過剰なトレーニングを繰り返すことで、回復しないまま疲れが蓄積し、慢性の疲労状態になることを「オーバートレーニング症候群」と呼ぶ。
トレーニングは続けることが大切。オーバートレーニングに陥らない“ほどほど”こそ、長く続けるための王道だが、フィットネス上級者はどうすれば……?
#1に続き、この分野の第一人者で「長崎内科クリニック」「ドクターズフィットネスNASA」両院の院長を務める長崎文彦医師(※崎はたつさきが正式表記)に話を聞いた。
【#1→「毎日走らないと不安」「練習しているのに記録が落ちる」まじめな人は要注意の“オーバートレーニング症候群”とは? 医師が解説】
筋肉は「赤筋」「白筋」の2種類がある
長崎先生はまず、筋肉について知っておくことが大切だと語る。
「筋肉には長い時間動いても疲れにくいものと、瞬発的に強い力を出すものの2種類があることを知っておきましょう。前者の筋肉を赤筋、後者を白筋と言います」(長崎先生)
スポーツ選手が行うようないわゆる「筋トレ」は、白筋を鍛えるものが中心。スポーツで高いパフォーマンスを実現するには、競技中に爆発的な力を発揮してくれる筋肉を鍛える必要があるからだ。
「しかし、現代の実生活では、白筋はそれほど必要とはされていないし、ここを鍛えても健康にはつながりません。確かに白筋は短時間でカロリーこそたくさん消費しますが、活性酸素障害を招きますから、むしろ健康には害になりかねない」(長崎先生)
ちなみに、さまざまなスポーツを赤筋を使う「持久型」と、爆発的な力が欠かせない「瞬発型」の2つに分けると、持久型のスポーツ選手のほうが、寿命も長い傾向があると長崎先生。
筋トレは高齢者にも欠かせないトレーニングだが、健康第一に考えれば、#1で述べたような楽しみながらできるトレーニング、すなわち赤筋を鍛えるようなトレーニングを、ほどほどの量、比較的長めの時間続けるほうがずっといいとも語る。
とはいえ、「エアロビクスでもっと難しいクラスに上がりたい」「マラソンでの“サブスリー(フルマラソンを3時間以下で走り切ること)”を目指したい」など目標を持つ上級者もいることだろう。
「そうなると、これは“健康づくり”からは外れて趣味の領域。でもそれが生きがいならば、やるしかないし、やっていいと思います」(長崎先生)
フィットネス上級者はインターバルトレーニングを
健康のための軽いジョギングに慣れると、本格的なランニングに進みたくなり、ランニングができるようになるとマラソンに挑戦したくなり、さらにはもっと速く走れるようになりたいと思うのが人の常。
実は長崎先生、循環器専門医として以前より有酸素運動の効能に着目していた。それもあって、40代の中ごろにはトライアスロン(スイム1.5キロメートル、バイク40キロ、ラン10キロの計51.5キロのタイムを競う競技)に挑戦していた過去がある。
「私自身がトライアスロンにハマったことがあるので、もっと距離を走りたい、もっと速く走りたいという気持ちは十分に理解できます。一方でケガや身体の故障に遭い、弊害も経験しました。
向上心は進歩につながることもあれば、私のように落とし穴にハマる場合もある。ケガや故障を招かないためにも、上級者のトレーニングは工夫が必要です」(長崎先生)
長崎先生は白筋を鍛えたい上級者や長い距離を速く走りたい人には、インターバルトレーニングを推薦する。インターバルトレーニングとは、負荷の強い運動と弱い運動を交互に行うトレーニングのことだ。
「例えば速く、長く走りたいのなら、1分間早く走ったら、そのあと数分はゆっくりと歩く。これを何回も繰り返す。そうすると、白筋と赤筋の両方が育ちます。
インターバルトレーニングで避けるべきは、負荷の強いトレーニングをした後に休んでしまうこと。ゆっくりでも歩いているときには赤筋が鍛えられているんですが、実はこのとき、赤筋に接している白筋の疲れを洗い流してくれているんです。歩きを省くと、疲れが取れにくくなってしまう」(長崎先生)
このインターバルトレーニング、実施するならスケジュールもインターバルで。筋肉の回復は、トレーニングの負荷が高ければ高いほど時間がかかる。トレーニングはそれを考慮して日程を組もう。
「ベストは『強・弱・弱・強・弱・弱・休み』。月曜に負荷の高いトレーニングを行ったら、次の高負荷のトレーニングを行うのは3日後の木曜日に。1週間に1日は完全オフがあるスケジュールです」(長崎先生)
オフがあるとないとでは、筋肉の回復は大違い。「急がば回れ」はトレーニングでも同じ。オーバートレーニング症候群に陥らないためにも、適度に休みを取り入れながらのトレーニングを続けるようにしよう。
筋トレは重量よりも回数重視。“今日はもうやりたくない”と思ったら迷わずやめる
さて、メリハリのあるボディも、ほどよい筋肉があればこそ。そんな理由で最近、女性の間で筋トレが人気上昇中だとか。これに関しては、回数がキモであると長崎先生は言う。
「ジムなどでは、“8回ぐらいが限度の重量を上げなさい”と指導されることが多いようです。ですがこれは、動き始めの瞬発力が欠かせない白筋が必要な運動選手がすべき筋トレ。美しい身体を保ちたいのなら、白筋だけでなく赤筋も鍛えないと。
そのためには負荷は軽めで回数は多く、ゆっくり上げ下げすることが大切です。回数に関しては、20~30回がベスト」(長崎先生)
軽めの負荷で回数を多く上げる筋トレで、強くて持久力があり、さらには美しいボディラインを手に入れよう。
「筋トレもランニングもエアロビクスも、あるいは前述したインターバルトレーニングも、“今日はやりたくないなあ”と感じたら、疲れている証拠。その日はやめることも忘れないで」(長崎先生)
長崎先生によると、筋肉は怠け者で、トレーニングを1週間もサボると元に戻ってしまうという。言い換えれば、1週間以内にトレーニングを再開できれば、筋肉の状態は保てるのだ。
であれば、1日や2日の休息は決して悪いものではない。むしろしっかり休んで疲れをとってモチベーションを上げ、それからトレーニングを再開するほうがずっといい。疲れているのにやらなければならいないという義務感で運動するのはよくないことなのだ。
「健康も、スリムな身体も、高いパフォーマンスを発揮できる筋肉も、1日で作ることはできません。ほどほどのトレーニングを、飽きず、あきらめずに行うことが大切です。ときには休みつつ長く続けることで、望む状態を手に入れてください」(長崎先生)
(取材・文/千羽ひとみ)
〈PROFILE〉
長崎文彦(ながさき・ふみひこ)
循環器科専門医。「長崎内科クリニック」「ドクターズフィットネスNASA」両院院長。2004年に長崎内科クリニック開業。清水エスパルス・チームドクター(フィジカル担当)、日本サッカー協会・日本代表チーム(岡田ジャパン)のフィジカル・アドバイザーなどを歴任。現在は、ロアッソ熊本フィジカル・アドバイザー。自身がフルマラソンで4時間半、宮古島トライアスロンを13時間半で完走した記録を持つ。