頭の中の水槽に登場人物を入れると物語が動き出す
──村田さんご自身はどのように小説の構想を練っているのですか?
「私は展開を決めないで創作を始めるタイプの小説家なんです。
最初にイメージするのはいつも水槽です。私は人物設定のときに似顔絵を描くので、ある程度、人物の特徴が決まってから脳内の水槽に入れて、そのあとにもう1人、また1人と人物を作って入れて……なんとなく世界設定も思い浮かんでいるなら、それも水槽の中に入れると、あるときから自動的に物語が進み始めます。その様子をできるだけ誠実に書き留めて文章にします」
──“書いていると登場人物が自然と動き出す”とおっしゃる作家さんが時々いますが、それと同じような感覚ですか?
「まったく同じかどうかはわかりませんが、似ていると思います。自分の小説には、書き手を裏切ってほしいし、書き手が想像できないことが起きるといいなと思っています。主人公の似顔絵は何度も描き直しますし、そのたびにシーンも変化します。
子どものころからの書き方で、手を使うのが好きです。ノートも使いますし、一度書いたら印刷をして、紙に印刷された文章に手を使って、プリントした紙の裏側や、新しい白い紙も使いながら、シーンを書き加えていきます」
小説は教会、執筆は儀式であり“信仰”でもある
──村田さんの小説は読者の予想を覆す展開もすごいですよね。これは書いている最中に意識していますか?
「あまり意識したことはないです。もし読者の方にそう感じていただけることがあるとしたら、自分の頭が面白がる物語でないと最後まで書けないからだと思います。子どものころから小説を書いているとき、思いがけないところに引きずられて、連れていかれる感覚がありました。その予想外の感覚が、小説を書く大きな動機になっています。
私は自分の小説を教会のようなものだと感じています。小説を書くことはお祈りというか、ある種の儀式です。もっと言えば、小説を執筆することは、私にとっての“信仰”なのかもしれないですね。人間である自分と、小説を書いている状態の自分が分裂している感覚があるのですが、人間であるときには、“この人物を救いたい”などと思っても、小説は私のことを裏切りますし、それでいいと思っています」
──『コンビニ人間』以降、村田さんの著作は世界中で読まれるようになり、現在、村田さんや村田さんと同世代の女性作家の著作が次々に翻訳されていますね。
「英訳があると、どんどんとほかの言語でも翻訳をしていただけるようになり、現在は38の国と地域で翻訳されているとお聞きしています。とてもうれしいことですし、新型コロナが流行する前は海外に行って現地の作家さんや読者さんと交流する機会もいただけたので、私にとってのターニングポイントは『コンビニ人間』が英訳されたことでした」
独自の手法で小説を創作する村田沙耶香さん。
『コンビニ人間』の発表後、世界中で村田沙耶香さんの作品が注目され、現在も国内外を問わずたくさんの愛読者が村田沙耶香さんの小説を読んでいます。
インタビュー第2弾では、村田さんが人生のターニングポイントを迎えられたあとの心境やコロナ禍で感じたこと、新刊『信仰』についての思い、今後の展望について聞きました。
(取材・文/若林理央)
《PROFILE》
村田沙耶香(むらた・さやか) ◎1979年、千葉県生まれ。玉川大学文学部卒。2003年に『授乳』で群像新人文学賞優秀賞を受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、2016年『コンビニ人間』で芥川賞を受賞。著書に『マウス』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『変半身』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』、エッセイ集に『きれいなシワの作り方』『となりの脳世界』などがある。