学校の先生は、どんな仕事で日々忙しくしているのでしょうか? 学校の先生にも残業代を求める裁判を起こした2018年、3年生のクラス担任をしていた田中まさおさん(仮名)は1週間のタイムスケジュールを裁判所に提出しました。それをもとに、田中さんに解説してもらいます。(以下、語り:田中まさお/聞き書き:牧内昇平)
【田中さんが立ち上がったわけや裁判を始めた経緯はプロローグ記事で詳しくお伝えしています→https://fumufumunews.jp/articles/-/23602】
※2023年3月上旬、
田中まさおさんの1日の流れ
7:35 出勤。職員室で出勤簿に押印。週報、週案簿などをチェック
8:10 朝マラソン開始。走りながら児童の様子をみる
8:20 朝自習の指示
8:30 職員朝会(児童は教室で自習)
8:40 朝の会、健康観察
裁判を起こした’18年当時の私の1日の流れを紹介しましょう。出勤は朝7時35分です。毎朝子どもたちに会えるのがとても楽しみです。
正式な勤務開始時刻は8時30分でした。それより1時間くらい前に出勤しているので、「早出」で時間外勤務をしていたことになります。ベテランの私はこれでもまだ遅いほうです。もっと若い先生は6時30分には出勤し、職員室や校門前の掃除などをしていました。約40年前、私が初めて教員になったころは、若手も含めて8時30分に出勤すればよかったんですけどね……。「早出」が必要になったのは、朝の仕事が増えたからです。朝マラソンや自習が日課になりました。子どもたちの体調を確認する『健康観察』も昔はありませんでした。
先生は休み時間も大忙し
8:50~9:35 1時間目(国語)
9:35~9:45 10分休み
9:45~10:30 2時間目(体育)
10:30~10:50 20分休み
10:50~11:35 3時間目(社会)
11:35~11:45 10分休み
11:45~12:30 4時間目(音楽)
授業と授業のあいだには休み時間があります。子どもたちはトイレに行ったり遊んだり。でも、担任はトイレに行く暇もありません。連絡帳や音読カードなど、提出物の確認があります。音読カードとは、家庭で音読した本のタイトルやページ数を書いて提出するものです。担任が毎日確認し、ハンコやサインをして返します。全国のたくさんの学校で出している宿題だと思います。これも2、3分で終わらせようと思うのですが、児童が40人近くいるので難しいですね。提出しない子には声をかける必要もあります。40年前は音読カードを毎日提出する習慣自体、ありませんでした。
その他、宿題として出したドリルのチェックとか、テストの採点とか、やらなければいけないことは山ほどあります。
ですが、私はそうした仕事をこなすのは必要最低限にとどめ、できるだけ子どもたちと話をするようにしています。休み時間って大事なんです。経験上、いちばん事故やけがが起きやすいのは休み時間です。当たり前ですよね。子どもたちが自由に過ごしている時間ですから。
話が少しそれますが、教室の広さはだいたい縦7メートル×横7メートル、もしくは8メートル×8メートルです。それくらいの広さしかありません。私は校庭に同じ広さの線を引いて、実際に走らせたり、遊ばせたりします。それから、子どもたちに言います。「教室って実はこんなに狭いんだぞ。この中で走り回ったら危ないでしょ」と。みんな結構、納得しますよ。そういう狭い中で走り回ったりプロレスごっこをしたりするので、休み時間は危ないんです。
あと、いじめが起こりやすいのも休み時間です。だから教員は、手元の書類ばかり見ていてはいけません。仕事はある程度放っておいて何気なく子どもたちと一緒にいなければ、事故もいじめも防ぐことができません。
やっかいな「無言移動」のルール
この日の2時間目は体育、4時間目は音楽でした。そうすると、前後の休み時間は「移動」のためにつぶれます。担任は子どもたちを廊下に整列させて、校庭や音楽室まで引率する必要があったんです。本来は子どもたちだけで移動させればいいのですが、私が勤務する学校では、「教室を移動するときは私語をせずに『無言』で」というルールがありました。それを守らせるために担任が一緒に移動することになっていました。
こういうルールがある学校は少なくないはずです。長い年月のあいだに、どんどん細かくなっていきます。いったんルールができあがってしまうと、それを子どもたちに守らせるために教員の指導が要求されます。こうして教員の仕事が増えていきます。
給食の時間もルールばかり
12:30~13:15 給食
13:15~13:20 歯磨きタイム
13:20~13:40 掃除
13:40~14:00 昼休み
給食の時間は45分間ですが、実際は食べる前の配膳に15~20分かかり、終わりの5~10分は片づけの時間なので、食べる時間は20分あるかないかです。
給食の指導にも細かいルールがあります。例えば、配膳中も先ほどの『無言』がルールです。担任は食べ残しを減らすための指導を求められ、残飯の量は毎日、給食室から校長に報告されます。後片づけにもマニュアルのようなものがあり、牛乳パックの学校特有の折りたたみ方とか、個包装のパンの袋はクラスでひとつにまとめるとか、箸やスプーンの向きをすべて同じ方向にして入れるなど、細かなルールがあります。
昔はそんなに細かいルールはありませんでした。だから教員たちは自分のぶんを食べ終わったらドリルの確認などをやっていたものです。今ではそういうのは無理ですね。
昔は、何をどう指導するかは担任に任されている部分が多かったんです。それが、だんだん全校統一のルールを作るようになりました。給食の片づけはこうやりましょうとか、掃除の手順はこう決めますとか。そうすると、自然とルールは細かくなっていき、これまた教員の負担は増えていきます。
教員の休憩時間は無視されていた
14:00~14:45 5時間目(算数)
~15:10 完全下校
15:10~ 職員会議、運営委員会、研修会
16:30~ 事務作業
5時間目が終わると子どもたちは下校です。昔と違って、通学路ごとに班を作って帰る「集団下校」になります。担任は教室で帰りの会をしたあと、校門の前まで出て行って、子どもたちを班ごとに並ばせる仕事が増えました。 ケンカなどのトラブルも起きやすいので結構時間をとられますね。
放課後は会議で忙殺されます。月曜日は職員会議があり、火曜から金曜もたくさんの委員会や研修会がありました。学力向上推進委員会、人権教育推進委員会、体力向上推進委員会、教育課程(通知表)検討委員会などです。
本来の終業時刻は17時ですが、それまでに担任としてやるべき仕事が終わることはありません。私はだいたい18時半くらいまで働いていました。宿題の確認などに時間をかける若い先生たちは21時くらいまで残っていたようです。
もうひとつ重要なのは、本来は教員にも『休憩時間』が設定されていることです。この学校では、清掃後の昼休みのあいだに20分間、さらに放課後の16時20分から45分までの25分間が、教員の休憩時間のはずでした。しかし、この時間帯に休んでいる教員はひとりもいませんでした。昼休みは子どもと接したり提出物を確認したりで忙しいです。放課後はこの時間帯に会議が設定されることもしばしばありました。
教員たちにきちんと休憩を取らせるのは管理職である校長の責任だと思いますが、当時私が勤めていた学校の校長には、残念ながらそういう意識がありませんでした。
先生たちは子どもの心が見えなくなっている
裁判を起こした当時の私の1日の流れを紹介しました。その後、異動した先の学校では少し状況が変わったのですが、そのことには今後触れたいと思います。
今の先生はとにかく忙しすぎます。時間外勤務が長いというだけでなく、日中の正規の勤務時間内も忙しすぎる。校長や教育委員会が「そうしなさい」と言っているからです。なにしろ、私の裁判で埼玉県は、「給食の時間に事務作業ができたはずだ」と主張していますから。子どもたちが教室にいるあいだも、暇を盗んでテストの丸つけや書類仕事をすることが奨励されているわけです。
若い教員たちの中で管理職から「優秀」と言われるのは、こういうことができる人たちです。でも、これでいいのでしょうか? 事務作業に追われていたら、子どもを見る余裕がなくなります。教室の後ろでいじめが発生しても教師は見ていないのです。真剣に見ているのは机上の提出物と書類です。
計算ドリルをチェックしているから、どの問題ができないかはわかる。けれど、その子がなぜその問題を解けないかはわからない。その子の心を見ていないからです。これが子どもたちにとって望ましい状況でしょうか? 私は疑問に思っています。
(取材・文/牧内昇平)
◎著者・牧内昇平Twitter→https://twitter.com/makiuchi_shohei