私たちは毎日のようにスマホやパソコンを使い、当たり前のようにさまざまなウェブサイトを目にしています。使いやすいサイト、見やすいサイト、洗練された動画や画像、幻想的なグラフィックを使ったおしゃれなサイト……、このようなサイトを制作しているのがWebディレクターというスペシャリストです。でも、Webディレクターって、どんなことをするお仕事なのか、ご存じですか?

 あなたのお気に入りのサイトは、どのようなプロセスを経て作られているのでしょう? 知っていそうで実はよく知らないお仕事のこと、“フムフムハローワーク”がご案内します。第1弾(全4回)はタグチマリコ(田口万里子)さんにご登場いただき、Webディレクターというお仕事について教えていただきます。

◎第1回:【Webディレクター#1】「こんなウェブサイトを作りたい」という願いをかなえるお仕事です
◎第2回:【Webディレクター#2】デザイナー、エンジニアのポテンシャルを引き出すのが優秀なディレクター

代わりがいくらでもいる仕事。だから自分のアイデンティティを出せる人が伸びる

──Webディレクターになるには、どのような勉強が必要ですか?

専門学校などで学ぶという手もありますが、ウェブの成り立ちを勉強したからと言って優秀なWebディレクターになれるわけではありません。繰り返しになりますが、いちばん大事なのは何だかんだ言って“コミュニケーションと顧客折衝”ですから

──予算と作品のできばえとの釣り合いが取れる“落としどころ”を見つける交渉術ですね?

「はい。提示された予算が思っていたほどではなかったとき、それではできませんと突っぱねるのは簡単ですが、提示された予算内でクライアントとクリエーターの双方が納得できるものを作るにはどうしたらいいかを考え、提案し、ご理解いただくネゴシエーション(交渉)能力です。

 わたしの経験から言わせてもらうと、接客業や営業をしていた人がウェブの知識をつけてディレクター職に就いたほうが、結果としていい仕事をしているケースが多いんですよ。コミュニケーション力が高いので、クライアントの理解を得やすいんです」

──新人のディレクターでも、この子は伸びるなというのはわかりますか?

「すぐにわかります。人の言っていることを、常にいい意味で疑っている人は伸びます。真に受けない。それはつまり、ウェブサイトを使って、何らかの目的を達成したいクライアントの要望や意向の本質を理解しようとする姿勢の表れだからです

──わかったふりがいちばん良くない?

「というか、IT業界って、クライアントがウェブサイトを作りたいと言ったら、『わかりました、作りましょう。うちにお任せください』と二つ返事で引き受けるWebディレクターが多いんですよ。そういう人を見ると『だめでしょ!』って思っちゃうんですけど(笑)。

 クライアントの意向を汲(く)む、要望に応えるのはとても大事です。でも、クライアントが提示した予算で、折衝もせずに言われたとおりに作って、言われた期限に納品して……、“それでクリエーターと言えるの?”って思うんですよね。

 クライアントがウェブサイトを作りたいと言ったら、『どうして作りたいんですか』と聞くのが普通だと思います。それがコミュニケーションの取っかかりじゃないですか。理由を聞いて、『なるほど、そういう理由なら、もっといいプランがありますよ』と提案をしたいですよね。でも、そういう大事なことをすっ飛ばしちゃう。それだけの予算をご用意いただけるのなら、もっとビジュアライズできます、もっと機能的にできますよ、何ならウェブページじゃないことにもっと予算をかけたほうがいいですよ、と胸を張って提案するのも顧客折衝の1つです。

 クリエーターというのはありきたりなことに満足できなくて、常々何かにトライしたいと思っている人たちですから、ルーティンワークに埋没していたらいい仕事はできないと思うんですよね。言い換えるなら、二つ返事で『わかりました、作りましょう。うちにお任せください』と言うだけなら代わりがいくらでもいる業種なので、自分らしさ、アイデンティティを出せる人が伸びる世界だし、いい仕事をするんです

資格はいらない。必要なのは「いいものを作るんだ」という強い気持ち

──Webディレクターを目指すなら、ITパスポート(独立行政法人情報処理推進機構が実施している資格試験。国家資格)などの資格を取得していたほうがいいのでしょうか?

ITパスポートを解説しているサイトを見ると“就職に有利”とか、いろんなメリットを紹介されてますが、わたしは特に必要性を感じていません。士業などと違って、Webディレクターになるのに資格が必要ということはないし、制作の現場でWebディレクターに求められるのは、やっぱりウェブの知見、顧客折衝とコミュニケーション能力なんですよ。

 独学でウェブを学ぶ人もいるし、専門学校に通う人もいます。ITパスポートのような資格試験の勉強をして知識を深めようとする人もいます。でも、学校で習うのは点でしかないんです。その点と点を結んで線にして、さらにその線を長く太くするのって現場での経験なんですよね。

 わたしはデジタルハリウッド(クリエーターを養成する専門学校)の卒業生ですが、通い始めたのが23歳のときだし、そもそも中学のときから不登校で、3年間のうち半分くらいしか行ってません。高校も通信制だったんですよ」

タグチマリコさんのプロフィール
2003年(9歳)ウェブサイトの作り方を覚え、オンラインゲームで遊んでいたメンバーのコーポレートサイトを作成。
2006年(12歳)小学6年生の夏の自由研究で、マイコンを使いハムスターの運動量を測定する→後にそれがIoT(Internet of things:モノのインターネット)の概念だと知る。
2007年(13歳)中学1年生でCMSのデザインテンプレートや素材を作り、販売を開始。
2011年(17歳)通信制の高校で学びながらフランチャイズ展開する飲食店でアルバイト。関東全店のウェブサイト、店舗内装、制服、メニューのデザインを手がける。
2012年(18歳)商業モデルを経験するが、撮られるより撮るほうに興味を持ち、そのままアシスタントカメラマンに。
2013年(19歳)ウェブ制作の職業訓練校に通うが2か月で中退。
2015年(21歳)BtoBtoCサービスの企業でウェブコンテンツの校正・校閲に従事し、公用文や景表法、特定商取引法を学ぶ。
2017年(23歳)デジタルハリウッド入学。UI/UXコースを専攻するが卒業制作ではVFX作品を制作。
2018年(24歳)卒業制作を見た制作会社からスカウトされ、デザイナー・ディレクターとして入社。
2021年(27歳)制作会社を退職。起業してベンチャー企業の共同代表・CXO(執行役員)に就任。
2022年(28歳)共同代表を退任。新たなベンチャー企業に参画。

──中学1年生でCMS(コンテンツ・マネジメント・システム:ウェブサイトを作成する際に必要な情報などを管理・保存するシステム)のデザインテンプレートを作って販売してたって、すごいですね。不登校だったとのことですが、ずっとインターネットばかりやってたんですか?

「決まった時間に学校に行って、ぎっしり詰まった時間割どおりに勉強して……、というカリキュラムにどうしても馴染めなかったんです。ネットもやってましたが、“勉強なんて家でもできるじゃん”と思って、自宅で勉強してました。そういう子どもだったんです

──ウェブ制作の職業訓練校に通いますが、わずか2か月で辞めています。

あのときは、“いまさらこんなことをやるの?”と驚いちゃったんです。わたしからすればものすごくレガシー(時代遅れ)なことを教えてるし、どうしてみんなはこんな古いことを一生懸命に勉強するんだろうって。最初は我慢してたんですけど、2か月が限界でした」

──いろんなことに興味を持たれてますよね。カメラに興味を持ったり、映像に興味を持ったり……。

「ふらふらしているように思われるでしょうけど、わたしは“面白いものを作りたい”“美しいものをかたちにしたい”という気持ちが強くて、そのときそのときで興味を持ったことに熱中してただけなんですよ。“これ面白い”と思うと、どんどん入り込んじゃうタイプなんです(笑)。

 わたしが興味を持ってトライしてきたことを結んでいったら、たまたまディレクター職にたどり着きました。それで、“これは組織での制作を体系的に学ぶ必要があるな”と思ってデジタルハリウッドに行くことにしたんです」

──もともとWebディレクターを目指していたわけではなく、興味を持ったことが全てWebディレクターという仕事につながっていた?

「そうですね。そういうことを言うと、真剣にWebディレクターを目指している人たちに怒られちゃうかもしれませんけど」

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 プロフィールをご覧いただいてわかるように、デジタルネイティブ(生まれたときからインターネットが身近にあって慣れ親しんでいる世代)の中でも、タグチマリコさんはかなり早熟な子どもでした。と同時に、長じた現在では“知る人ぞ知る”ウェブ業界のスペシャリストです。次回はIT業界の未来とWebディレクター、クリエーターが秘めている才能の開花のさせ方について語っていただきます。

◎第4回:【Webディレクター#4】真剣に仕事と向きあえば、“出世魚”のように成長していく(8月14日18時公開予定)

(取材・文/降旗学)