく、頸椎ヘルニアをも誘発することになりかねません」(遠藤先生)
このように、首の後屈は整形外科的見地からも決していいもではない。
「美容師さんも私たちも、30分に一度は後屈しがちな首筋を逆方向に伸ばすストレッチをしましょう。背筋が弱ると顎を突き出す姿勢になりやすいので、背筋を鍛える筋トレもいいですね。要は姿勢を正しくし、ほどよく筋肉を鍛えることです」(遠藤先生)
予防法や対処法を覚えておくことで、美容院でのシャンプータイムをより安全に、もっと気持ちいいものに──。
(取材・文/千羽ひとみ)
〈PROFILE〉
遠藤健司(えんどう・けんじ)先生
東京医科大学准教授。同大卒業後、米国ロックフェラー大学留学(神経・生理学)、東京医科大学茨城医療センター整形外科医長を経て、2007年に東京医科大学整形外科講師、2019年より准教授を務める。