「教員にも残業代を!」と裁判を起こしたものの、2023年3月上旬、敗訴が決定した田中まさおさん(仮名)。同月末の記者会見では「第2次訴訟」にチャレンジすると宣言しましたが、実は裁判以外でも時間外労働を減らす活動を続けています。勤務先の小学校では地道な努力を積み重ね、教員全体の働く時間を少しずつ短くしているそうです。目標の「1日8時間労働」は実現できるのか。田中さんに聞きました。(聞き書き/牧内昇平)
(田中さんが立ち上がったわけや裁判を始めた経緯はプロローグ記事で詳しくお伝えしています→【教員の残業代裁判#0】小学校3割超、中学は約6割の先生が過労死ライン超え! 現状を変えるべく立ち上がった「田中まさお」さんとは)
公平委員会に現状の改善を申し立てた
2019年4月に新しい学校に赴任しました。最初の1年間は学校の様子を知るだけで精いっぱいでしたが、何とかして時間外勤務を減らしたいと思い、翌’20年3月にはアクションを起こすことにしました。
誰に言えばいいのか。校長や教育委員会に言っても、首を横に振られたらおしまいです。そこで私は、地元の市役所に訴えに行くことにしました。現役の教員が行政に訴えるのは容易なことではありません。相当な覚悟が必要です。私はそれでも自分の勉強だと思って決心しました。
市役所で紹介されたのは、「公平委員会」でした。私たち地方公務員が困っていることを解決してくれる場です。私の申し立てを公平委員が審査し、担当者が教育委員会と交渉してくれるとのことでした。
私が公平委員会に要望したのは以下の4点です。細かくなりますが、現場の教員の方々には参考になる点もあると思います。
1.勤務時間外に行われる「登校指導」と「校庭のライン引き」はやめさせてほしい。
2.教職員の勤務開始時刻を8時にするか、児童の登校時刻を8時30分にしてほしい。
3.教職員の休憩時間には全体にかかわる仕事を入れないでほしい。
4.教員の仕事を明確にしてほしい。
【2】は少し説明が必要でしょう。私が勤務していた学校では、教職員の出勤時刻は8時30分で、児童の登校時刻は8時でした。教員は子どもたちの登校に合わせて出勤するので、結局は大半の教員が7時30分ごろに出勤していました。これではどうしても時間外勤務が発生してしまいます。
時間外勤務を解消するために、児童の登校時刻と教職員の出勤時刻を合わせるべきだと考えたのです(当然、出勤時刻が30分早まった場合、退勤時刻も30分早くすべきです)。
【3】の目的は休憩時間の確保です。もともと教員は1日の勤務時間の中に45分間の休憩時間が設定されています。私の勤務先では午前10時半から10時45分の15分間と、午後は放課後の30分間でした。この休憩時間を教員たちが自由に過ごせるようにしたかったのです。
1日約2時間、自校の教員の労働時間を短縮
公平委員会への申し立ては大きな成果を上げたのではないかと考えています。
まず、【1】の勤務時間外の登校指導とライン引きの仕事はなくなりました。また【2】については、1年後から児童の登校時刻が8時15分、職員の出勤時刻が8時20分になりました。【3】の休憩時間については、学校長が責任を持って、休憩時間を確保することに努めてくれました。
【2】の出勤時刻の変更はとても大きかったです。以前は教員の約8割が7時30分より前に出勤していましたが、出勤時刻の変更から1年後には、ほとんどの教員が7時30分以降に出勤するようになりました。変更から2年後の現在では、8時過ぎに出勤してくる教員も一定数います。
休憩時間を意識して「休む」雰囲気づくり
【3】の休憩時間の確保もいい影響を及ぼしました。休憩時間を確保するために会議が大幅に短縮されました。会議がなくなると新しい仕事の提案がなくなります。実は、このことが働き方改革につながりました。もちろん、休憩時間といっても、実際にはみんな仕事をしています。でも、義務的に参加する会議や打ち合わせがなくなったことで仕事がはかどりますし、何よりも「休憩時間は自主的な時間」という雰囲気が普段から職員室の中で高まりました。
こうした変更によって、私の勤務先は市内ではトップレベルの、教員の在校時間短縮校になりました。教員のみなさんの労働時間を1日2時間くらい減らせたと言っても過言ではありません(’20年4月から新しい校長になったことも大きな変化でした。校長の意識が高いと働き方改革は進むのです)。
働き方が変わる? 全国の教員のみなさんもトライを
公平委員会に申し立てたのは、われながらグッドアイデアでした。ただし問題は、自分が今いる学校しか変わらない心配があるということです。公平委員会は職員個人の苦情に対応する場所なので、私が勤務する学校限定で対策を促すと聞いています。そうすると、隣の学校にまで影響を及ぼすことはできません。公平委員会は全国各地の自治体にあるはずです。自分の学校の働き方を変えたい教員の方は、ぜひ相談してみるといいと思います。
もちろん、相談しても必ずうまくいくとは限らないでしょう。私が今いる学校は、校長が「時間外勤務は減らすべきだ」という私の考えを理解してくれています。また、私の裁判のことを知っているので、「法律を守らないとうるさく言われる」と思っているのかもしれません。いずれにしても試してみる価値はあると思います。
世の中全体で「教員の担うべき仕事」を考えよう
実際には1日に3時間も4時間も時間外勤務をしている教員たちがいます。紹介したようなアイデアでは解決できないレベルでしょう。学校の教員にどこまで求めるのかを考えなければいけないと思います。
例えば、児童虐待の問題があります。虐待は学校ではなく家庭で起こるものですが、虐待の有無を把握しておくことが教員の大事な業務のひとつになっています。また、不登校の心配がある子がいた場合、1時間目の授業があってもほかの子を待たせて職員室に戻り、家庭に電話しなければいけません。大勢の子への授業と不登校の子・家庭への対応を同時にやる必要があります。放課後には校長から「児童が3日休んだら家庭訪問に行ってきてください」と指示を受けます。私が教員になった40年前はそこまでしていませんでした。
もちろん、虐待や不登校への対策はとても大切です。私を含め、日本中の教員たちがそう思っているからこそ、その仕事を担っています。でも、実際は教員よりもソーシャルワーカーなど別の専門職の人が担うべき仕事かもしれません。教員の専門はあくまで授業です。授業をうまく構成するには、さまざまな準備や教材の研究が必要です。今はその時間がありません。教員の担うべき業務はどこまでか、世の中全体で議論すべきです。今までのように教員を無賃で働かせる方法では限界があります。
(取材・文/牧内昇平)
◎田中まさお支援事務局公式Twitter→https://twitter.com/1214cfs
◎著者・牧内昇平Twitter→https://twitter.com/makiuchi_shohei