『さくらちゃんがくれた箱』『あたし、時計』など、定期的にTwitterで話題になり、多くの人に知られる漫画をいくつも作成してきた漫画家・小田桐圭介さん。会社員として働くかたわら、SNSや同人誌即売会を中心に作品を発表されています。
現在も新作『香夜たちの話』を連載している小田桐さんですが、実は緑内障を患っており、日に日に視野が狭まり、視力が落ちてきているそうです。漫画家の命とも言える視力を失いつつも、連載を続けることができるのはなぜか? 小田桐さんの漫画にかける思いを伺いました。
(小田桐さんの創作における考え方については、インタビュー第2弾で語っていただいています→大手出版社からの長期連載オファーを断った漫画家・小田桐圭介さん、自身が大事にする「生活と創作のバランス」)
緑内障で視力の半分以上を失うことに
──小田桐さんは緑内障で視力を失いつつあるとお聞きしましたが、現在の状況はいかがでしょうか。
「以前よりもかなり進行していますね。今はアナログ時計の6時から9時のあいだくらいしか視野が残っていないので、立体視がすごく苦手です。緑内障の影響で目の視神経がやられてしまうと、矯正しても視力が出なくなってしまうらしく、メガネをかけても見えづらくなってきました。今はメガネ込みでも視力が0.3ほどしかありません」
──かなり進行しているんですね……。
「はい、なかなか大変です。緑内障は治る病気ではなくて、今できるのは進行を抑えることだけなのですが、有効な治療法は眼圧を下げるくらいしかないんですよね。
これまでに、毎日の目薬以外にも、眼圧を下げて視神経の圧迫を軽減する手術を2回受けましたが、“正常眼圧緑内障”といって、眼圧に問題がなくても病気が進行するケースもあるんです。私の緑内障はそれだったようで、とにかく眼圧を下げる点眼もしているんですが、それでも日に日に進行しています。年齢を考えると、この進行はかなり早いそうです」
──それだと、もうほとんど文字が見えませんよね。
「そうですね。まず、視野が狭いせいで小説が読めなくなりました。漫画はギリギリ読めるって感じですかね。描くほうもアナログではもう無理で、タブレットで拡大しつつ、なんとか描いているという状況です。このまま進行すれば、そう遠くないうちに白杖(はくじょう)をつくことになるかもしれません」
──緑内障はいつから始まったんですか?
「それが、気づいたときには水平より上の視野がなくなっていたんですよね。それまで、見づらいなんてまったく思っていなかったんですが、メガネを新調するときに眼圧が高いことがわかり、視野検査をしたら見えなくなっていたんです。緑内障の怖いところは、自分で気づけるレベルのときはもう末期で、視野をすでに大きく失っているところなんですよね」
──では漫画も、あとどれくらい描けるかわからない……。
「そうですね。ただ、できる限り漫画は描き続けたいです。
緑内障が発覚したときはとてもショックで、“どうにか治療できないか”って、民間療法とかも調べていろいろとあがいたんですけど、だんだんと、“自分はそういう身体だったんだ”と受け入れられるようになってきました。今は精神的に落ち着いてはいますね」
──つらい状況ですね……。
「でもまぁ、こんな状態なので、なおさら漫画一本で生計を立てていなくてよかったなって思います。あくまで結果論ですけれど」
最新作『香夜たちの話』を完結させたい
──現在連載中の最新作『香夜たちの話』ですが、これまでの小田桐さんの作品とは違い、純粋な甘ずっぱい青春物語になっています。テーマを選んだ理由を教えてください。
「これは自分が描きたかったジャンルなんです。過去に『帰ってきた魔法使い』という作品で、心が温まるような優しいファンタジーにチャレンジしたことがあったのですが、COMITIA(同人誌即売会)に出したときにウケなかったんです。“小田桐圭介に求めてるのはこういうのじゃない”って」
──今までとガラリと雰囲気が変わってしまったから、ファンとのあいだでギャップができてしまったんですね。
「はい。ただ、いつか“人が死なない、とっぴでもない、優しい漫画をもう一度描きたい”って思っていたんです。求められているものを描かなきゃいけないという思いはありつつ、自分が描きたいものを描こうと」
──確かにストーリー性もこれまでと違いますし、そもそも、こういう長期連載自体が初めてですよね?
「そうですね。今までは短編作家って言われ続けてきたんですけど、その理由はCOMITIAで発表した漫画が、ぜんぶ読み切りの短編だからなんですよ。年4回しか開催されないイベントだったので、短編のほうが都合がいいんです。『香夜たちの話』も、最初は短編のつもりでした」
──そもそも連載にするつもりはなかったんですね。
「はい。『香夜たちの話』の第1話『幼馴染は可愛くなぁれ』を読み切りで出して、その次も短い恋愛ものを描こうと思いました。ただ、毎回キャラクターをガラっと変えるのも大変だし、世界観は共通にしようと思って、2作目で話し相手に香夜(『香夜たちの話』主人公)を出したんですよね。そうしたら、3作目の姫香と伊志原の話を描いたところで“これは、このまま続けたほうが面白くなるんじゃないかな”って思い、連載に切り替えました」
──そうだったんですか、面白い派生ですね。短編と長編で作り方の違いはありますか?
「特に違いはないですね。例えば、週刊誌みたいな長編連載だとページ数も決まっているし、話が面白くなかったらもう読まれなくなります。1話の中で、なにかしらの見せ場が必要になるんです。
でも私の場合は、自分の好きなページ数で好きなように話を描いているので、いわゆる“つなぎの回”があっても構わないんです。ストーリーは頭の中で完結しているので、ものすごい長い短編をぶつ切りで描いているイメージです」
──現在『香夜たちの話』はKindleで7巻まで発表されていますが、完結までは、あとどれくらいになるのでしょうか。
「まだまだ先になると思います。すでに頭の中に浮かんでいるストーリーを描くだけなんですけど、最後まで描くとすごいボリュームになってしまうんです。本当に数年先までかかる。そのときのモチベーションや環境、あと緑内障のこともあるので、ぜんぶ描けるかはわかりませんが、この作品を完成させることに力をいれたいですね」
──『香夜たちの話』の見どころを教えてください。
「回によって、出てくるキャラクターのタイプがそれぞれ違う作品です。姫香と伊志原は情念の強い2人、真琴と伊角は恋愛がヘタな2人、香夜と幼なじみの裕太は距離感が近い2人。タイプが違う2人組が、どのように進展して、どのような関係になるのかという、それぞれの性格だからこそ出せる物語のだいごみを楽しんでいただければと思います」
──最後に、小田桐さんの作品を楽しみにしているすべてのみなさまに、ひと言をいただけたらと。
「働きながらなので、更新がどうしても遅くなってしまい大変恐縮ではありますが、読み終わったあとには、幸せな気持ちになれる漫画にするつもりなので、お付き合いのほどよろしくお願い致します」
「視力を失いながらも、漫画を描き続けたい」
そんな思いを淡々と、しかし、胸に秘める情熱とともに、力強く答えてくれた小田桐さん。視力が続く、残り少ない時間で『香夜たちの話』の完結を目指し、今日もペンを執り続けます。
(取材・文/翌檜 佑哉)
【PROFILE】
小田桐圭介(おだぎり・けいすけ) ◎大学入学時から漫画を描き始め、同人誌即売会「COMITIA」などで販売。会社員として働くかたわら、2010年の秋に『月刊アフタヌーン』主催の漫画新人賞「アフタヌーン四季賞」で佳作を受賞。Twitterに漫画を投稿したことがきっかけで『あたし、時計』『さくらちゃんがくれた箱』といった短編作品がバズり、数年おきに注目を集めるロングヒットになっている。作品に『オダギリックス!小田桐圭介短編集』『香夜たちの話』などがある。
◎公式Twitter→@odagiri_keisuke
◎小田桐圭介著:『オダギリックス! 小田桐圭介短編集』Kindle版
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