教員の働き方を変えようと、ひとりで裁判を起こした小学校教員の田中まさおさん(仮名)は3月27日、都内で記者会見を開きました。テーマは「第2次訴訟」について。自らの裁判は今月上旬に敗訴が確定しましたが、今度は同じ目的で裁判を闘ってくれる仲間を募集するそうです。田中さんは言います。「仲間は50人でも100人でもいい。全国の教員のみなさん、田中まさおと一緒に新たな裁判を始めませんか?」(取材・文/牧内昇平)
(田中さんが立ち上がったわけや裁判を始めた経緯はプロローグ記事で詳しくお伝えしています→【教員の残業代裁判#0】小学校3割超、中学は約6割の先生が過労死ライン超え! 現状を変えるべく立ち上がった「田中まさお」さんとは)
今度は複数の教員による集団訴訟へ
田中まさおさん(64)は埼玉県内の公立小学校の教員です。働いたぶんの残業代や、違法な時間外勤務をさせられたことへの賠償を求めて裁判を起こしていましたが、さいたま地裁、東京高裁は田中さんの請求を退け、今月上旬には最高裁が上告を棄却したため、自身の裁判は敗訴が確定していました。
上告棄却から約3週間がたった27日、田中さんは東京・霞ヶ関の文部科学省で記者会見を開き、全国の教員にこう呼びかけました。
「一緒に私たち教員の働き方の問題点を考えていきませんか? 私たちの働き方は、どう考えても法律違反に当たると思います。このまま裁判を終わりにするわけにはいかないのです。一人ひとりの思いを裁判で訴えていきませんか? 私、田中まさおと一緒に集団訴訟を起こしませんか?」
田中さん自身の裁判はいったん終わりましたが、今後は全国の教員の中から同じ目的で立ち上がってくれる人を募集し、「第2次訴訟」を起こすそうです。田中さんだけでなく、これまで「田中まさお裁判」に関わってきた弁護士や研究者、大学生たちが引き続き裁判を支援。個人的な利益ではなく社会を変えるための公共訴訟として取り組んでいくといいます。
田中さんが原告団長を務めますが、原告の人数は応募状況やクラウドファンディングなどで集まった寄付の金額などに応じて決める、としています。
田中さんは「原告の人数はいればいるほどいいと思います。応募者数が50人だったら50人でもいいし、100人だったら100人でもいい。今までの裁判の趣旨に同意してくださる方であれば、何人でも受け入れようという考えです。ぜひたくさんの方が応募してくださることを願っています」と話しました。
新しい裁判のポイントを専門家が語る
第2次訴訟の勝算はいかに。
学校教員の給与の仕組みを決める「給特法」という法律には、「超勤4項目(校外実習・修学旅行・職員会議・非常災害)をのぞいて教員に時間外勤務を命じてはならない」と書いてあります。しかし、田中まさお裁判の判決は、田中さんが夕方5時以降にしていた仕事の一部(授業計画の作成など)を「校長に命じられた労働」と認定しました。田中さんの代理人を務める若生直樹弁護士は記者会見で、この点を指摘しました。
「本来は存在してはならない時間外勤務が実際には存在している。しかし誰もその責任を問われていない。公立学校の教員の方たちは明らかに矛盾した状況に置かれていることが、裁判を通じて明らかになりました。これまでの法制度やその運用を改めなければいけないことを、もう一度主張していきたいと思います」
また、田中まさおさんの裁判では、提訴前の11か月間に660時間あったはずの時間外勤務が、裁判所の認定では32時間に減ってしまったことがポイントでした。本来は存在しないはずの時間外勤務だけれど、月に数時間ほどであれば違法とまでは言えない、というのが裁判所のロジックでした。
田中まさお裁判を支援するひとり、埼玉大学の高橋哲准教授(教育学)は記者会見でこう話しました。
「第1次訴訟(田中まさおさんの裁判)の地裁・高裁判決は、教員の時間外労働が放置され、常態化していた場合には違法となる可能性があることを認めました。ただ、原告(田中まさおさん)の働き方では、違法とまでは言えないというのが結論だったわけです。今もっとも時間外労働が長い中学校教員や、強制部活動が問題になっている高校教員の方々が原告となった場合、違法であると認められる可能性は高いと言えるでしょう」
教員が仕事よりも大切にすべきものは?
田中まさおさんがこの日の会見で強調して語ったのは、「教員も家庭を大切にしなければいけない」ということでした。
「今から4年半くらい前、埼玉県で退職前のたったひとりの教員が裁判に訴えました。“結婚はできるけど子どもはつくれない。子育てはできないんですよ”。一緒に学年を組んだ若い教員のひと言が痛烈でした。今の教員の異常な働き方を次世代の教員に引き継いではいけない。私たちの世代で終わりにしたい。田中まさお裁判の始まりでした」
裁判の効果もあり、教員の働き方の実態は以前よりも世の中に知られるようになりました。しかし今も、「たくさんの教員とその家族が不満を抱えている」と田中さんは指摘します。
「つい最近、私のところに、教員の家族の方からメールが届きました。その方は主婦ですが、0才児の赤ちゃんがいるそうです。それにもかかわらず旦那さんは、今年の4月から教務主任と6年の担任を兼務するそうです」
若い教員が忙しすぎて子育てができない現状に対して、田中さんは憤りを覚えています。
「人間にとって命の次に大切なのが家族です。ひとりで裁判を起こしたときも、家族が助けてくれました。どんなことがあっても家族は味方してくれます。教員たちの仕事も家族優先にしなくてはいけないのです。
教員だけでなく、日本の労働者にとって、働くということの意味は何なのか。労働基準法で1日の労働時間が8時間と決められているのはなぜなのか。この裁判は自分たちの生活を守るためだと思っています。第2次訴訟では、そういう田中まさお裁判の考え方に賛同してくれる方を募集します」
筆者は田中まさおさんの新しいチャレンジを見守っていきたいと思います。
(取材・文/牧内昇平)
※原告公募の詳細は4月23日に「田中まさお支援事務局」のTwitterで公開予定です。
◎田中まさお支援事務局公式Twitter→https://twitter.com/1214cfs
◎著者・牧内昇平Twitter→https://twitter.com/makiuchi_shohei