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【声のお仕事】羽佐間道夫さん#4「山寺宏一は陰で相当努力している、林原めぐみは吹き替えも抜群にうまい」

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羽佐間道夫さん 撮影/近藤陽介
目次
  • 声優という職業が侮蔑されていた時代
  • いつの間にか、若手と思っていた山寺宏一まで60歳になっていた
  • 声優業界は高いレベルで後進が育っている。そんな彼らに学ぶことも多い
  • もう一度、人生を与えられたら

『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』など、アニメ作品の劇場版が立て続けにヒットを飛ばしています。そして、作品に負けない人気を誇るのが、登場人物たちの“声”を担当する声優です。洋画に日本語の声をあてる“吹き替え”も、声優の大事な仕事の1つ。ベテランになると、ほとんど専任のようなかたちでハリウッド俳優の声を担当します。

 羽佐間道夫さんも、そんな声優の1人です。インタビュー最終話(第4回)では、声優界の次代を担う後輩声優や、ご自身のこれからについて話してもらいました。

第1回:【声のお仕事】羽佐間道夫さん#1「白黒テレビの時代は字幕が読みづらかった。だから吹き替えが始まったんだよ」
第2回:【声のお仕事】羽佐間道夫さん#2「シルベスター・スタローンの獣のような声を出すために、わざと喉をからした」
第3回:【声のお仕事】羽佐間道夫さん#3「アドリブのやりすぎで監督と口論。それで番組を降板したこともあったね」

声優という職業が侮蔑されていた時代

今でこそ声優は人気商売ですけど、ぼくが洋画の吹き替えを始めた頃というのは、侮蔑されるような視線があったんだよ。吹き替えの仕事があって劇団の稽古場を抜けようとすると、“どこに行くんだ”と演出家に聞かれる。“ちょっと……”と答えて、少し詳しい話をすると、“どうして、そういうところへ行くんだ”と嫌な顔をされたものです

──舞台一筋の人にとっては、“そんなアルバイト的な仕事はしない”ということですか?

「そうです。むしろ、そういう人のほうが多かったし、なんだか、彼らのほうが立派に見えてね。ぼくは罪の意識を背負いながら声優の仕事をしていました。とは言っても、ぼくも家族を養わなくてはいけなかったし。途中からは吹き替えの仕事が激増して、引っ張りだこになりましたけどね。

 当時はまだ声優の仕事そのものがまだ知られていなくて、『コンバット!』(※1)のキャストやスタッフで旅行に行ったことがあるんですが、宿に着いてみると伝えておいたはずの団体名“TBSコンバット様御一行”という看板がない。女将(おかみ)さんに聞いても“そんな予約は受けてない”と言う。予約を入れたのはぼくだったから、弱ったなと思って、何気なく脇にある看板を見たら、“テベス・ゴムバンド御一行様”と書いてあったの。違うよ、“テベス”じゃないよ、“TBS”だよって(笑)」

(※1)『コンバット!』:アメリカで1962年から放送された戦争人間ドラマ。第二次世界大戦時のヨーロッパ戦線を舞台に米陸軍小隊の姿を描き、世界的に大人気となった。

「当時は洋題に慣れていなかったというのもあったかもしれないけど、声優も吹き替えも、そのくらい認知されていなかったんだろうね。それが、今は全然違いますから。ファンの数は比べ物になりません。アニメの人気声優なんか、スタジオから出ると出待ちの人がたくさんいて“わぁー!”となりますからね。ぼくの頃は、そんな黄色い声がかかるのは、野沢那智(※2)くらいしかいませんでしたよ

(※2)野沢那智(のざわ・なち):声優、ラジオパーソナリティー。俳優ではアラン・ドロン、ロバート・レッドフォード、ジュリアーノ・ジェンマ、アニメでは『エースをねらえ!』の宗方仁コーチなど、“二枚目俳優”の吹き替えで知られる声優界の大重鎮。2010年没。

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