──2巻では、優しくて周囲にも好かれていたのに突然、自殺してしまう人や、父親から性的虐待を受けたのに「自分も快楽を感じたんじゃないのか」と自身を責める人が登場して印象に残っています。
「優しい人の話は、モデルにした患者さんが何人かいます。医療者に話を聞きながら、“すごく優しい人が自殺するのはなぜなのだろう”とずっと考えて続けて得た答えが、“人の心って、キャパシティが決まっているのかもしれない”というものだったんです」
身体と同じで精神にも寿命があるのではないか
──作中にある「身体の寿命があるように、精神にも寿命があるんじゃないだろうか?」という言葉は、その気持ちを言語化したものだったんですね。
「強いとか弱いとか関係なく、身体には寿命があり、精神もそうなのではないかと思いました。
もうひとつの話は、性的虐待を受けて育った女性の一時期を切りとったエピソードです。彼女は虐待を受けながらも快楽を感じたことに罪悪感を抱き、加害者である父親と共犯者であるかのような意識になります。これはよくあることなのですが、あまり知られていなくて。
──私も「虐待を受ける人はみんな苦痛を感じているはずだ」と思っていて、あのエピソードを読んで、自分の中にある先入観に気づきました。
「刺激や快楽を感じるのは心身が自分を守ろうとするからで、性的虐待の被害者は何も悪くないのだ、と伝えたかったんです」
精神科の医療者も「心の病の鍵を握る存在」
──水谷さんは患者さんだけではなく、医療者のメンタルにも目を向けていますね。
「今、実際に医療者同士の対話の会に参加しているんですよ。“みなさん、いろいろなことを思って我慢もしているのだな”と感じ、医療者もひとりの人間であり、心の病の鍵を握る存在なんだと思いました」
──一方で、あえて患者さんと人間関係を築こうとしない側面もあるのかな、と読みながら感じました。
「精神病棟では、患者さんが部屋着を着ているし、“自分は患者さんを指導して導いてあげる存在“と思い込み、患者さんとの間に自然と上下関係を生むことでアイデンティティを保っている医療者もいるようです。でも、同時にそういった関係性に自覚的でありたいと考える医療者も数多くいます。
いま描いているエピソードは医療者のメンタルケアをテーマにしたものなんですが、私は“医療者って、自分のことをあまり話さない方が多いな”と思っています。彼らは医学部や看護学校で“主観や感情で動かず正しい情報を提供しなければならない”と指導を受けているため、つらくなっても周囲に言わないままでいる人も多いそうです。実際に、医療者の心のケアをしようという動きもあまりないんですよ
ただ、私が描いているのはあくまでも創作漫画なので、医療者の主観も大切にして描くようにしています」