『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』など、アニメ作品の劇場版が立て続けにヒットを飛ばしています。そして、作品に負けない人気を誇るのが、登場人物たちの“声”を担当する声優です。洋画に日本語の声をあてる“吹き替え”も、声優の大事な仕事の1つ。ベテランになると、ほとんど専任のようなかたちでハリウッド俳優の声を担当します。
羽佐間道夫さんも、そんな声優の1人です。インタビュー最終話(第4回)では、声優界の次代を担う後輩声優や、ご自身のこれからについて話してもらいました。
第2回:【声のお仕事】羽佐間道夫さん#2「シルベスター・スタローンの獣のような声を出すために、わざと喉をからした」
第3回:【声のお仕事】羽佐間道夫さん#3「アドリブのやりすぎで監督と口論。それで番組を降板したこともあったね」
声優という職業が侮蔑されていた時代
「今でこそ声優は人気商売ですけど、ぼくが洋画の吹き替えを始めた頃というのは、侮蔑されるような視線があったんだよ。吹き替えの仕事があって劇団の稽古場を抜けようとすると、“どこに行くんだ”と演出家に聞かれる。“ちょっと……”と答えて、少し詳しい話をすると、“どうして、そういうところへ行くんだ”と嫌な顔をされたものです」
──舞台一筋の人にとっては、“そんなアルバイト的な仕事はしない”ということですか?
「そうです。むしろ、そういう人のほうが多かったし、なんだか、彼らのほうが立派に見えてね。ぼくは罪の意識を背負いながら声優の仕事をしていました。とは言っても、ぼくも家族を養わなくてはいけなかったし。途中からは吹き替えの仕事が激増して、引っ張りだこになりましたけどね。
当時はまだ声優の仕事そのものがまだ知られていなくて、『コンバット!』(※1)のキャストやスタッフで旅行に行ったことがあるんですが、宿に着いてみると伝えておいたはずの団体名“TBSコンバット様御一行”という看板がない。女将(おかみ)さんに聞いても“そんな予約は受けてない”と言う。予約を入れたのはぼくだったから、弱ったなと思って、何気なく脇にある看板を見たら、“テベス・ゴムバンド御一行様”と書いてあったの。違うよ、“テベス”じゃないよ、“TBS”だよって(笑)」
(※1)『コンバット!』:アメリカで1962年から放送された戦争人間ドラマ。第二次世界大戦時のヨーロッパ戦線を舞台に米陸軍小隊の姿を描き、世界的に大人気となった。
「当時は洋題に慣れていなかったというのもあったかもしれないけど、声優も吹き替えも、そのくらい認知されていなかったんだろうね。それが、今は全然違いますから。ファンの数は比べ物になりません。アニメの人気声優なんか、スタジオから出ると出待ちの人がたくさんいて“わぁー!”となりますからね。ぼくの頃は、そんな黄色い声がかかるのは、野沢那智(※2)くらいしかいませんでしたよ」
(※2)野沢那智(のざわ・なち):声優、ラジオパーソナリティー。俳優ではアラン・ドロン、ロバート・レッドフォード、ジュリアーノ・ジェンマ、アニメでは『エースをねらえ!』の宗方仁コーチなど、“二枚目俳優”の吹き替えで知られる声優界の大重鎮。2010年没。
いつの間にか、若手と思っていた山寺宏一まで60歳になっていた
──現在は、声優さん同士仲が良い印象があります。当時はどうでしたか?
「旅行するくらいですからね。時代は変わりましたけど、当時も仲はすごく良かったですよ。声優界は昔から上下関係があまり厳しくはありません。でも、若山弦蔵(※3)は、歳下とはあまり口もきかなかったかな。ぼくなんかは親しかったから“弦ちゃん、そこがいけないんだよ”とか軽い口調で話すんだけど、ショーン・コネリーを吹き替えているときのようなダンディーな低音をきかせて“バカ野郎、これでいいんだよ”って(笑)」
(※3)若山弦蔵(わかやま・げんぞう):『007』シリーズなどで知られるショーン・コネリーほか、数多くの吹き替えを担当した声優。落ち着いた低音域の声を生かしてラジオやナレーターとしても長く活躍した。2021年没。
「ぼくは若い人たちとワイワイやるのが好きだから、上下関係は特に意識しません。少し下の世代の大塚芳忠(※4)や堀内賢雄(※5)、大塚明夫(※6)とかとも、よく一緒に仕事をしているしね」
(※4)大塚芳忠(おおつか・ほうちゅう):1954年生まれ(68歳)。1980年代から吹き替え、アニメーションを問わず活躍を続ける声優。ジャン=クロード・ヴァン・ダム、ジェフ・ゴールドブラムほか多くの俳優の吹き替えを専任している。ナレーションの担当も多い。
(※5)堀内賢雄(ほりうち・けんゆう):1957年生まれ(65歳)。チャーリー・シーンやブラット・ピットなどの大物俳優の持ち役が数多いベテラン声優。アニメーションやナレーターとしても1980年代から現在まで絶え間なく多数出演を続けている。
(※6)大塚明夫(おおつか・あきお):1959年生まれ(62歳)。声優・ナレーターとして活躍中。吹き替えではスティーヴン・セガールやニコラス・ケイジなど。アニメーションではブラック・ジャックや『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のバトーなど、ダンディーな役が多い。故・大塚周夫は実父。
──そのお三方も、声優界では、すっかり大御所の域に入っていますね。
「そうか、ぼくのすぐ下の世代の声優は、いまやほとんどいなくなってしまったからね。彼らはぼくと年齢が近いように見えて、実はけっこう飛び越えているんです。みんな60代半ばから後半ですからね。古谷徹(※7)もそうでしょう。彼らの下が山寺宏一(※8)の世代になるのかな。山寺だってもう60歳を超えているけどね」
(※7)古谷徹(ふるや・とおる):1953年生まれ(69歳)。『巨人の星』の星飛雄馬や『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイなど、アニメーションの当たり役を数多く持つ人気声優。
(※8)山寺宏一(やまでら・こういち):1961年生まれ(61歳)。「7つの声を持つ男」といわれ、あらゆるキャラクターを演じきる人気声優。吹き替えではウィル・スミスやエディ・マーフィほか持ち役多数。アニメーション、俳優、ナレーター、ラジオパーソナリティーなど多彩に活躍中。
「今の若い声優には、うまい人がたくさんいます。ぼくなんかとてもついていけない。芸達者だし、器用です」
──エンターテインメントに慣れている感じですね。声の仕事はもちろん、歌ったり踊ったりする人も多いです。
「むしろ、そういったことができないと生き残るのが難しい時代になりました。山寺なんかあらゆる声を出してみせるし、歌もうまい。すごいよ。だけど、見えないところでは相当、練習をしているし、苦労もしていると思う。彼はぼくが設立に携わった俳協(東京俳優生活協同組合)で育った子だし、ぼくを慕ってやってきたから親近感もあります。“羽佐間さんの年齢を超えても続けるのがぼくの夢です”と言ってくれて、何かと声をかけてくれる。嬉しいよね」
声優業界は高いレベルで後進が育っている。そんな彼らに学ぶことも多い
「ぼくは今、ディズニープラスで放送されている『マーダーズ・イン・ビルディング』(※9)というドラマの吹き替えをしているんですよ。スティーブ・マーティン(※10)が久しぶりに連ドラを演じていて、すでにシーズン2に入っていますが、山寺と林原めぐみ(※11)とぼくがメインキャストでやっています」
(※9)『マーダーズ・イン・ビルディング』:アメリカで人気となったミステリー・コメディードラマ。同じマンションに住む3人のご近所さんが、マンション内で起こった殺人事件の謎に迫る物語。
(※10)スティーブ・マーティン:アメリカのコメディアン、俳優、脚本家、ミュージシャン。数々のコメディー映画に出演。映画『ピンク・パンサー』のリメイク版『ピンクパンサー』(2006年)、『ピンクパンサー2』(2009年)では主役のクルーゾー警部を演じており、吹き替えは旧作に引き続き羽佐間道夫が担当した。
(※11)林原めぐみ(はやしばら・めぐみ):1986年にデビュー後、数多くのアニメキャラクターを演じている声優。ラジオDJ、歌手、作詞、エッセイ執筆などでも才能を発揮。
「コロナの感染防止の意味でも、最近は声優が1人1人別録りすることが多いのだけど、これは3人が一緒に収録しているので、やっていてすごく楽しいです。山寺はもちろん、林原もうまい。彼女のうまさは始まってすぐにわかりましたよ」
──『らんま1/2』(※12)の“女らんま”や、『新世紀エヴァンゲリオン』(※13)の綾波レイなどで人気の声優さんですね。
「アニメで有名になったけど、吹き替えも抜群にうまいです。彼女とは今回初めて共演したと思っていたら、以前に共演したことがあったらしい。すっかり失念していたものだから“何を言ってるんですか! 前にもご一緒したことありましたよ。まったく、眼中にないんだから”と言われてしまいました(笑)。彼女とかけ合いをしながら収録をしていると、後進が高いレベルで育っているなと感じます」
(※12)『らんま1/2』:高橋留美子原作のアニメーション。1989年から3年半に渡り放送された。水を被ると女の子になる特異体質となってしまった格闘家修行中の高校生・早乙女乱馬をとりまくドタバタラブコメディー。林原は女の子状態の「女らんま」を演じた。
(※13)『新世紀エヴァンゲリオン』:庵野秀明原作・監督。1995年に放送され第3次アニメブームを作ったとされる名作。襲いくる謎の敵「使徒」に対抗するため、14歳の少年少女たちが巨大な汎用人型決戦兵器「人造人間エヴァンゲリオン」のパイロットになり立ち向かう。林原はエヴァンゲリオン零号機のパイロット・綾波レイを演じ、大変な人気となった。
もう一度、人生を与えられたら
「ぼくはこの先、どこまでやれるかわからないけれども、現在のところは元気にやれています。医者からは、“若いつもりでいるかもしれないけど、89歳だからね。無理はしないでよ”と言われていますけど(笑)。車椅子になったら引退かな。引き際はきれいにしたいから。でも、自分で自分を元気づけられるところは、ぼくのいいところだと思います。足腰だけは達者でいられるよう、毎日のようにジムにも通えていますし。
前回お話した竹本越路大夫さんは、いまわの際(きわ)に、“もう一生くだされ。ならば、もう少し前に突き進みますんや”と言って亡くなったそうです。すごい言葉ですよね。浄瑠璃の世界では“右にいずるものなし”と言われ、誰もがすべてを極めたと思っていた人が、“私にもう一度人生をください”と言うんだから。やはり、人というのは、ずっと追い求め続けると言うか、勉強し続けるものなのかなと思います」
──では、羽佐間さんにも、もう一生分くらい元気に過ごしてもらいましょう。
「いやいや、もう一生なんて無理です。しかし、声優として、人間の感情表現をもっと深みのあるものにしていけるよう、やれるところまでやっていこうと思いますよ」
(取材・文/キビタキビオ)
《PROFILE》
羽佐間道夫(はざま・みちお) 1933年、東京都生まれ。声優・ナレーター事務所ムーブマン代表。舞台俳優を志して舞台芸術学院に入学。卒業後、新協劇団(現・東京芸術座)に入団した。その後、おもに洋画の吹き替えの仕事から声優業に携わるようになり、半世紀以上に渡り第一線で活躍。『ロッキー』シリーズのシルベスター・スタローンほか、数々の当たり役を演じている。アニメーションやナレーターも多数こなす。2001年に第18回ATP賞テレビグランプリ個人賞(ナレーター部門)、2008年に第2回声優アワード功労賞、2021年には東京アニメアワードフェスティバル2021功労賞を受賞。自らプロデュースし、人気声優も出演するイベント「声優口演」の開催を15年にわたり続けている。