新型コロナで「実験されているような感覚」を味わった

──『信仰』に収録されている短編はすべて2019年から2021年までに発表されたもので、新型コロナの流行によって世界中に不穏な空気が漂っていた時期と重なりますね。村田さんの生活や考え方に変化はありましたか?

誰かが世界中を対象とした大きな心理実験をしていて、自分も試されているのではないか、というような感覚になりました。例えば昨年、新型コロナによる制限が緩和されたとき、朗読ツアーでドイツ、スイス、デンマークをまわったのですが、つけるマスクの形が日本と違っていたり、道路や公園ではマスクをしていなかったりして、その国の情報や状況によって行動が異なっていました。

 自分も現地の状況に順応していたのですが、帰国したとたん、日本でみんながつけている形のマスクをきちんとつけて歩いている自分がいて。“自分の意思だと思っていたものは、実は違っているのかもしれない。環境で人は変わるし、自分に入ってきた情報にコントロールされている気がする”と、怖くなりました

──確かにいろいろな情報が目や耳に入ってきて、私も“この人が言うことだから大丈夫だろう”といった分け方をしていないかな、などと不安になることがありました。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が発令されていた時期は、どのように過ごしていましたか?

「以前はたびたび私の著作が翻訳されている国へ行って、現地の読者さんや海外の作家さんと交流していたのですが、それができなくなり、友だちを含め人と話すのはすべてオンラインになりました

 最近、ようやく喫茶店のテラスなど換気のいい場所を選んで、少人数で友だちと会えるようになって。そのとき、“直接、誰かに会うのはとても大切なことだったのだな”と気づきました」

海外の読者や作家と、英語でも交流したい

──今も世界中のファンが村田さんに来てほしいと願っていると思うのですが、今後、海外に行くご予定はありますか?

「今年は再びデンマークを訪れることができそうです。

 これは新型コロナの流行前からなのですが、海外の読者さんや作家さんとは英語で交流ができたほうが、感想をより詳しく聞いたり、創作についての深い話をしたりすることができるので、英語を学び続けています。

 英語圏以外の国でもスラスラと英語を話せる方が多いので、英語の勉強は今後も頑張りたいなと思っています」

──世界中の読者さんのことを大切に思われているのが伝わってきます。日本でも新作が発表されるたびに村田さんのファンが増えていますね。国内でこれからしたいことはありますか?

「私が書く小説はそこまで長いものは少なくて、いつか徹底して長編小説を書きたいと願っていたのですが、現在『すばる』(集英社の月刊文芸誌)で連載中の『世界99』が思いのほか長くなってきたので、この作品でその夢はかなえられそうです」

「まだ翻訳がされていない国にも行って、現地の方々と交流してみたいです」と明るい声で語る 撮影/高梨俊浩

書くことは仕事ではなく、私にとっての大切な“儀式”

──『世界99』は、ラロロリンDNAをもつ「ラロロリン人」という人たちへの、社会の態度のめまぐるしい変化が非常に印象的です。

「はい。今まで私が書いた中でいちばん長い小説になりそうです。『世界99』の完結後は、次に出版社さんとお約束している小説があるのでその執筆を始めて……と考えています。書く場をいただけるのはありがたいことです。一方で、もし小説が売れなくなっても、私は書き続けるつもりでいます。

 私はもともと、小説を書くことを仕事だとはあまり思っていないんです小説家として生計を立てられなくなったら、またコンビニなどでアルバイトをしながら書き続けると思います

──「著作が売れてほしい」というより、「自分が書きたい小説を出したい」という気持ちに近いのでしょうか?

「“出す”のももちろん私にとって大切なことですが、それ以上に、“作りたい”という思いが強いような気がしています。世の中に出す著作だけが自分の創作のすべてではなくて、頭の中で、とりとめのない物語もずっと作っています。頭を休めるために夜、物語を思い浮かべて展開させると、なんだかとてもリラックスして寝ることができるんです。

 自分がおばあさんになったときの理想像でもあるのですが、想像の世界でこの物語を作り続けながら年を重ねていきたくて。誰にも読まれない物語も、私にとって大切なものです」

──今や村田さんの小説はいろいろな国で読まれ、アメリカの文学賞にノミネートされるほど世界的な評価を受けていますが、村田さんの小説を執筆するときの思いはずっと変わらないのですね。

「子どものころからずっと、小説を書くことを大切な“儀式”のようにとらえていたので、たぶん10年後、20年後も変わらず小説を書き続けていると思います。こののんびりとした感じをずっと保っていたいですね」

村田さんのさまざまな作品に触れられることを、今後も心から楽しみにしています! 撮影/高梨俊浩

(取材・文/若林理央)


《PROFILE》
村田沙耶香(むらた・さやか) ◎1979年、千葉県生まれ。玉川大学文学部卒。2003年に『授乳』で群像新人文学賞優秀賞を受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、2016年『コンビニ人間』で芥川賞を受賞。著書に『マウス』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『変半身』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』、エッセイ集に『きれいなシワの作り方』『となりの脳世界』などがある。

『信仰』(村田沙耶香著・文藝春秋刊) ※記事中の写真をクリックするとアマゾンの商品紹介ページにジャンプします