第2回目は、東京・日本橋にある創作フレンチ『La Paix(ラペ)』の松本一平シェフにご登場いただきました!
ベルギーで修業し東京で腕を磨く。サステナブルな季節のコースが人気
『La Paix(ラペ)』の松本一平シェフは、歴史ある老舗の並ぶ東京・日本橋で、18年にわたって新しいフランス料理を発信してきた。20年近くにわたる再開発によって、この界隈は伝統と革新を融合したトレンドスポットとなったが、2004年に松本シェフが料理長を務めることになったフレンチレストラン『オーグードゥジュール メルヴェイユ』(現在は閉店)のオープンに際しては、「この街は保守的。フランス料理なんて新しいことをやっても失敗するだけだよ」と反対されたという。その予想を覆(くつがえ)し、瞬く間に人気店となり、満席が続いた。’14年、『ラペ』を立ち上げ独立するときも、松本シェフは日本橋を選んだ。
「古きよきものを残しつつ、常に進化し続ける日本橋は、多様な文化を取り入れ、新旧さまざまなお店が共存しています。ここなら、日本から発信する新しいフランス料理を実現できるはず。自分の目指す店にふさわしいロケーションなんです」
和歌山県の実家は、関西風の白じょうゆを用いたクリアな出汁(だし)が自慢の懐石おでん屋だった。母の姿を見て自然と料理の道をめざし、奈良県の職業訓練料理学校で働きながら、住み込みで料理を学んだ。フレンチ懐石『Le Benkei』で修業をスタート。“お箸で食べるフランス料理”をコンセプトのひとつとした、和フレンチの先駆者的な店だった。そこで学んだ料理の見た目などの華やかさから、本格的なフランス料理の道に進むことを決心。東京・六本木にあるフレンチ『ヴァンサン』の城悦男シェフのもとでキャリアをスタートさせ、ギャルソン(ウェイター)やパティシエ、ソーシエ(主にソース作りを担当するシェフ)になるまでの5年間で、古典のフランス料理を習得していく。
「そんな折に、シェフの後輩からの紹介で、ベルギー・ナミュールにある1つ星レストラン『レッソンシェル』で修業する機会を得たんです。約100席もある人気のグラン・メゾンで、“とにかく人手が欲しい”と仕込みからパティシエの仕事に至るまで、なんでも任せてもらえました。ブリュレのようなデザートを料理に取り入れる新しい調理法などにも触れ、感性を磨くことができましたね」
1年ほどで日本に戻り、実家のおでん屋を手伝いながら、お店の営業時間前を利用してフレンチのランチを出していた。おでん屋でフレンチというギャップが評判を呼び、メディアでも頻繁に取り上げられ、人気店となる。
「そのまま和歌山でお店を出すことを考えていたんですが、“せっかく海外で修業までしたのに”と両親に反対され、東京に出て挑戦することにしたんです」
上京した松本シェフは、東京・麹町の『オーグードゥ ジュール』に2番手のシェフとして就職。2年後、前述したグループ店『オーグードゥジュール メルヴェイユ』に移り、料理長を10年務めた。
「ベルギーで働いていたとき、“日本人がどうしてフランス料理を学ぶのか?”と聞かれたことが、自分のフランス料理を見直す転機となりました。もっと日本を深く知り、日本の四季を色濃く反映させた料理を作るべきだ、と触発されたんです。それからは、日本人だからこそ作りあげられるフランス料理を追求し、生産者の声を聞いて、日本ならではの食材を探していきたいという思いでやってきました」
オーナーシェフとなった現在の店『ラペ』では、旬の食材にフォーカスした季節のコースを編み出した。フルーツの桃をふんだんに使用した「桃のコース」が大好評となる。夏には、“鮎”、秋には“栗ときのこ”、などテーマを決めて、コース自体をスペシャリテに仕立てた。漠然と「おまかせコースを食べに行こう」となるより、「“桃のコース”を食べに行こう」と思ってもらえるほうがリピーターを増やせると考えたからだという。
「実は、この桃のコースは、和歌山の生産者さんから廃棄する桃の話を聞いて、見た目は悪くても味が抜群な桃を、さまざまな調理方法で料理に使えないかと考えたことから生まれました。近年、SDGsの取り組みで、“フードロス”や“サステナブル”などの言葉をよく聞くようになりましたが、もともとフランス料理では、野菜のクズもうまく生かしたり、骨からも出汁をとってソースにしたりと、食材を余すことなく使うのが、ごく当たり前のことでした。
サステナブルな概念を取り入れたのは、桃だけではありません。農家さんと直接お話をして、規格外の野菜やほかのフルーツも仕入れ、メニューに取り入れています。また、“MSC認証水産物”(水産資源や環境に配慮した持続可能な漁業で獲られた水産物)、ASC認証水産物”(責任ある養殖により生産された水産物)も早くから導入しました」
これらの取り組みが認められ、’22年には、サステナビリティを積極的に推進するレストランに付与される、ミシュランの「グリーンスター」も獲得している。
コロナ禍で気づいた“つながりの大切さ”。新しいことは何でも試し道を切り開く
だが、こうして万事、順調に進んでいたころ、コロナ禍に突入する。営業を自粛し、今後を憂(うれ)いていたある日、付き合いのあった農家から「賄(まかな)いにでも使ってください」と野菜が届いた。多くのレストランが自粛してしまい、収穫しても売るところがない。ゆえに、高級な食材を廃棄するしかない生産者も多かったのだ。
「その一件で“これまで支えてくれた生産者との関係を大切にしたい”という気持ちが強くなり、店で使ってきた生産者さんの食材を取り寄せ、家庭で食べられるフランス料理のコースを箱に詰めて『ラペBOX』と名づけ、通信販売を始めました。生産者とともに、コロナ危機を乗り切ろうとしたんです。『ラペBOX』の販売を常連客にSNSで告知したら、すぐに完売。その後、購入者の方がInstagramで『ラペBOX』を美しく盛りつけた写真をアップしてくださったことで、どんどん広まっていきました」
ボリュームを多めにし、2日間楽しめるコース料理を提供したこともある。本格的な味ながら、湯せんや電子レンジで温めるだけで気軽に食べられる簡易さも人気を博した。
しかし、コロナ禍では、別の問題にも直面していた。食事中はマスクをとるため、どうしても飛沫感染のリスクが発生してしまう。メディアの煽(あお)りもあり、世間的に、飲食店=悪に近いイメージがついてしまい、多くの人が飲食業を去っていった。いまや人手不足の業界になりつつあるという。人離れを止める手立てはあるのだろうか?
「難しいところですが、“若い世代にチャンスを”と思って’21年、日本橋に、うちで8年働いていた2番手に任せる店『平ちゃん』を出しました。フレンチの技術を使いながら、おでんのコースを出すおでん屋です。普通のことをやっていても前に進めない状況下なので、SDGsを取り入れたり、クラウドファンディングをしたりと、新しいことはなんでも試しました」
『平ちゃん』では、おでんの出汁をゼリーやシャーベットにしたり、つみれをフランス・リヨンの名物料理・クネル風にしたりと、フランス料理の技術を取り入れた、ここでしか食べられないイノベーティブなおでん懐石を楽しめるという。メニューには、前述の“MSC認証水産物”も導入している。松本シェフは、海の未来を考える料理人チーム『Chefs for the Blue(シェフスフォーザブルー)』の創設メンバーであり、’17年から水産資源の持続性改善を目指す啓発活動を続けてきた。
「日本近海の水産資源が減少し続けていることに危機感を持ち、“MSC認証水産物”を扱うために必要な『CoC(Chain of Custody)認証』を取得しました。サステナブルとひと言で言っても一般の方にはピンとこないと思うので、メニューに“MSC認証水産物”のロゴを入れることでわかりやすくしています」
松本シェフは、食を媒介としてさまざまな人と関わり、フランス料理を通じて食の喜びを伝えていきたいと考える。「いつも穏やかな心を持って、人と人との温かなつながりを大切にしたい」。店名を、フランス語で「平和」を意味する『La paix(ラペ)』と名づけたのも、そんな思いからだという。ラペと松本シェフ、そして食の明るい未来に期待したい。
『ラペ』松本一平シェフのスペシャリテ
〜フルーツコースより〜 ※季節により、メニュー内容が変わります
◎カリフラワーのフォンダン、カニ、ウニ、パパイヤ、パッションフルーツ、トマトのゼリー添え
カリフラワーのフォンダンと蟹や雲丹の海の幸と組み合わせ、季節のフルーツ、トマトのゼリーともに爽やかに仕上げた。
たくさんのパーツが複雑に絡み合ってひとつのまとまりとなり融合していく、喉(のど)ごしのよい前菜。
◎鰻とイチジクのタルト仕立て
パイ生地の上に燻製をかけて焼いた鰻と、『福岡藤井果樹園』のフレッシュなイチジクをガトー仕立てに飾る。「山椒の代わりに何か使いたい」と、台湾のスパイス『マーガオ』を使用。
見た目もキュートな前菜で、鰻の薫香と甘いイチジクの香りと味わいが新鮮なニュアンスでマッチする。
◎甘とろ豚の低温のローストのキャラメリゼ、6種類のスパイスの香り、パイナップル添え
愛媛県の甘とろ豚にじっくりと火を入れ、クミン、コリアンダー、ごまなど6種類ほどのスパイスを加えたものをまぶしてキャラメリゼし、パイナップルのロースト、甘とろ豚のばら肉のコンフィーを添える。下には根セロリのピューレと黒にんにくのジュレソース。
黒にんにくのコクのあるソースが、甘とろ豚の甘みとスパイスを引き立てる。低温調理により水分を飛ばしたパイナップルがアクセントとなり、インパクトを与える。
連載第3回は、松本シェフのご指名で、東京・赤坂のフレンチ『アマラントス』の宮崎慎太郎シェフにご登場いただきます!
(取材・文/Miki D’Angelo Yamashita)
住所:東京都中央区日本橋室町1-9-4 B1F
電話:03-6262-3959
定休日:毎週木曜日
URL:https://lapaix-m.jp/
備考:「ランチ お任せショートコース」8250円(税込み・サービス料別、以下同)、「ラペコース 季節の旬な食材を使ったお任せフルコース」16500円