重症患者の気持ちに寄り添う「緩和ケア」の大事さを実感

──水谷さんの著作『大切な人が死ぬとき』(竹書房刊)では、お父様を亡くされた当時のことが詳しく描かれてますね。

「ナースが親切な病院でした。父は日常生活を送りたかったんですが、入院しているから家に帰れません。そんなとき、ナースの方々が父の気持ちに寄り添った看護をしてくれたんです。例えば、歩けない父に対し“車イスで病院の窓から海を見ませんか”って声をかけてくれたり、お風呂に入れないことを気遣って、ビニール袋にお湯を入れて持ってきてくれたりしました。

 亡くなる前は抗がん治療もできない状態なのですが、“ナースがこんなにこころのケアをしてくれるんだ”と驚きましたね」

──患者さんの心身をいたわる緩和ケアですね。

「父がいたのは緩和ケア病棟ではなかったし、当時はその存在を知りませんでした。ただ、父が亡くなったあとは、“もっと自分がこうしてあげればよかった”とよく悩んでいました

 精神科にも興味を持ち始めたきっかけは、ひじ打ちの一件があったあとに、ナース向けの媒体で仕事をしていたときですね。編集さんとのあいだで“題材としてよさそうだから、精神科のナースにも話を聞いてみようか”という流れになり、いろいろと伺ってみたら興味深くて。それから精神科の医療者や専門家に取材を始めました。

 『大切な人が死ぬとき』で描いた緩和ケアのナースのモデルとなった方にも、周囲から「いい人がいるよ」と紹介してもらって話を聞くことになったんです。取材するなかで、“父の入院中にナースがしてくれたのはこれ(緩和ケア)だったんだ”と気づきました。漫画を描くためだけではなく、私自身も精神科について詳しく知りたくなりました。

 緩和ケアと精神看護は似ていますよね。のちに医療者への取材中に、緩和ケアをしていたナースが精神科に勤務先を変えることがよくあるのだと知りました」

『こころのナース夜野さん』1巻より (C)水谷 緑/小学館『月刊!スピリッツ』連載中

医療者に話を聞き漫画を描くうえで大切な「信頼関係」

──取材先はいつもご自身で決めているのですか?

「以前はSNSで、“精神科の医療者の方いませんか”と発信して自分で探していました。連絡をくれた方に、“興味があるならこの方が精神科に詳しいですよ”などと教えてもらい、その人の講演会に行って話しかけ、やりとりをするようになってから取材依頼を出すこともありましたね。知り合いになった医療者から、またほかの方を紹介してもらって……といったかたちで、人脈が広がりました

──やはり、ご自身でずっとやりとりしている方のほうが信頼関係も築けますよね。

「直接やりとりすることで、相手の素の気持ちが聞けたり、取材中の話題が広がったりすることもあるなと感じています。また、“興味を持ってもらえて嬉しい”、“精神科はタブー視されているので質問を受けたことがない”と話す方もいました。

 マスメディアにあることないこと書かれた経験がネックだという理由で断られることもありますが、“精神科について知ってもらいたい”という強い気持ちで取材を受けてくれる方もいましたね。ただ、取材の許可をもらったあとに“やはり応じられません”と言われたこともありました」

──それはどうしてでしょうか?

「精神科は医療者によって、どんな治療をよしとするのか考え方が異なります。『こころのナース夜野さん』で描いたとある治療法を見た方から、“私の治療と異なるので取材は受けられません”とお断りされたりもしましたね」

──取材時は医療者とどのようなやりとりを?

「“質問には答えられない”と言われたり、“患者さんが治ってよかったです”とだけ返答されることもあります。ただ、私としては漫画にするために登場人物の表情や行動を詳しく描写する必要があるので、例えば、3人分の患者さんの話を1人の人の話として扱う、年齢や性別などの背景を変えて個人が特定できないようにする、ネームは必ずお見せする、など約束ごとを説明し、信頼していただけるよう努力したうえで、“どんな患者さんでしたか?”といった細かい質問をして、話を広げます。

 そうすると、だんだんと私も興味が深まって、物語のテーマが決まっていきます」