──舞台中心だった頃は、1つの作品に対する思い入れが強かった?

「そうですね、力を入れ過ぎていることが多かったです。それで若い頃、綿引勝彦さん(※1)に、“おまえ、芝居の一本一本をお祭りだと思っているようなら、まだまだだぞ”と言われたことがありました。祭りって、神輿(みこし)を担いだり、活気もあるし、みんな熱くなるじゃないですか。若い頃のぼくはそんな感じだったんでしょうね」

(※1)綿引勝彦(わたびき・かつひこ):時代劇から刑事ドラマまで幅広く出演した名バイプレーヤー。強面(こわもて)の役が多かったが『ピカチュウ』のCMに出演するなど子供たちにも人気があった。ダイハツのCMではブルース・ウィリスと共演。CMの中でブルースの吹き替えをする場面があり話題に(2020年没)。

「そういった意味では、声優をやるようになって力が抜けた部分はあるかもしれません。アニメをやるようになってからはよけいに力が抜けたかな。映画の吹き替えは台詞の量が膨大になりますが、アニメはそれほどでもありません。お年寄りというか、人生を達観したような、それでいて時々とぼけたりするような役が多いので楽しくやらせてもらっているし、それでバランスが取れているような気もします」

──『ワンパンマン』(※2)のシルバーファングや、この春に話題になった『SPY×FAMILY』(※3)のヘンダーソン先生などはそんな印象です。

「年を取ってきたので、そういう役が増えているのでしょうね。そういう役をもらうためにも、長生きするしかないですね(笑)」

(※2)『ワンパンマン』:凶悪な怪人もワンパンチで倒してしまう最強の人物・サイタマが、趣味でヒーローをやりながら、次々に現れる怪人たちを撃破していくアクションコメディ。2015年に第1期、2019年に第2期が放送され、第3期の制作が決定している。

(※3)『SPY×FAMILY』:任務遂行のため、スパイの男が、殺し屋の女、超能力者の少女と、お互いの正体を隠したまま「仮初(かりそめ)の家族」を築き、日常の裏でさまざまな事件に遭遇するスパイアクション・ホームコメディ。2022年4月に第1期が放送され、10月より第2期が放送の予定。

山路和弘さん 撮影/山田智絵

字幕映画にはなくて、吹き替え版にはある映画の楽しみ方

──最後の質問になります。映画ファンには“字幕派”と“吹き替え派”がいますが、吹き替え版ならでの楽しみ方を教えてください。

「字幕版と吹き替え版の一番の違いは、情報量の多さです。字幕は表示する文字数に限界があるので、情報が飛び飛びになって意味が伝わりにくくなることがあります。吹き替え版だと、たとえば夜のダイナーやバーで1人思案している場面でも、他のテーブルの会話なども入れられるので、空気感も伝わります。吹き替え版だからこそ伝わることがいっぱいあるんですよ。

 吹き替えの仕事は、これからもずっと続けていきたいと思います。ジェイソン・ステイサムやソン・ガンホみたいに20年も吹き替えをやらせてもらっている俳優もいますが、新しい俳優にも挑戦したいです。たまにね、“へんな役者が出てきたんだけど、吹き替えやってよ”と言われることがあるんですが、そういうご指名があると、ほんと、うれしくなるんですよ

(取材・文/キビタキビオ)

《PROFILE》
山路和弘(やまじ・かずひろ) 1954年、三重県生まれ。1979年に劇団青年座に入団後、舞台を中心にドラマ、映画で活躍。声優としても洋画の吹き替えを中心に多数の役を担当している。歌唱力にも定評があり、2011年に出演したミュージカル『宝塚BOYS』『アンナ・カレーニナ』で第36回菊田一夫演劇賞(演劇賞)を、2018年には第59回毎日芸術賞を受賞。近年はアニメーションの出演も多く、『進撃の巨人』『ONE PIECE』『SPY×FAMILY』などの人気作品にも出演。現在、放送中のNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』では、前田善一役で出演している。