乳がんになってわかった、友人や理解者の大切さ
──数年前、水谷さんは初期乳がんと診断され手術をして、自らも治療を受ける当事者になりましたね。
「仲のいいナースに相談したら“初期で見つかってよかったね”と言われて、こちらは初期でも不安で怖かったのに、友人というより医療者としての視点で反応するんだ、とショックでした。
でも、親身になってくれる医師もいたし、“友達がいれば気持ちの面で病みすぎないで済むんだな、大丈夫だ”と思えることもありました」
──病気になった友達に声をかけるなら、どんな言葉がベストだと思いますか?
「私の場合、地方に住んでいる友達から“手術が終わったら一緒に味噌を作ろう”と言ってもらえたことがいちばん嬉しかったです。
病気にフォーカスしすぎず、いつもどおり接しながら、どんな治療を受けるのか客観的に聞いてくれたり、“手術するんだね、困ったらいつでも言ってね”って伝えてもらったりしたのにも励まされたので、病気になった人にかける言葉としていいのではないでしょうか。
やめたほうがいいのは、無反応になること。つらいときは、“この人は自分に興味を持ってくれているんだな”と感じたかったので」
──のちにその体験をコミックエッセイ『32歳で初期乳がん 全然受け入れてません』(竹書房刊)にしたときは、どのような工夫をしましたか?
「がんの闘病で経験したことをマイルドにせず、“正直に、ありのままを全部描くぞ”という使命感がありました。
自分も病気になったことで、病気の人に“みんないろいろあるよね”という気持ちで話を聞けるようになり、病を患った人とのあいだに仲間意識のようなものが芽生えた気がしています」
──取材のときは「自分も病気になったことがある」と言うことで距離感も自然と近くなりそうですね。ほかに日常生活では、どのようなときにほかの人との仲間意識を感じますか?
「乳がんになる前からそうだったのですが、人間、誰にでもダメな部分があるとわかったときです。それを知ると愛着がわきますよね。
例えば、人生がうまくいっているように見える人と会っても個人的には興味を持てませんが、そういう人が失敗している姿を見ると“人間らしいな、可愛さがあるな”と感じるし、そんなときに人間としての距離の近さを感じます」
意識して自分の心の声を聞くようにしたい
──乳がん治療をへて今、精神科の漫画を描きながら考えることはありますか?
「取材などを重ねる中で、重めの精神疾患がある方は、“ありがとう”と“ごめんね”が言えなくなると気づきました。だからこそ、その2つの言葉は意識して使いたいし、自分の子どもにも大切にするように教えながら育てたいですね。
それと、私は無意識のうちに自分の気持ちを抑え込みながら我慢して頑張って、最終的に爆発してしまいがちなんです。頑張っている最中は、なぜか気づかないんですよね。
だから今の自分は(我慢をしないように)自分のやりたいことを大事にして生きているし、今後も自分の感情の声をちゃんと聞くようにしたいです」
──いま気になっているテーマは何ですか?
「医療とは異なるのですが、不思議なものだと感じているのは“女性の性”です。それと、今は実在のモデルがいるオリジナル作品を描いているので、漫画家としては、恋愛漫画などゼロから設定を考えてエンタメ作品を作る練習をもっとしたいです。メンタル関連では、何かを書く人限定の対話の会を開いてみたいと考えています。書く仕事をしている人は、いつもひとりで作業することが多いので、それぞれが考えていることや孤独感、悩んでいることを共有したいですね」
──書く人だけの対話の会、実施されたらぜひ私も参加したいです! 『こころのナース夜野さん』の今後の展開についても教えてください。
「今まさに、夜野さんが医療者の対話の会に参加するエピソードを描いています。ナースの夜野さんも精神病棟で働くうちに、自分の情緒をどのように安定させればいいか、悩むようになるんです。患者さんのこころについて言及されることは多いのに、その回復のために働く医療者のこころについて世間が目を向けることは、なかなかありません。そういった意味でも意義のあるエピソードにしたくて描いているので、いろいろな方に読んでいただいて、理解が進めばいいなと思っています」
(取材・文/若林理央)
【PROFILE】
水谷緑(みずたに・みどり) ◎神奈川県生まれ。2013年にKADOKAWA/メディアファクトリーの「コミックエッセイプチ大賞」を受賞。翌年、受賞作を『あたふた研修医やってます。』として書籍化し、デビュー。著書に『精神科ナースになったわけ』(イースト・プレス刊)『大切な人が死ぬとき』(竹書房刊)『32歳で初期乳がん 全然受け入れてません』(竹書房刊)など。現在、『月刊!スピリッツ』で『こころのナース夜野さん』(小学館刊)を連載中。
ホームページ→https://mizutanimidori.com/
Twitter→@mizutanimidori