コロナウイルスがいまだ猛威を奮い、外出や密になるのがまだまだはばかられる昨今。なのになぜか、フィットネスが空前のブームなんだとか。
このブームの背景にも、実は、コロナ禍があるという。仕事や学校が急速にリモート化。通勤や通学で出歩くことが目に見えて少なくなり、誰もが運動不足を自覚していた。
こんな私たちの懸念に、フィットネス業界も敏感に反応。「コンビニフィットネス」を自称する小規模で低価格な運動施設が雨後の筍のように乱立。需要と供給がぴったりとマッチして、このフィットネスブームになったというのだ。
フィットネスブームの中、ある懸念が……
言うまでもなく、健康にも美容にも運動は欠かせない。フィットネスブーム大いに結構と言いたいところだが、思いもよらない落とし穴がある。それこそが、「オーバートレーニング症候群」というものだ。
「オーバートレーニング症候群とは、慢性疲労症候群ともいわれる症状のこと。トレーニングしすぎて疲労が重なり、さらには酸素の利用も下手になっている状態のことを言います。酸素がうまく利用できないから、いくらトレーニングしてもパフォーマンスが上がらない。それどころか、最悪の場合、慢性的な疲労感や立ちくらみ、気分の落ち込みや不眠などで、日常生活がままならなくなることもあるんです」
こう語るのは、この分野の第一人者で、「長崎内科クリニック」「ドクターズフィットネスNASA」両院の院長を務める長崎文彦医師だ(※崎はたつさきが正式表記)。
アスリートでなくても無縁ではないオーバートレーニング症候群
長崎先生がこの症状に気がついたのは、日本サッカーの立役者の一人、岡田武史監督が日本代表を率いていた1990年代後半のことだったという。
将来を嘱望(しょくぼう)され、日本代表のメンバーでもあった高校生選手のパフォーマンスがどうも上がらない。上がらないどころか、挽回しようとトレーニングを重ねれば重ねるほど下がっていってしまう。所属先であったサッカークラブが解決のために頼ったのが、循環器専門医である長崎先生だったという。
「依頼を受けて特殊な機器を使って検査をしてみると、酸素の使い方が下手になっていることがわかったのです。
トレーニングで負荷をかけて身体を痛めつけると、筋肉は一時的に傷害され、体力も低下します。身体は傷害された筋肉の回復に努めますが、回復の際には元より強い状態になります。筋肉は、傷害と再生を繰り返すことで太く、強くなるのです。
この筋肉が向上するメカニズムを『超回復』と言いますが、くだんの高校生選手は、再生しきれていないままトレーニングを重ねていた。そのため筋肉が回復せず、さらには呼吸代謝的には酸素がうまく利用できないようになっていた。それがパフォーマンスの低下につながっていたのです」(長崎先生)
このように本来、オーバートレーニング症候群は毎日のように激しいトレーニングを行うアスリートに見られる症状だ。だが、過度なトレーニングが逆効果になるのはアスリートでない人もまったく同じ。一般のフィットネス愛好家もオーバートレーニングが続けば、同じようなことが起こりうる。
ランニングにせよ筋トレにせよ、激しすぎるトレーニングは身体の負担になり、長続きさせることは難しい。健康づくりもスリムなボディも、維持することこそが大切なのに……。
「ですからアスリートはもちろん、健康やダイエットのために運動をする一般人ならなおのこと、正しく運動すること。すなわち、体力に合った運動をすることが大切なのです」(長崎先生)
オーバートレーニング症候群チェック表
□最近、高強度のトレーニングが増えた
□ジョギング程度の運動がつらい
□安静にしていても疲労感がある
□よく立ちくらみがする
□毎日走る/トレーニングをしないと不安だ
□練習しているのに記録が落ちる
□起床直後の脈拍が1分間に70以上ある
□風邪をひきやすくなった
□気分が落ち込んで眠れない
□まじめな性格で、計画通りにやらないと気が済まない
※チェックが多いほど、オーバートレーニング症候群の可能性が高くなります。
(ドクターズフィットネスNASAのホームページより引用)
成果が欲しいのなら「長い目で見て楽しみながらほどほどに」
では、どうすればオーバートレーニング症候群に陥らないで運動を続けることができるのか?
「アスリートも一般人も、トレーニングをするとすぐに競技パフォーマンスが上がり、体力がついてスリムになると考えがち。ですがこれは間違いです。前述したように、体力は筋肉が傷つくことで上がっていきます。つまりは負荷がなければ体力は上がらないわけですが、どのくらいが最適な負荷であるかには、個人によって差があるのです」(長崎先生)
1階から2階に行くには階段を1歩1歩上らなければたどり着けないように、アスリートも、健康やスリムな身体が欲しい一般人も、まずは1段階段を上るところから始め、それを積み重ねていくしかないと長崎先生。そしてその一歩も、歩幅(レベル)は個人によって異なるのだ。
「例えば運動がまったくの初心者や高齢者だったら、最初は遊ぶ感覚で始めてみることです。やりすぎてはダメ。“これで帰ってしまっていいの!? これじゃあ運動になってないんじゃない?”ぐらいで十分なのです」(長崎先生)
そんな状態を1週間ほど続けたら、ほんのちょっとだけ負荷を加えてみよう。ダンベルだったら500グラムから1キロもあれば十分。トレッドミル(ランニングマシーン)だったら、ぶらぶら散歩する程度の速度で構わない。
そして500グラムから1キロのダンベルが重いと感じないようになり、ぶらぶら歩きが物足りなくなってきたら、またほんのちょっとだけ、負荷を上げてみよう。
「これを続けていくと、着実に体力が上がって行きます」(長崎先生)
オーバートレーニング症候群を招かない正しいトレーニングでの健康づくりや体力向上には、月単位の時間がかかるものなのだ。
ダイエッターこそオーバートレーニングにならない気遣いを
体力づくりのみならず、スリムな身体を求めてのフィットネスやジム通いにも、「長い目で見て、楽しみながらほどほどに」がキーワードであると長崎先生。
「ちまたには“3日で●キロやせる”といった過激なダイエットがあふれていますが、身体は少しずつしか変化しません。こうしたダイエットは絶対に続かない。三日坊主になるだけです」(長崎先生)
やせたいと語る女性は多いが、その状態を長く継続させることこそが本来の目的であるはずだ。であればなおのこと、正しいトレーニングが欠かせない。運動しないでやせると、筋肉と脂肪の両方が減っていくことになるからだ。
「間違った方法でやせると必ず元に戻ってしまいますが、それは筋肉量は元に戻らず、脂肪だけが増えている状態。エネルギー消費の大半を占め、スリムな身体を保つための財産である筋肉が減ってしまっていますから、だんだんやせにくくなっていきます」(長崎先生)
つまりスリムな身体を求める人も運動は欠かせない。それにもはやり、「息が切れない程度の運動を毎日続ける」ことこそが王道だと語るのだ。
長崎先生は、まったく運動をしたことがない人だったら、まずは歩くことから始めようと提案する。「こんな距離歩けない」「歩くのはイヤだ」と感じたら歩きすぎ。まずはその半分ほどの距離を歩き、歩ける距離を少しずつ長くしていく。
ただし歩く姿勢には注意しよう。まっすぐ立って、その姿勢のまま歩くようにすべし。
「これを続けていくと、楽に歩けるようになります。体力や身体の持久力が上がったからです。体力が上がり、持久力が向上すると、歩くのではなくジョギングをしてみよう、ジョギングができるようになると、マラソンを走ってみようとなります。スリムな身体を維持できる筋肉がついた証拠です」(長崎先生)
なるほど! 体力作りもスリムなボディも、こんなにゆるくていいのなら、どうにか継続できそうだ。
でも読者の中には「走る体力がすでにある」というフィットネス上級者もいることだろう。では、こうした人たちがオーバートレーニングに陥らずにトレーニングを続けるにはどうしたら……?
#2では、その方法を長崎先生にお聞きする。
(取材・文/千羽ひとみ)
〈PROFILE〉
長崎文彦(ながさき・ふみひこ)
循環器科専門医。「長崎内科クリニック」「ドクターズフィットネスNASA」両院院長。2004年に長崎内科クリニック開業。清水エスパルス・チームドクター(フィジカル担当)、日本サッカー協会・日本代表チーム(岡田ジャパン)のフィジカル・アドバイザーなどを歴任。現在は、ロアッソ熊本フィジカル・アドバイザー。自身がフルマラソンで4時間半、宮古島トライアスロンを13時間半で完走した記録を持つ。