1986年、39歳でのデビューから現在まで「ひとりの生き方」をテーマに、多くの著書を発表してきたノンフィクション作家の松原惇子さん。松原さんが愛してやまない猫たちとの思い出と、猫から学んだあれこれをつづる連載エッセイです。
第6回→グレちゃんと帰った実家は野良猫たちのワンダーランド! “利口な猫”チーちゃんを可愛がる母との同居生活
第7回
ある日、わが家は“老人”ばかりなのに気づく。1階の住人の母は90代の老女、そこに通ってくるチーちゃんは14歳ぐらいなので人間でいえば70代前半だ。そして2階の住人のわたしは70代の老女、その連れ合いのグレちゃんは当時10歳ぐらいだったので人間にすると50代後半か。しかも、人間や動物だけではなく、家まで老いているときた。ああ、年月が経つのはなんと早いのだろう。忙しく暮らしているうちに、家も住人も古びてしまった。もしかして、わが家は日本の高齢化社会の見本のような家なのかもしれない。
マンションを手放すとき、占い師に言われた言葉
実は、突然の漏水問題(第5回参照)から目黒のマンションを手放すとき、知人の紹介で中国の有名な占い師に見てもらう機会を得た。いつもは決断の早いわたしなのに、このときばかりは、実家に避難していいものか、それとも漏水に耐えて、目黒駅近くのこの大好きなマンションに留まるほうがいいのか、相当迷っていた。というか、結論は出ていたが誰かに背中を押してもらいたかった。「売却して引っ越したほうがいいですよ。漏水の家に住み続けていたら運気が下がりますよ」と。
ところが、占い師の口から出た言葉は予想外だった。目黒のマンションは人を呼ぶ運気のいい住まいなので引っ越さないほうがいいと言うのだ。理由は、古い家、古い人、猫は、運気を下げると。言われてみれば、埼玉の実家は、何もかもが古い。古い家、老いた母、老いた野良猫。そして、占い師は「もし、引っ越すなら新しい家にしなさい」と。更にペットを飼うなら猫ではなく犬だと言うではないか。なんて失礼なことを言うのか。あんなに美しいグレちゃんを貧乏神のように言うなんて。
理由は、犬は人を元気にするが、猫は人を内向的にすると。これからも発展したかったら犬にしなさいと。犬も好きだが、犬を飼うのは現実的ではない。だって、かわいいが、わたしにはちょっとしつこすぎる。それって、若くない証拠か。ああ~~老いるのはいやだあ~~。
若いころは、自分の未来が知りたくて「いつ結婚できますか」とか「この仕事、合っていますか」と占い師に見てもらったものだが、大人になってからは一度もない。
今回の引っ越しは、それほどまでにためらいがあったのだ。しかし、そこまで言われても、引っ越しを決断したのは、ただ単に漏水問題から逃げたかったからだ。それだけだ。後先のことを考えずに行動するのは、わたしのいい点でもあり悪い点でもあるが、そんな分析をしている暇はなかった。
「ねっ、グレちゃん。猫のことを悪く言う占い師なんかマミーは信じないよ!」グレはマミーのことなどお構いなしに、好きな場所でくつろいでいる。占い師を紹介してくれた友人は責任を感じたのか、引っ越し祝いに犬のぬいぐるみをプレゼントしてくれたのには、思わず笑ってしまった。その犬がこれだ。
主婦の鑑でおしゃれな母だが、同居してから見る目が変わった
それでは、話がそれたが、ここで、わが家の老女を紹介します。
母・かねこ──大正14年生まれの専業主婦。一度も働いたことはないが主婦の鑑。いつも掃除が行き届いていて家の中はピカピカ。また料理の腕は特に素晴らしくて、若い時から浅草、上野の名店で、舌で覚えた絶品の味つけ。またまた、おしゃれも半端じゃない。若い時からモダンガールだったので、帽子に革靴を履いているような人だった。老いた今でもそのセンスは光っていて、どこに行っても「あら、素敵ですね」と声をかけられるので、お出かけが大好き。
そんな母を同居する前は尊敬していたが、同居してからは見る目が変わり、「自分のお金じゃないから高い洋服を買っても平気なのよ。あなたって浪費家ね。まあ、いい身分ですこと」といじわるな見方をするようになった。
更に、母の年金の額を知るともなく知ったときは、自分のわずかな国民年金と比べ卒倒しそうになった。
汗水たらして働いているわたしと、いい夫と結婚して一生安泰の母。わたしたち母娘は同じ女性でも真逆の人生。だから、話が合うわけがない。
*第8回に続きます。