コロナ禍で気づいた“つながりの大切さ”。新しいことは何でも試し道を切り開く

 だが、こうして万事、順調に進んでいたころ、コロナ禍に突入する。営業を自粛し、今後を憂(うれ)いていたある日、付き合いのあった農家から「賄(まかな)いにでも使ってください」と野菜が届いた。多くのレストランが自粛してしまい、収穫しても売るところがない。ゆえに、高級な食材を廃棄するしかない生産者も多かったのだ。

その一件で“これまで支えてくれた生産者との関係を大切にしたい”という気持ちが強くなり、店で使ってきた生産者さんの食材を取り寄せ、家庭で食べられるフランス料理のコースを箱に詰めて『ラペBOX』と名づけ、通信販売を始めました。生産者とともに、コロナ危機を乗り切ろうとしたんです。『ラペBOX』の販売を常連客にSNSで告知したら、すぐに完売。その後、購入者の方がInstagramで『ラペBOX』を美しく盛りつけた写真をアップしてくださったことで、どんどん広まっていきました」

 ボリュームを多めにし、2日間楽しめるコース料理を提供したこともある。本格的な味ながら、湯せんや電子レンジで温めるだけで気軽に食べられる簡易さも人気を博した。

「生産者さんやお客様、多くの方々に支えられてやってこられました」と力強く語る 撮影/佐藤靖彦

 しかし、コロナ禍では、別の問題にも直面していた。食事中はマスクをとるため、どうしても飛沫感染のリスクが発生してしまう。メディアの煽(あお)りもあり、世間的に、飲食店=悪に近いイメージがついてしまい、多くの人が飲食業を去っていった。いまや人手不足の業界になりつつあるという。人離れを止める手立てはあるのだろうか?

「難しいところですが、“若い世代にチャンスを”と思って'21年、日本橋に、うちで8年働いていた2番手に任せる店『平ちゃん』を出しました。フレンチの技術を使いながら、おでんのコースを出すおでん屋です。普通のことをやっていても前に進めない状況下なので、SDGsを取り入れたり、クラウドファンディングをしたりと、新しいことはなんでも試しました」

『平ちゃん』では、おでんの出汁をゼリーやシャーベットにしたり、つみれをフランス・リヨンの名物料理・クネル風にしたりと、フランス料理の技術を取り入れた、ここでしか食べられないイノベーティブなおでん懐石を楽しめるという。メニューには、前述の“MSC認証水産物"も導入している。松本シェフは、海の未来を考える料理人チーム『Chefs for the Blue(シェフスフォーザブルー)』の創設メンバーであり、'17年から水産資源の持続性改善を目指す啓発活動を続けてきた。

「日本近海の水産資源が減少し続けていることに危機感を持ち、“MSC認証水産物"を扱うために必要な『CoC(Chain of Custody)認証』を取得しました。サステナブルとひと言で言っても一般の方にはピンとこないと思うので、メニューに“MSC認証水産物”のロゴを入れることでわかりやすくしています

 松本シェフは、食を媒介としてさまざまな人と関わり、フランス料理を通じて食の喜びを伝えていきたいと考える。「いつも穏やかな心を持って、人と人との温かなつながりを大切にしたい」。店名を、フランス語で「平和」を意味する『La paix(ラペ)』と名づけたのも、そんな思いからだという。ラペと松本シェフ、そして食の明るい未来に期待したい。