世界最大の宅配ピザチェーンである『ピザハット』が期間限定(〜2023年4月9日)で販売している、“爆盛り”のパクチーがトッピングされたピザ『パクチーすぎて草』。この商品がSNSを中心に大きな話題を呼んでいます。
《これは素直に草》《ピザじゅう草まみれwww》《さすがにネタに走りすぎ》《これは食べられない》など賛否両論の声が挙がるほか、《この商品はレギュラーにしてほしい!》と懇願するパクチスト(パクチーが大好きな人の呼称)の声も。(ちなみに「草」とは、「(笑)」の意で用いられる「w」がネットミーム化したもの。「w」の形が「草」に似ていることから使われ始めたとされる)
さまざまな議論を巻き起こしながらも、想定売り上げ額の約2倍を達成したという同商品。はたして、どのような意図で開発されたのか。同社マーケティング部長(CMO)・小田寛さんと、開発を担当した同マーケティング部企画課の篠﨑ありさ さんを直撃しました。
目的は「売る」ことではない?『ピザハット』のデジタル戦略
『パクチーすぎて草』は、思わず目を疑うほどに、フレッシュなパクチーがこれでもかとトッピングされた新商品ピザ。実はこの商品、「売ること自体が目的でなく、バズらせることが目的」(小田さん)で作られたのだとか。
「過去、宅配ピザは電話でのオーダーが90%、広告はチラシが主流でした。ですが10年ぐらい前から一気にデジタル化が進み、現在はデジタルオーダー(Webサイトやアプリからの注文)が85%を占め、チラシもほぼ配っていません。つまり、過去と今ではマーケティング方法も全然違う。デジタルマーケティングに振れば振るほど、“バズらせてその商品を消費者に検索してもらう”ということが大きな意味を持つのです。そうすることで『ピザハット』が検索上位に出やすくなりますし、一度ピザハットにまつわるページを踏んだユーザーには、アルゴリズム的にバナー広告も出やすくなる。ですから、たとえ目先の売り上げがよくなくても、そこは開き直って、検索数を伸ばし、セッション数(ユーザーがWebサイトにアクセスした回数)を上げていくことを重視しました」(同)
とはいえ、『ピザハット』の社風のひとつは「おいしさにこだわること」。小田さんは、どんな商品でも『ピザハット』のピザとして、ちゃんとクオリティを保って完成させることに関しては「絶対に譲れません」と断言します。
若い感性を信じ、若手チームに商品開発を一任「スベッてもいい」
もともと、この“バズ商品戦略”を始めたのは台湾の『ピザハット』。ドリアンのピザやラーメンを乗せたピザなど、SNSでは「また台湾がやらかした」とネタのように扱われていました。
「2年ぐらい前に行った調査で、『ピザハット』ブランドが世界的に“古臭い”と思われていることがわかってきて、企業として若返り、そのイメージを変えていきたいと考えました。そこで昨年度から、“Younger and Everyday”をスローガンに掲げ、より若い方に日常的に食べてもらおうという戦略を始めたのです」(小田さん)
そこで白羽の矢が立ったのは、篠﨑さんも所属する同社のTikTok担当チーム、若者4名。抜てき理由を小田さんに聞くと、
「私は44歳。ターゲット層と世代が違うという感覚がありましたし、私では何がバズるかもわからない。普段からSNSに慣れていないわれわれが、変に若者世代に歩み寄って研究したところで、絶対に成功しません。ならばもう、うちの若い子たちを信じようと。“別に売り上げアップが目的じゃないから肩の力を抜いて、たとえ企画がスベッてもいいから頑張ってほしい”と託しました」(同)
このTikTokチームはSNS専門のメンバーではなく、企画の篠﨑さん、デジタル及びSNS担当者2名、商品開発者1名からなる、各課の若手からの選抜。とにかく“バズる商品”を生み出すため、日夜、好きと嫌いで分かれる食材の「アリ、ナシ」論争を繰り広げ、酸味系、生もの、レバー系、魚卵系、スイーツ系、グミ、飲み物系など100以上のアイデアを出しました。アイデアの中から現実的に発売できるものはあるのか試作を繰り返し、商品会議に提案。そこで、ダントツで選ばれた食材が「パクチー」だったのです。
「パクチーは遺伝子的に世界の7人に1人が苦手だと言われており、まさに好きと嫌いがハッキリ分かれる食材。ネット上でも論争が起きてくれるのでは、と考えました。そもそもトムヤムクンやヤムウンセンでも添え物のイメージですが、開発を続けていくうちに、“この添え物のパクチーを、いっそのことメインにしては”という方向性に舵を切り、1枚あたり3株ものパクチーを乗せることにしました」(篠﨑さん)
「実は、私もパクチーが苦手で食べられません。ですが社内で試食会を開いたところ、ビジュアルへの“なんだこれは”という反応とともに、“おいしい!”の声も多く挙がったのです。そこで私も膝を打ち、自分が食べるのはためらわれるけれどOKを出しました(笑)。
案外、明らかにおいしそうなものはバズらないんですね。バズるのはむしろ、賛否の議論が巻き起こりそうなもの。世界最大のピザチェーンといえど、日本では『ピザハット』は3番手。ゆえにチャレンジャーの姿勢で施策を展開できる強みもあったかもしれません」(小田さん)
令和においては、幅広い“マス”でなく“コア”を取りに行く
そもそも、商品名『パクチーすぎて草』の「~すぎて草」という言い回しも、若者が多く使うネットミーム。さらにキャッチコピーには《草越えて森越えて山越えてアマゾン生えてしまうかも?!》といった文言が用いられており、これもよくネットで見られる言い回しです。
「商品名やキャッチコピーに関しても、私の世代が理解できるようではダメだと。“私が見聞きしても何のことだかわからないレベルまで振り切ってほしい”とオーダーしました」(小田さん)
社長を交えた試食会でも「草(そう)? え、これ、草(くさ)って読むの? どういう意味?」といった戸惑いの声や賛否両論が巻き起こり、場が驚きで満ちあふれたそう。
「裏話もあり、実は、開発担当者はパクチーが大の苦手でした(笑)。それでも毎日のように何十食も試作を重ね、自分が食べられるよう味つけやトッピングを工夫していきました。完成版はトマトとヤンニョムソースをベースに海老をトッピング。チーズでコクを出し、甘辛い味がアクセントに。開発期間3か月、苦手な食材で試行錯誤を続けた結果、なんとその担当者はパクチーサラダまで食べられるようになったんです」(篠﨑さん)
パクチーが苦手な者が開発したからこそ、パクチーが苦手な人でも意外と食べられる商品に。そしてもちろんパクチー好きにはたまらなかったようで、その見た目、味、香りが好評を得ました。
この狭く、ニッチでコアな場所を狙うというのは今のテレビ業界も同じです。昭和はマス広告が主流で、企業側から消費者に向けて一方的に発信するのが当たり前。テレビも浅く広くの世帯視聴率でしたが、現在は個人視聴率が重視されており、“いかにコアなファンを作るか”が最重要の課題となっています。今回も『パクチーすぎて草』のビジュアル、商品名、キャッチコピーについて、SNS等に「この企業姿勢、好き」という投稿があり、『ピザハット』の狙いの萌芽が見られ始めています。
「今後は企業からの一方的な発信ではなく、お客様からの口コミや、コアファンの自発的な発信によるブランディングが必要不可欠。その観点においても、今回の企画は大きな意味があったと思っています。
そして、こうした自由で遊び心のある施策、さらにはTikTokで社長が試食している様子や、悪役俳優ユニットの純悪さん、お笑いタレント・もりせいじゅさんとの意外なコラボ動画、社員がのびのびと働く姿を投稿することで、“この会社は楽しそうだな”などと思ってもらいたい。若手の人手不足が深刻な今、こういった取り組みが新入社員の増加にもつながっていきます。
『パクチーすぎて草』はネタとして“ついで買い”する方もいらっしゃり、売り上げは想定の2倍以上。ネットでの“バズ”が追い風となってピザ全体の収益も順調に推移しており、効果は絶大です」(小田さん)
「売る」ではなく「バズる」に振り切った結果、企業のファンが獲得され、人手不足も解消方向へ、そして収益も順調という一石三鳥が実現された──。
「見栄えももちろんなんですけど、本当においしさにこだわって作った商品。本当に好きな人には、もう“追いパク(追いパクチー)”もしながら思う存分に食べていただきたいですし、嫌いな方も意外に食べられちゃう可能性もあるので、ぜひ一度オーダーして、アリかナシかで盛り上がっていただきたいです」
と篠﨑さん。そんな『ピザハット』の今後の課題は、「ライバルを同業者に設定するのではなく、お弁当店、コンビニ店などに照準を定め、日本中の“胃袋”を掴むこと」だそうです。
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デジタル全盛の今、世の中もマーケティングも急速な変化を見せています。当然、そこにZ世代の力は欠かせない。しかし、Z世代を獲りにいきたいからZ世代に任せるという“当たり前”は、リスク面もあり難しい。と考える企業も多いでしょう。ですが「売り上げをたてる」というリスクなしならZ世代にも挑戦させられるし、新たな風を会社に送り込める可能性もある。今後、『パクチーすぎて草』プロジェクトが『ピザハット』の、また日本企業のさまざまな課題解決につながるのであれば、「パクチー効果すごすぎて草」といえる日が来るかもしれません。
【取材・文/衣輪晋一(メディア研究家)】
◎価格 持ち帰りMサイズ:税込2500円/デリバリーMサイズ:税込2800円
◎販売期間 2023年3月20日〜4月9日
◎開催店舗 一部店舗限定(251店舗)
※詳細は公式HPへ→https://www.pizzahut.jp/topic/coriander/lol/?utm_source=pressrelease&utm_medium=prtimes&utm_campaign=coriander
・『ピザハット』公式Twitter: https://twitter.com/Pizza_Hut_Japan
公式Instagram: https://www.instagram.com/pizza_hut_japan/
公式TikTok: https://www.tiktok.com/@pizza_hut_japan
公式YouTubeチャンネル: https://www.youtube.com/user/PizzaHutWeb/videos