1996年に発売され世界中でブームを巻き起こした「たまごっち」の生みの親で株式会社ワイプラス代表取締役社長の横井昭裕さんと、イノベーションをもたらす最強人材「うろうろアリ」という生き方・働き方を提唱するエッジブリッヂ代表の唐川靖弘さん。
おふたりに、会社の中でも仕事が楽しくなるヒント、新しいことを生み出すために必要な要素やチャレンジする際の心構えについて伺いました。(記事の前編はこちら)
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──今は、クリエイティブな発想やイノベーションを生む人がますます求められる時代ですよね。
唐川 もちろん会社の中では、普段から決まっている自分の役割や肩書きに合った仕事を間違いなく遂行することも重要ですが、プラスアルファで、これまで誰も見たことがない、経験したことがないことをやろうとするときは、手探りで一歩一歩進んでいくしかない。その過程で失敗もしますけど、失敗は痛い経験であると同時に学びがある。このへんまではやっても大丈夫なんだという手ごたえを得るためにすごく大事な学習の機会だと思います。
そういう意味で、うろうろすることで自分ならではの存在感を作ったり、チームや組織、会社に新しい価値を作る人は、これから非常に求められると思います。
横井 私がつくづく思うのは、商品企画は人を知ること。たまごっちもアイデアだけでは商品化できなかったでしょう。いちばん重要だったのは、バンダイの社内を説得すること。企画を実現するために、どの部署の誰に持っていったら企画に乗ってもらえるか、どういう言い方をすれば営業に協力してもらえるか、考える必要があった。担当者がどんな人か知らないと、的確なプレゼンができないわけです。さらには、ターゲットである女子高校生を知らなきゃ、彼女たちに受けるような変なキャラクターは生まれなかった。だからモノづくりは、ターゲットを知らないとできないし、企画に携わる人を説得しないと、実際は市場に並ばないわけです。
多くの場合、アイデアだけあっても、それで終わってしまう。「アイデアはいっぱいあるんだけど、みんなが認めてくれない」と、ただ不満を言っていても、商品が売り場に並ぶわけがないんです。ですから、コミュニケーション能力は本当に大事だと思っています。
唐川 人を知るという意味では、自分の環境の周りを知ることも必要だと思います。別の角度から言うと、環境のせいにしない。世の中には、特に新しいことをやろうとすればするほど、うまくいかないことがたくさんありますよね。そうすると、その理由を世の中や会社といった外に向けがちで、楽なんですが、それをやってしまうと結局、自分がいつも環境に支配されているとか、環境が整わないと何もできないと思うことになってしまいます。
でも、そんなパーフェクトな環境など存在しないので、いつも主体は自分で、自分が変われば身のまわりが変わるという意識を持つことが大事です。自分がアクションを起こして情報さえ集まれば、今まで説得できなかった上司も変わっていくのではないでしょうか。
横井 最近、ある企画書を部下に持って行かせたときに「企画は通りませんでした」と帰ってきたので、なぜ企画が通らなかったのか聞くと「わかりません」と答えたんです。それでは、企画は絶対に通りません。企画が通らない原因はまず、その企画がつまらない。または、企画は面白いが持っていった相手が悪い。あるいは、持っていった相手はいいけれど、その上司が反対している。いろいろ考えられます。
企画が悪いなら練り直す。行くタイミングが悪いならタイミングを変えて行く。もし上司が反対しているんだったら私が行く。その原因を追求しないといけないんです。
仕事、私事、志事……3つの「しごと」
唐川 僕は企業でコーチングをする中で、よく感じることがあります。日本企業は、成功した人を真似(まね)ることを考えがちで、ビジネスも欧米のある会社が成功したところを上澄みだけすくい取って真似るようなアプローチをやって大失敗することがあるんですが、なぜ失敗したのかを突き詰めて考えることも必要だと思うんです。
どう成功したかを考えるのも必要ですが、どうやったら変な失敗をしないのか、失敗からどう学んで少しずつ方向修正できるのかを考えるということも重要です。どうやったら「うろうろアリ」になれるのかも大事ですが、どうやったら働きアリ的な発想から抜け出せるのか、ちょっと違う角度から考えることも大事だと思います。
横井 言われたことをやる働きアリではなく、自分で判断する力のある働きアリになってほしいですね。自分の頭で考えていない人は過去の事例にとらわれて判断するけれど、それではダメ。僕はウィズの社員にもアイデアマンであれと言っていました。アイデアマンというのは、別に企画だけじゃない。経営の人間も財務の人間も全部アイデアマンでないといけない。
昨日の続きは明日じゃないし、明日の続きは明後日じゃない。とにかく同じことをするな。日々進化しようとする精神は、ものすごく大事です。
唐川 会社も働きアリが自分の考えを持ってうろうろすることを求めていると思います。経験やスキルを身につけたうえで言うからこそ聞いてもらえることもあるでしょうが、これまで会社では十分に表現してこなかった、自分の中にある多様性を感じさせることで聞いてもらえることもたくさんあります。
だから僕は自分が仕える「仕事」と、個人の情熱などの「私事(しごと)」、そして社会に対する目的意識などの「志事(しごと)」という「3つのしごと」を組み合わせることで、新しい仕事に対するやり方はいくらでも工夫できて楽しいものになると感じます。
横井 私は中学時代から焼き肉店でアルバイトしていたんですが、最初に皿洗いをやらされてつまらなかったんですよ。そこで、今日は10分間で20枚皿を洗ったら、次の日は10分間で25枚洗うというように、自分の中でゲームにしたんです。
そうやって早くなると、周りの人が頑張っていると勘違いしてくれるんですね。仕事だけど、自分の目標を作ってそれを達成していると、一生懸命やっているように見える。つまらないから、いかに面白くしようかを考えると、結果的に面白くなってくるんです。
アリのように一歩ずつ変わっていくこと
──自分の頭で考えなきゃいけないと思うと大変なことと感じてしまいますが、「つまらないことを面白くする」と考えると、前向きな気持ちになります。おふたりのように新しい発想やイノベーションを生むために、日々の過ごし方のヒントを教えてください。
横井 どれだけアンテナを張るか。いろいろなことに興味を持つことは非常に大事。単純ですけれど、そういったものを常にどうやったら面白くなるか考えると、将棋で先の手が読めるような感じで見えてくるんですよ。車の運転も最初はこれがハンドル、これがブレーキ、これがアクセルと習いますが、慣れてきて運転できるようになると、人が飛び出した瞬間に、これがハンドルなんて考えずに、反射的にブレーキを踏みますよね。それと同じことで、訓練すると情報が回ってきた瞬間に組み合わせたものがポッと浮かんでくる。僕は練習次第で誰でもできると思っています。
唐川 アンテナを張るということ、プラスの訓練ということともつながりますが、新しい行動を取り続けることですね。どうしても人間は経験を積んだり、会社で上の立場に行くと耳に痛い批判を聞かなくなってくる。自分の楽なほうに行きがちですが、だからこそ、あえて苦手なこととか、自分が今まで避けていたことにちょっとだけ一歩を踏み出してみる。新しい要素も取り入れながら、自分の物の見方や行動を変化させていくことを意識していくのが大事だと思います。
──どうしても歳を重ねると、アンテナを張るのもちょっと面倒、身体も動かしづらいなと思ってしまいがちです。
唐川 だからこそ、いきなり大きくガラッと変化するのではなくて、アリみたいに一歩一歩変わっていくのです。5年後にこうなりたいと思っても、いきなりその未来が現れるわけではありません。人間は勝手には変わらないので、こうなりたいというイメージがあるなら、本当に一歩一歩、一日一日歩き続けるしかない。
できることを継続してやり続けて、かつ横井さんがおっしゃったように、ちょっと遊びや工夫を入れることで、それが積み重なると、気づいたらとんでもない道に来ていたとか、たまたまいい方向にガラッと変わったということになると思うんです。大きく飛ぼうとせずに、毎日を大事にするということを僕は意識したいと思っています。
横井 チャレンジをするのは絶対大事。ただ、チャレンジする前に真剣にそのことについて考えてほしい。徹底的に考えて、最悪ダメだったらどうしようぐらいのところまで考えてやってほしいですね。ところが、ほとんどの人はやめちゃうんですよ。考えれば考えるほど失敗することを恐れてやらない人が99%じゃないですかね。
だから、考えに考えて、最後はバカになってほしい。最後だけ、ちょっとバカになって思い切って踏み込む。その踏み込み方もどっぷりでなく、ちょっと踏み込む。それがコツです。どっぷり踏み込んで失敗すると、立ち直れないでしょう。10踏み込まないで、1か2か3くらいまでなら、失敗してもなんとかなるじゃないですか。その3は失敗してもいいやと思い切らないといけないんですよ。
唐川 最近、書店に行くと、なんとかのコツとか、なんとかの法則とか、なんとかが何分で終わるとかノウハウ系ばかり。知識としては必要だと思うんですけど、自分の足で動いてみることが、これからすごく大事になってくると思いますね。
横井 あと、新しいことをやるときには、やることを絞らないほうがいい。100くらい面白そうなことがあったら、それを5か10くらいまで、少しずつやってみることが秘訣です。どの成功者もそういうやり方をしています。失敗する人は必ず絞ってしまう。ひとつにすべてを賭けて大滑りしてしまうんです。だから、絶対絞らないでチャレンジしてみる。そのときに大事なのは、さっき言ったように、ちょっとやってみることです。もちろん実力もですが運も大事。ただ、実力がないと運はつかめないので、実力を蓄えておいて運をつかみましょう。
(取材・文/西野風代)
《PROFILE》
横井昭裕(よこい・あきひろ) 1955年、東京都生まれ。中央大学経済学部国際経済学科を卒業後、’77年、株式会社バンダイに入社。キャラクター玩具、コンピュータゲーム、ファンシー雑貨など、幅広いジャンルの商品開発に携わる。’86年、自分の力を試してみたいと思い、株式会社ウィズを設立。玩具やゲームソフトの企画・開発を手がける。’95年に「たまごっち」企画を発案した“生みの親”。現在、株式会社ワイプラス代表取締役社長。
唐川靖弘(からかわ・やすひろ) 1975年、広島県生まれ。外資系企業のコンサルタント等を経て、米国コーネル大学経営大学院にてMBA取得後、同経営大学院で初の日本人職員として勤務。グローバル企業本社との共同プロジェクトとして、アジア・アフリカの新興国において貧困層向けのビジネス開発に実践的に取り組む。組織や社会で楽しくイノベーションを起こす人材「うろうろアリ」育成のためのメソッドをまとめた書籍『THE PLAYFUL ANTS』を2022年末に上梓。現在、エッジブリッヂ合同会社代表。