純喫茶を訪れる方々が「それぞれのお店を守ってくれている」

──純喫茶ビギナーの人向けに、何かアドバイスはあるでしょうか? やはり地元の身近なお店から行くといいでしょうか?

「逆に、たくさんメディアに出ている有名店から行ってみるのもおすすめです。店員さんも初めてのお客さんに慣れていますし、周りのお客さんにも、メディアで見て初めて来た人がいるだろうし、そのほうが緊張しないと思います。そういうお店から純喫茶のマナーや自分のあり方を学んでいくといいのかなと思いますね。だんだん慣れてきたら、メディアで紹介されていないお店、地元のお店などに足を運んでみるといいかもしれません」

カスタムのレジまわり。ランプや置物、装飾品たちにもマスターのこだわりがつまっている 撮影/山田智絵

──純喫茶についての発信は、最初はブログからだそうですね。

「純喫茶めぐりを始めた最初のころから、許可をいただいて店内の様子やメニューを撮らせていただいていて。100軒くらいたまったときに、自分のための記録をつけようと思ったんです。それが2008年に始めたブログ『純喫茶コレクション』でした。しばらくして、それを見てくださった編集者の方から書籍化の話がきて、'12年には単行本が出ました。話が来たときは、“わ! 夢みたい!”と思いましたけど、同時にどこかで“いつか絶対に本を出したい”と思っていたので、夢がかなってよかったという気持ちもありました

──難波さんのご活動もあり、今では純喫茶は広く知られる存在になりました。ひそかに推していたアイドルが人気になって寂しくなる……。そういう気持ちにはなりませんか?

「私が億万長者で、全国各地のお店に毎月100万円ずつ振り込めるんだったら、もう自分以外、誰も行かなくていいと思うかもしれないんですけど(笑)。でも、それはできないじゃないですか。だから、私のSNSや紹介記事を見て行ってくださった方々が、お店を守ってくれていると思っているんです。

 私の肩書きは『東京喫茶店研究所二代目所長』なんですけど、フォロワーさんのことを、全国各地にいる所員だと勝手に思っているんです。SNSで発信することによって、フォロワーさんが各地のお店を知ってくれる。みなさんがお店でいっぱい食べて、お金を使ってくれていますし、自分がなかなか行けないエリアの訪問ルポなどをアップしてくれることによって、そのお店の今の様子を知ることもできるので、とても参考になります

純喫茶の店主と「継ぎたい」人たちをうまくつなげられたら

──純喫茶全体を俯瞰(ふかん)されているのですね。今回の取材場所である『カスタム』は、残念ながら3月末で閉店してしまいます。難波さんはどのような思い出があるのでしょう?

「初めて来たのは、会社帰りにこの辺をぶらぶら歩いていて、回転するキーコーヒーの看板を見つけたときでした。地下のお店なので、店内が見えなくて不安だったんですけど、降りて中へ入ってみたら“広い!”と思いました。昼は近隣で働く人たちでとても混むらしいんですが、そのときは夕方だったので、人が少ないタイミングでした。

 そこから、マスターとは7〜8年くらいの仲です。よくアイスコーヒーを頼んでいましたね。お店ではボーッとしたり、マスターとしゃべったりしていました。いつも笑顔で優しくて、取材の相談にも毎回、“いいよ”と言ってくれて。店内にもギターが飾られているとおり、音楽がお好きで。谷村新司さんがコンサートの前にいらしたとも言っていましたね。今回、閉店してしまうと伺って本当に驚きました」

厨房に立つマスターと。「可愛い笑顔にいつも癒やされていました」と難波さん 撮影/山田智絵

──純喫茶ウォッチを10年以上されてきて、今のご関心は?

純喫茶はマスターがご高齢のことも多くて、体調面などから急に閉じてしまうお店もあります。そこで、“継ぎたい”という若い方とうまくマッチングができたらな、と考えていて。私個人の力だけでは難しいので、どこかの企業の力を借りないとできないかもしれませんが。

 内装はあまり変えずに、安全面で不安があるところは修繕して、新しい方が継ぐ。当時作られた椅子やテーブルはお金がかかっているぶん、丈夫なものが多くて、まだまだ使えるんです。なんでも壊してスクラップアンドビルドをするんじゃなくて、リサイクルしたらいいのに、と思います。免震さえ大丈夫なら、海外みたいに100年以上たっても、誰かが引き継いでいってずっとその場所にあったらいいですよね

──確かに、遠いところに住んでいる人でもうまくマッチングするかもしれないですね。

「そうなんです。お店が取り壊しになってから閉店を知ることもあるじゃないですか。人によっては、閉店が数日後に迫ってからしか告知しないこともあります。お店の方にお子さんがいらっしゃっても、すでに会社に就職されていたら、それを辞めて収入が不安定になってまで継いでほしくはない、という話も聞きます。純喫茶を経営したい人たちにうまく引き継げるような仕組みを模索しています

カスタムも、このままなくなってしまうのではなく、何らかのかたちで今後につながってほしいと願わずにはいられない 撮影/山田智絵

(取材・文/篠原諄也)


【PROFILE】
難波里奈(なんば・りな) ◎ 東京生まれ・東京育ち。東京喫茶店研究所二代目所長。会社員としてはたらく傍ら、毎日のように純喫茶に足を運び、今では訪問数が2000軒以上に。著書に 『純喫茶コレクション』(河出文庫)、『純喫茶、あの味』(イースト・プレス)『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)などがある。

◎キーコーヒーとコラボした純喫茶情報総合サイト『純喫茶ジャーニー』→https://www.junkissa-journey.com/
◎Twitter『純喫茶コレクション』→@retrokissa
◎Instagram→https://www.instagram.com/retrokissa2017/
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