“不完全”が逆にいい、音楽を聴くときは「思い込みをできる限り取り除いて」
また、27位に「時間旅行」、39位に「Canary」、56位に「小さなラブソング」と、聖子自身が作詞または作曲を手がけたものもランクイン。特に、「Canary」や「小さなラブソング」は、それこそ超多忙な'83年の作品だ。
「本人は遠慮がちだったのですが、私が強くすすめてみて、早い時期から自分の曲を書いてもらいました。今は、自分でやるのはとてもいいことだけど、さらに誰かがサポートすれば、聖子ならより多くの大衆の胸に飛び込むものが作れると思いますね。誰かがアドバイスしてあげることで、自分の認識していない才能が開花する部分も多いですから」
それにしても、超ハードスケジュールの中で、コンディションの問題などで悔いの残った作品はないのだろうか。
「いや、ないですね。当時パーフェクトじゃなかったとしても、だからこそ支持された部分もあると思います。今あらためて聴くと、音程が少しズレている曲もあるけれど、それでも聴いてみてハートに入ってくれば、全く問題ではありません。以前、『ボーイの季節』のレコーディングで作詞・作曲の尾崎亜美ちゃんに立ち会ってもらったのですが、亜美ちゃんから“今のは直した方がいいのでは?”と尋ねられたことを思い出しました。でも、不思議なことに、譜面通りに完璧な状態にしちゃうと、全体のフレーズが希薄に聴こえちゃうところがあるので、あえて直さないんですよね」
若松氏がメインとなってプロデュースを手がけた'80年代の聖子プロジェクトは、シングル、アルバムともに毎年トップレベルのセールスをたたき出した。なおかつ、'20年代となった現在でも数多くの楽曲が熱く支持されていることは、このTOP60を見ただけでもよくわかるであろう。
氏の言葉は、決して専門的な用語で煙を巻くのではなく、よりわかりやすい表現で、優しい語り口で、そして愛情をもって丁寧に接することで周囲の理解を得ることができ、松田聖子という逸材を、より多くの人に知らしめることができたのであろう。今後、この'80年代の中からも次々と新たなヒット曲が生まれそうな気がする。
最後に、夢を追い続ける人へのエールや、音楽を聴く際のアドバイスを語ってもらった。
「まずは、自分でいいと思った感覚を貫き通してほしいです。今は周囲から否定されることがとても多い時代ですが、決してそれに惑わされないこと。
なおかつ、人の意見もよく聞くこと。それは、妥協するという意味ではなく、こういう考え方や感じ方もある、ということをキャッチすることで、自分の考えがさらに広がって魅力が底上げされます。
例えば、アーティストでも、音楽的に優れている方に限って、人の意見を聞かない、という人がたくさんいます。でも、大衆的要素を取り入れないと、メッセージが伝わりません。そういう人は、他人から助言されても排除してしまっている可能性が高い。だから、すごい人なのに、なかなか認められないという人が多いと思います。コード進行や演奏がいいだけにとどまらず、そこにエンタメの要素を入れないと。
そして、音楽は、できるだけ自分の思い入れが少ない状態で聴いてもらえたらと思います。思い込み要素が強いと、作品が持っている“本当にすてきな部分”があまり入らなくなるんです。だから、もっと心を開いて、まっさらな気持ちで聴いて下さい!」
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
若松宗雄(わかまつ・むねお) ◎音楽プロデューサー。1940年生まれ。CBS・ソニーに在籍し、1本のカセットテープから松田聖子を発掘した。'80年代後期までのシングルとアルバムをすべてプロデュース。ソニー・ミュージックアーティスツ社長、会長をへてエスプロレコーズ代表。現在も三味線弾き語りの演歌歌手・三田杏華や高校生演歌歌手の石原まさしを精力的にプロデュースしている。『松田聖子の誕生』(新潮新著)が初の著書。